<シリアの独裁者アサド大統領の演説が一変した。1年前には負けを認めていたのに、今月の演説では全土を奪還すると宣言。いったいこの1年間に何が変わったのか? 大国の思惑でアサドが生かされ、戦闘と人道危機が続く構図を読み解く>
シリアのバシャ ル・アサド大統領のシリア内戦に対する姿勢が、1年も経たないうちに一変したのにお気づきだろうか。
6月7日のシリア議会に向けた演説で、アサドは反政府勢力との和平交渉は敵の罠だと一蹴し、国土の隅々まで支配権を取り戻すと誓った。
2015年7月にアサドが行った演説とは対照的だ。当時、反政府勢力に国土の大きな部分を奪われたアサドは、より重要な地域の守りを固めるために別の地域の一部を開け渡した、と認めた。
マーク・トナー米国務省報道官はアサドの最近の演説について、「独りよがりの妄想だ。シリアの統治者には不適任だ」と述べた。確かにアサドは不適任かもしれない。だが彼が言っていることは本当に妄想だろうか。2つの演説の違いはアサドの打算や計画について何を物語っているだろう。
【参考記事】アサドを利する「シリア停戦」という虚構
2つの演説の間に、アサド率いるシリア政府軍は完全に形勢を立て直した。この間軍事的に変わったことと言えば、ロシアの軍事介入だ。空爆やミサイル攻撃、軍事訓練といったロシア軍の支援によって、アサド政権の中枢を担うアラウィ派イスラム教徒(シーア派の一派)が多く暮らすシリア北西部の前線を固めることができた。
一貫してシリアを支援してきたシーア派の大国イランとともに、ロシアは北部アレッポ県の反政府勢力をほぼ壊滅させ、首都ダマスカス周辺でも反政府勢力を弱体化、南部では反政府勢力の勢力拡張も阻止した。
おかげで一息つけた政権側はテロ組織ISIS(自称「イスラム国」、別名ISIL)の掃討に傾注し、シリアの東西を結ぶ戦略拠点であるパルミラを奪還、ISISが拠点とするタブカへ向けて進攻を続けている。
ISISと戦う限り野放し
ISISが「首都」と呼ぶラッカまで車で1時間以内の距離にあるタブカを掌握すれば、シリア政府軍はクルド人やその他の反政府勢力に先んじて、ISISが宣言していた「イスラム国家」を崩壊させたと主張できるかもしれない。
アサド政権はこうして、欧米や反政府勢力にさしたる譲歩をすることもなく、戦略的な立場を劇的に改善させることに成功した。
アサド政権がISISと戦っている限り、欧米諸国はアサドを受け入れるか、対テロ戦争のパートナーとして大目に見ている。アメリカ政府もアサド退陣より打倒ISISを目標に掲げているので、事実上はアサドのパートナーということになる。
【参考記事】米国とロシアはシリアのアレッポ県分割で合意か?
現在ISIS掃討で最も成果を挙げているのは、シリアのクルド人主体の反政府勢力「シリア民主軍(SDF)」とアサド軍、そしてその他いくつかの小規模な反政府勢力だ。アメリカはSDFを支援しながらも、アサド政権を黙認している。
もちろん、今のアサドはまだ勝利から程遠い。反政府勢力は今もいくつかの重要拠点では危険な存在で、アサドが奪還した国土は全体のごくわずかだ。反政府勢力はとりわけ北西部のイドリブで攻勢を強めているが、それ以外にもシリア南部や首都ダマスカス郊外で相当の勢力を保っている。
ラッカやデイル・アルズールからISISを掃討するのも容易ではない。加えて政府軍の兵士や物資は不足し、経済は破綻、国民の深い恨みも買っている。アサド浮上などありえないように見える。
アサドが言うような全土の奪還は難しいだろう。
それが実現にするためには、反政府勢力への補給路を断ち、敵対的な外国勢力の目を逸らし、反政府勢力への支持が強い地域の住民を減らし、シリアの多数派であるスンニ派イスラム教徒には少なくとも一世代に渡って恐怖を叩き込み服従させなければならない。
外国に邪魔されないために、少なくとも一国はアサド政権の味方につけておかなければならない。
しかし実際にアサドにそんな力はなく、頼りはロシアとイランだけだ。アメリカも、ロシアとイランがアサドに停戦を守らせてくれるのを期待している。ロシアとイランなら、アサドの領土的野心を食い止めてくれるだろう、と。
シリアを取り戻す野心
だがおかしなことに、アサドはまんまと領土を奪還しつつある。ロシアは今年初め、空爆によってアサド政権に有利な形での停戦を可能にした。だがアサドは平気で停戦を無視し、包囲された町にロシアからの人道援助を届ける依頼も無視してしまった。
アサド軍の行動から、アサドがシリアを再び手に入れる最大級の野心を持ち続けていることが明らかになったのだ。
ロシアもイランもアサドがシリアを盗れるとは思っていないが、アサドに負けさせるわけにもいかない。アサドが倒れれば、この地域の勢力図が激変してしまうからだ。アサドはこの矛盾を突いて戦いを続けている。どんなに無謀なことをしても、アサドが窮地に陥れば、ロシアかイランが救援に駆けつけてくれる。
アサド政権はたぶん二度とシリアを支配できない。アサドは自らの能力を過剰評価し、人々の彼に対する憎悪を過小評価している。
だが現実に、アサドは反政府勢力に負けていないし、行き詰ってもいない。ロシアとイランは、アサド政権のために敵を追い散らしてくれている。ロシアもイランも、アサドにシリア全土を返してやることはできないだろう。だが十分な国土は手に入れられるだろう。
Faysal Itani is a senior fellow with the Atlantic Council's Rafik Hariri Center for the Middle East.
