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イギリスEU離脱と中国の計算

ニューズウィーク日本版 2016年6月26日 19時35分

 イギリスのEU離脱に備え、中国はいくつもの手を打っていた。ドイツのメルケル首相やロシアのプーチン大統領の訪中だけでなくAIIB新規参加国を24カ国も増やしている。一方、薄熙来以来強化された中英貿易の中での中国の戦略を読み解く。

先手を打った中国

 イギリスがEUから離脱したがっている傾向は、今に始まったことではない。早くからあった。中国はそれを知った上で、AIIB(アジアインフラ投資銀行)立ち上げに際して、イギリスとバーター交渉をしていたようなものだ。

 まず金融センターの中心をアメリカのウォール街からイギリスのシティに移して、イギリスの自尊心をくすぐる。つぎにチャールズ皇太子やキャメロン首相らによるダライ・ラマとの蜜月を批難して、困窮するイギリスの痛いところを突く。

 キャメロン首相が折れたところで、「それならば」とばかりにAIIBへの一番乗りを名乗らせたのである。この経緯の詳細は2015年3月18日付けのコラムの「イギリスをジリジリと追い込む習近平の戦略」という項目のところに書いた。同年3月2日付けの「ウィリアム王子訪中――中国の思惑は?」でも書いている。

 AIIB加盟に関し、イギリスに率先して手を挙げさせることによって先進7カ国(G7)の切り崩しを図ったわけだ。

 日米を除くG7のAIIB参加に成功した中国は、イギリスのEU離脱の日に備えて、イギリスとは別にEUとの連携を強化し、EUで最大の力を持っていると中国がみなしているドイツをターゲットにした。日本とドイツとの戦後対応を比較してドイツを持ち上げ、習近平国家主席や李克強首相によるたび重なるドイツ訪問やメルケル首相の訪中を何度も成功させ、万一の場合に備えてきた。もちろんEU本部が置かれているベルギー訪問も怠っていない。

 ドイツのメルケル首相による訪中は、今年6月13日で9回目を迎え、尋常ではない。

 中国がドイツをひいきにする理由は、第二次世界大戦に対する戦後処理に関して日本と比較して日本批難を行なうのに好都合だという理由だけではない。改革開放後、中国が自家用車の製造に関して技術提供を世界に求めたとき、日本が中国を見向きもしなかったのに対して、ドイツはフォルクスワーゲンの技術提供を申し出た。フォルクスワーゲンの意味は「国民の車」。まさに中国の自家用車開発の理念にピッタリで、中国はフォルクスワーゲンを「大衆」と訳して自家用車「大衆」を大量生産していったという過去がある。


イギリスとの貿易は薄熙来が強化した――ニール・ヘイウッド殺害事件と関係

 かたや、イギリスと中国。実は近年、中英貿易協力を強力に進めてきたのは、何を隠そう、あの薄熙来だった。

 2004年、遼寧省の副書記&省長から中央行政省庁の商務部部長になった薄熙来は、2007年11月の党大会ではチャイナ・ナイン(胡錦濤時代の中共中央政治局常務委員9名)入りを果たそうと野心を抱いていた。



 ところが2007年2月に父親の薄一波が逝去。江沢民に圧力を加えていた薄一波がいなくなれば、江沢民としても危険な薄熙来をチャイナ・ナイン入りさせることはない。そこで重慶市書記に「島流し」になったわけだ。

 しかし2007年の党大会におけるチャイナ・ナイン入りを目指していた薄熙来は、商務部部長になるとすぐ、活発な貿易活動を展開し始めた。

 そこで目をつけたのがイギリス人のパウウェル卿だった。

 パウウェル卿は『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』で詳述したように、サッチャー首相やメージャー首相のPS(Private Secretary、個人秘書)であるとともに、「英中貿易協会」の主席だった。薄熙来はパウウェル卿を通して中英貿易の基礎を強靭なものにしたという貢献をしている。

