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インダストリー4.0やIoTが生み出す付加価値とは

ニューズウィーク日本版 2016年6月24日 16時55分

※インタビュー前編:ドイツ発「インダストリー4.0」が製造業を変える

世界規模で始まるビジネスモデルの再編

 コンピュータや人口知能といったデジタル技術を用いて、製造業を効率化(スマート化)し、ひいては産業全体のベストマッチングを実現しようと、ドイツが「インダストリー4.0」というプロジェクトに取り組んでいることを前編で説明しました。

 見逃せないのは、これをドイツ単独でやろうとしているのではなく、ドイツの動きに共鳴する形でアメリカやヨーロッパでもその動きが激しくなっていること。お互いに意識しあいながらシンクロナイズ(同期化)して、結果的にグローバルな潮流が作られているのです。

スマート化をキーに欧米の産業界で連携が進む

 インダストリー4.0がドイツでスタートしたのが2013年4月で、シーメンス、ボッシュ、BMW、ダイムラー、ルフトハンザなどドイツの大企業が参加しました。これを追うかのように、2014年3月にはゼネラル・エレクトリック、AT&T、シスコシステムズ、IBM、インテルの5社がアメリカでインダストリアル・インターネット・コンソーシアムを設立。IoTやインダストリアル・インターネットを産業で実践していくことを表明しました。*

 インダストリー4.0とインダストリアル・インターネット・コンソーシアムは一見ライバル関係に見えますが、シーメンスやボッシュ、SAPといったインダストリー4.0の主要メンバーであるドイツ企業もインダストリアル・インターネット・コンソーシアムに参加しています。

 というのも、工場などモノづくりの現場のスマート化を目指すインダストリー4.0と、広く産業全体をスマート化していこうとするコンソーシアムの親和性の高さを考えれば、これは自然なことなんですね。両者にとって、ネットワークでつながっていく仲間、知恵を出し合える仲間が増えた方が効果的で効率もいいわけです。スマート化をキーに、欧米の産業界で連携が進んでいる状況です。

 アジアに目を向けると、特に動向が注目されるのが中国です。「世界の工場」と言われるように、豊かな労働人口と安い人件費で海外からの製造を受託して成長を続けてきましたが、最近は環境汚染、労働コストの上昇、少子高齢化という3つの課題に直面し、足元が揺らいでいます。効率的なモノづくりを可能にする新たな仕組みづくりが急務とされる中、インダストリー4.0に高い関心を寄せてドイツに接近しているのです。

【参考記事】ドイツ発の新産業革命「インダストリー4.0」の波に乗ろうとする中国企業と、動きが鈍い日本企業

 つまり、ドイツが始めているインダストリー4.0の目指す方向は他の国にとっても非常に大きな意味があるということです。世界の国々が歩調を揃えれば標準化も容易になります。欧州、アメリカ、そして中国が同じ方向に向かい始めたら、すさまじいパワーとなって世界の産業をリードすることになるでしょう。ここを日本は重く受け止める必要があると思います。



デジタルバリューチェーンへの参画は死活問題

 もう1つ、欧米とアジアの関係を俯瞰すると、コア領域を守るビジネスモデルの存在が浮き彫りになります。例えば、なぜiPhoneが高い利益率をアップル社にもたらすことができるかといえば、他が真似できないソフトウェアの部分をコア領域として知的財産権で厳重に守っているからです。だからこそオープン化で人件費の安いアジアの企業をパートナーとして製造を委託できるわけです。

 また、この状況を裏返してみると、調達や製造、流通などがつながったバリューチェーンが確立していることが分かります。アジアの企業にとって欧米のメーカーが組織するデジタルバリューチェーンに参加できるかどうかは死活問題です。今までのバリューチェーンに参加していた企業も、デジタル化が遅れれば得意先企業が構築するデジタルバリューチェーンからはじき出されてしまうでしょう。それは収入を絶たれることを意味します。従って、欧米企業のデジタル化の動きに乗り遅れまいと、中国や新興国は真剣にアンテナを立てていると見られます。