フェイサル・イタニ(米大西洋評議会中東センター研究員)
シリアのバシャ ル・アサド大統領のシリア内戦に対する姿勢が、1年も経たないうちに一変したのにお気づきだろうか。
6月7日のシリア議会に向けた演説で、アサドは反政府勢力との和平交渉は敵の罠だと一蹴し、国土の隅々まで支配権を取り戻すと誓った。
2015年7月にアサドが行った演説とは対照的だ。当時、反政府勢力に国土の大きな部分を奪われたアサドは、より重要な地域の守りを固めるために別の地域の一部を開け渡した、と認めた。
マーク・トナー米国務省報道官はアサドの最近の演説について、「独りよがりの妄想だ。シリアの統治者には不適任だ」と述べた。確かにアサドは不適任かもしれない。だが彼が言っていることは本当に妄想だろうか。2つの演説の違いはアサドの打算や計画について何を物語っているだろう。
【参考記事】アサドを利する「シリア停戦」という虚構
2つの演説の間に、アサド率いるシリア政府軍は完全に形勢を立て直した。この間軍事的に変わったことと言えば、ロシアの軍事介入だ。空爆やミサイル攻撃、軍事訓練といったロシア軍の支援によって、アサド政権の中枢を担うアラウィ派イスラム教徒(シーア派の一派)が多く暮らすシリア北西部の前線を固めることができた。
一貫してシリアを支援してきたシーア派の大国イランとともに、ロシアは北部アレッポ県の反政府勢力をほぼ壊滅させ、首都ダマスカス周辺でも反政府勢力を弱体化、南部では反政府勢力の勢力拡張も阻止した。
おかげで一息つけた政権側はテロ組織ISIS(自称「イスラム国」、別名ISIL)の掃討に傾注し、シリアの東西を結ぶ戦略拠点であるパルミラを奪還、ISISが拠点とするタブカへ向けて進攻を続けている。
ISISと戦う限り野放し
ISISが「首都」と呼ぶラッカまで車で1時間以内の距離にあるタブカを掌握すれば、シリア政府軍はクルド人やその他の反政府勢力に先んじて、ISISが宣言していた「イスラム国家」を崩壊させたと主張できるかもしれない。
アサド政権はこうして、欧米や反政府勢力にさしたる譲歩をすることもなく、戦略的な立場を劇的に改善させることに成功した。
アサド政権がISISと戦っている限り、欧米諸国はアサドを受け入れるか、対テロ戦争のパートナーとして大目に見ている。アメリカ政府もアサド退陣より打倒ISISを目標に掲げているので、事実上はアサドのパートナーということになる。
【参考記事】米国とロシアはシリアのアレッポ県分割で合意か?
現在ISIS掃討で最も成果を挙げているのは、シリアのクルド人主体の反政府勢力「シリア民主軍(SDF)」とアサド軍、そしてその他いくつかの小規模な反政府勢力だ。アメリカはSDFを支援しながらも、アサド政権を黙認している。
もちろん、今のアサドはまだ勝利から程遠い。反政府勢力は今もいくつかの重要拠点では危険な存在で、アサドが奪還した国土は全体のごくわずかだ。反政府勢力はとりわけ北西部のイドリブで攻勢を強めているが、それ以外にもシリア南部や首都ダマスカス郊外で相当の勢力を保っている。
ラッカやデイル・アルズールからISISを掃討するのも容易ではない。加えて政府軍の兵士や物資は不足し、経済は破綻、国民の深い恨みも買っている。アサド浮上などありえないように見える。
アサドが言うような全土の奪還は難しいだろう。
それが実現にするためには、反政府勢力への補給路を断ち、敵対的な外国勢力の目を逸らし、反政府勢力への支持が強い地域の住民を減らし、シリアの多数派であるスンニ派イスラム教徒には少なくとも一世代に渡って恐怖を叩き込み服従させなければならない。
外国に邪魔されないために、少なくとも一国はアサド政権の味方につけておかなければならない。
しかし実際にアサドにそんな力はなく、頼りはロシアとイランだけだ。アメリカも、ロシアとイランがアサドに停戦を守らせてくれるのを期待している。ロシアとイランなら、アサドの領土的野心を食い止めてくれるだろう、と。
シリアを取り戻す野心
だがおかしなことに、アサドはまんまと領土を奪還しつつある。ロシアは今年初め、空爆によってアサド政権に有利な形での停戦を可能にした。だがアサドは平気で停戦を無視し、包囲された町にロシアからの人道援助を届ける依頼も無視してしまった。
アサド軍の行動から、アサドがシリアを再び手に入れる最大級の野心を持ち続けていることが明らかになったのだ。
ロシアもイランもアサドがシリアを盗れるとは思っていないが、アサドに負けさせるわけにもいかない。アサドが倒れれば、この地域の勢力図が激変してしまうからだ。アサドはこの矛盾を突いて戦いを続けている。どんなに無謀なことをしても、アサドが窮地に陥れば、ロシアかイランが救援に駆けつけてくれる。
アサド政権はたぶん二度とシリアを支配できない。アサドは自らの能力を過剰評価し、人々の彼に対する憎悪を過小評価している。
だが現実に、アサドは反政府勢力に負けていないし、行き詰ってもいない。ロシアとイランは、アサド政権のために敵を追い散らしてくれている。ロシアもイランも、アサドにシリア全土を返してやることはできないだろう。だが十分な国土は手に入れられるだろう。
Faysal Itani is a senior fellow with the Atlantic Council's Rafik Hariri Center for the Middle East.
フェイサル・イタニ(米大西洋評議会中東センター研究員)