 問題はパウウェル卿がMI5(情報局保安部)やMI6(情報局秘密情報部)など、諜報機関と関係していたため、パウウェル卿と親しかったビジネスマンのニール・ヘイウッドが巻き込まれて、薄熙来の妻・谷開来に殺害される結果になったことだ。

 ただ、このような「事件」はあったものの、その後の中英貿易の強化には大いに貢献した。

 そんなわけで、イギリスがEUから離脱しても、イギリスはますます中国への経済依存度を高めるだけで、中国がEUとの距離をメルケル首相を通して強化していれば、中国は漁夫の利を得ることになる。

24カ国にAIIB新規加盟意向を取りつけた中国の思惑

 たしかにロンドンの金融街シティを媒体として、世界金融の中心をウォールストリートから北京と上海に移そうとしていた中国の目論みは、イギリスのEU離脱によって挫折する可能性を孕んでいる。ようやく人民元の国際化に向けて突き進んできた中国にとっては痛手ではある。

 そこで中国が次に打って出た手は、AIIBの加盟国を増やすことだった。

 これまで57カ国が創設メンバーとなっていたのだが、6月25日に北京で開催されたAIIB第1回年次総会において、新たに加盟の意向を表明した24カ国の代表が総会に参加していることをAIIBの金立群総裁が明らかにした。

 この24カ国は、一朝一夕に「突然」加盟意向を表明したわけではない。

 この日のために、早くから交渉が進められていた。

 つまり中国はイギリスがEUから離脱する日に備えて、ドイツのメルケル首相との関係を緊密化してきただけでなく、AIIBの強化をも、もくろんできたのである。来年には加盟国が80ヶ国を越え、日本が中心となっているADB(アジア開発銀行)(現在、67ヶ国)を抜くことになる。

そして中国の目は、西欧から中央アジアあるいは東欧との連携にも向けられていた。



上海協力機構とプーチンの訪中

 中国やロシアが主導し、中央アジア諸国が参加する上海協力機構の首脳理事会が6月23日と24日、ウズベキスタンのタシケントで開かれていた。上海協力機構はもともと安全保障のために設立されたもので、どちらかというとNATOに対抗する目的があったが、1991年末のソ連崩壊以降の中国の電撃的な動きが、この性格を象徴している(これに関しては2015年10月26日付の本コラム「安倍首相中央アジア歴訪と中国の一帯一路」で詳述)。

 今般の上海協力機構で注目すべきは、インドとパキスタンが正式メンバーとなることが意思確認されたことだ。インドのモディ首相と習近平国家主席の「うれしそうな顔と握手」が、中央テレビCCTVで何度も映し出されたし、ネットでも数多く報道された。

 それに続くロシアのプーチン大統領の中国公式訪問(6月25日)。

 この報道は中露両国から大々的に宣伝され、まるで「イギリスのEU離脱を祝賀する」と言わんばかりのプーチンの勢いが感ぜられた。

 CCTVだけでなく、ネットにおける関連写真の多いこと!

 中露は「互いの核心的利益」を重視することを強調し、プーチン大統領は、これまで中立だった南シナ海問題に関しても、中国寄りの姿勢をアピールしている。

 イギリスがEUから離脱すれば、NATOの力も弱まる。となれば今年6月13日付のコラム「尖閣接続水域進入は中露連携なのか?――中国政府関係者を直撃取材」から透けて見える中露の思惑が、ここで一段と強化されることになる。

 G8だろうが、G7だろうが、先進国だけが形成しているサミットになど、いかなる実体的効果もなく、9月初めに中国で開催されるG20こそが「地球を動かす」と、習近平は叫びたいからだ。

 イギリスのEU離脱で、ダメージを避けながら漁夫の利を模索する中露の行動には、警戒が必要だろう。

 AIIBの顧問に就任したという鳩山元首相が、日本に災禍をもたらさないよう、祈るばかりだ。


[執筆者]
遠藤 誉

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など著書多数。近著に『毛沢東 日本軍と共謀した男』(新潮新書)

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。


遠藤 誉(東京福祉大学国際交流センター長)

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