各地のスマート工場をつなげたデジタルバリューチェーンへの参加は新興国メーカーの生命線といえる。(『決定版 インダストリー4.0――第4次産業革命の全貌』(尾木蔵人、東洋経済新報社)p.78の図を元に作成)

 インダストリー4.0はドイツ発のモノづくりの革新プロジェクトだけれども、世界の国々がそこに歩調を合わせようとしているのです。日本も積極的にこの動きにシンクロナイズして独自の強さを生み出していかないと大きなリスクになるでしょう。

 今まさに世界規模でルールチェンジが行われつつあるのです。大変なビジネスチャンスであると同時に、何もしないでいればどんどん引き離されるばかりか、後退にさえつながりかねません。日本も中国と同様、少子高齢化という課題を持ち、国内のマーケットは縮小傾向にあることはみなさんご存知の通りです。ここで日本の産業界がベストマッチングなエコロジーの世界に向けてスマートなモノづくり、スマートなサービスを提供できれば、日本の製造業は大きく発展できると私は思っています。



アジア的な親しみと高い技術力を備えた日本に注がれる期待の目

 そもそも日本はドイツに勝るとも劣らない高い製造技術を誇っています。そこは1つの強みでしょう。優れたモノづくりの技術とソフトウェアをうまく融合すれば、スマート化やIoTの世界で際立つことができるはずです。



 また、顧客に寄り添って親身に相手の利益を考えようとする姿勢は日本独特のもので、これも日本の強みではないでしょうか。例えば、インダストリー4.0を介して中国とドイツが接近していると言いましたが、中国のみなさんがドイツ一辺倒というわけではないと個人的に感じています。

 ドイツの方々は思考がロジカルなんですね。理路整然と自分たちの製品の特長を説明するけれども、人によってはそれを高圧的ととらえる向きもあるでしょう。そういうとき、「自分たちのニーズに合わせてきめ細かく対応してもらいたい」「お互いにひざを突き合わせる形で寄り添ってほしい」と不満を抱く企業もあるのではないでしょうか。アジア的な親しみやすさがあって、しかも技術力に長けている国となると、それはやはり日本ということで、日本にもっと頑張ってほしいという声があるとも聞いています。

 現状ではみなさん様子見の状態なのかもしれません。このまま行くとおそらくドイツの工場、すなわちインダストリー4.0で生まれたモノづくりのパッケージを採用せざるを得ないけれども、日本はどう出てくるのかを注視されている。日本としては今こそ打って出るチャンスだと思います。

人工知能やビッグデータの活用で顧客ニーズを深掘り

 ソフトウェアの活用によって産業構造が大きく変わることになっても、顧客志向というモデルは従来と変わりません。むしろ人工知能やビッグデータを取り入れることで、顧客の本当のニーズが深掘りできるようになるので、日本企業にとっては自分たちにフィットしたビジネスがやりやすくなるとも考えられます。

 例えば、技術者が良かれと思って作った製品が消費者に支持されなかったという話はよくあります。技術者はいかに高度な技術を実現できるか、機能やデザインにどれだけこだわれるかというところに価値を置いているので、「いいものができた、みんな喜んで使うに違いない」と思い込む。でも、消費者から見ればオーバースペックで使いにくい製品だったりするわけです。

 ところがインダストリー4.0の実現で製品にセンサーが組み込まれると、ユーザーが製品で何をしているのか、製品に何を求めているのかが分かるようになります。個別に吸い上げたデータをビッグデータとして分析すれば、マーケットの大局的なニーズもつかめるようになるでしょう。突き詰めれば、深掘りすればユーザーが喜ぶポイントが的確につかめるようになるのです。

 日本人はきめ細かさでは世界随一を誇ります。そこを生かしつつソフトウェアを駆使して革新的なスマートプロダクト、スマートサービスを作り上げれば、グローバルにマーケットを席巻することも十分可能だと思います。



大量生産から、ベストマッチングな多品種生産へ

 日本の企業でインダストリー4.0について講演させていただくことも多いのですが、このプロジェクトに対する注目の高さはひしひしと感じています。ただ、いかんせん実際の行動に移すのに時間がかかっているのが残念です。

 例えばドイツのダイムラー社は2025年には自動運転機能を持つスマートトラックを実用化すると表明しています。これだけ聞くと「できっこないだろう」「大風呂敷だ」と、つい高をくくってしまう。それは10年後の世界を1枚の絵としてイメージしているからです。実際には10年後の完成へ向けてマイルストーンを細かく設定しているわけで、時間軸を引き延ばせばダイムラーのビジョンは絵に描いた餅ではない、極めて現実的な目標であると分かります。**

 インダストリー4.0で描かれるビジョンを懐疑的に見て悠長に構えているのは時間の浪費です。2、3年ぼやぼやしていたら、この世界では立ち遅れてしまうでしょう。デジタルバリューチェーンのネットワーク化が進行して、あわてて自分たちも仲間に入れてほしいと思ったところで一朝一夕に工場のデジタル化は実現できません。残された時間はそれほど多くないと思っていただいた方がいいと感じます。

 日本企業の方々にはちょっと耳の痛い話になってしまったかもしれませんね。1980年代まで日本は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われ、製造業では世界の最先端を走っていたわけです。その成功体験に乗って今があるので、現状のビジネスモデルを大きく変えるのは勇気がいることもよく承知しています。

 しかしながら、大量生産ばかり続けていては多様化する消費者のニーズに対応できませんし、コスト競争でも劣勢に立たされます。いま私たちは本当に必要なものだけを必要なだけ作る多品種生産の時代、より効率化されたベストマッチングを追求する時代の入り口に立っているのです。そのテクノロジーを生み出してビジネスモデル化した人たちがこれからの製造業の覇者になるでしょう。

 素晴らしい製造技術を持つ日本企業だからこそ、ソフトウェアの力をプラスすればグローバルなマーケットをリードする存在になれるはず。そんな明るい未来へ向けて一歩を踏み出してほしいと願っています。

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(2015.12.8 港区の三菱UFJリサーチ&コンサルティング 本社オフィスにて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Tomoyo Yamazaki

三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社はコンサルティング事業、国際事業、政策研究事業、人材開発事業、会員事業、マクロ経済調査などを展開している。資本金20億6千万円、従業員数約700名、コンサルタント数約400名。
http://www.murc.jp


* インダストリアル・インターネット(産業のインターネット)はエネルギー、ヘルスケア、製造業、公共、運輸といった幅広い分野をスマート化する取り組み。ゼネラル・エレクトリックが提唱した。2016年1月現在、インダストリアル・インターネット・コンソーシアムに参加する企業は世界から220社以上に上っている。

** 中国も2015年に発表した「中国製造2025」において、2025年までにITを活用して製造業全体の効率や水準を高めると宣言。中国版インダストリー4.0ともいえるプロジェクトがスタートした。


尾木蔵人(おぎ・くらんど)三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 国際営業部副部長。ドイツ連邦共和国ザクセン州経済振興公社日本代表部代表。1985年東京銀行(現・三菱東京UFJ銀行)入行。ドイツ、オーストリア、ポーランド、UAE、英国に合わせて14年駐在。日系企業の海外進出支援に取り組み2005年ポーランド日本経済委員会より表彰。日本輸出入銀行(現・国際協力銀行)出向。アジア諸国向けIMF、世界銀行、アジア開発銀行協調融資等担当。2014年より現職。日本経済調査協議会 人工知能研究委員会 主査、企業活力研究所 ものづくり競争力研究会 委員、IVI(インダストリアル・バリューチェーン・イニシアチブ)学術メンバー。


※当記事はWORKSIGHTの提供記事です






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