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ブレグジットがトランプの追い風にならない理由 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2016年6月28日 15時30分

<イギリスのブレグジットはトランプの逆風にしかなっていない。イギリスと違ってアメリカでは、国民が資産運用の手段として株式市場をもっと身近に感じ、移民全般への排斥感情も起きていない>(写真は、スコットランドに所有するゴルフリゾートで国民投票直後に会見するトランプ)

 共和党のドナルド・トランプ候補は、以前からイギリスのEU離脱を支持していました。移民排斥、保護貿易、自国中心の思想ということで、確かにイギリスの「離脱(ブレグジット)派」とトランプの主張は重なっています。では、イギリスの国民投票で離脱派が勝利した結果、トランプも勢いに乗っているかと言うと、それは違います。

 一つには、24日のスコットランドでの会見に失敗したことがあります。会見の直接の目的は、トランプのファミリー企業「トランプ・オーガナイゼーション」が買収したターンベリーという豪華ゴルフリゾートの改装披露でしたが、現地時間の23日に投票が行われ、EU離脱についての「結論」が出た数時間後に設定されていたのです。

 現地のお昼過ぎから始まった会見は、CNNが生中継していました。ですが、どうも様子がおかしいのです。トランプは「アメリカを再び偉大に」というスローガンを記した野球帽をかぶるなど「いつもの」格好で現れたのですが、スピーチの中身は、ゴルフコースがいかに素晴らしいか自画自賛するばかりで、政治的な内容はゼロでした。

【参考記事】英EU離脱に憤る若者たち: でも実は若年層は投票しなかった世代

 会見の後半に行われた質疑応答では「離脱賛成」を強調していましたが、歯切れは悪く、あまりこの話題に触れたくない様子が感じられました。それにしても、せっかく「大勢判明直後」にスコットランドで報道陣に囲まれていながら、効果的なメッセージ発信ができなかったのは、なぜなのでしょうか?

 もしかしたら、先週発生した「選対本部長電撃解雇事件」が影響しているのかもしれません。選挙戦の初期からトランプを支え、「暴言による炎上商法」を指揮してきたといわれる「お騒がせの選挙プロ」コーリー・ルワンドウスキーを、陣営は突然解雇したのです。その背後には、長女イヴァンカ夫妻をはじめとするファミリーの意向があったと言われています。要するに「大統領らしく威厳のある言動にスイッチすべき」という路線が、「暴言・炎上路線」に勝ったということです。

 このスコットランドの会見でも、イヴァンカたちファミリーがトランプの周囲を固めていました。ファミリーからすれば、EU離脱などという危険な材料で「吠える」ことにはデメリットもあるという計算があったのでしょう。



 何よりもファミリーとすれば、せっかく許可が降りてオープンにこぎつけたゴルフリゾートですから、地元のスコットランドに好印象を持ってもらうことをビジネスとして優先したという可能性もあります。結果的に、この会見は妙な雰囲気の中で尻すぼみに終わりました。

 一部のメディアからは、「スコットランドのゴルフ場を成功させたいにも関わらず、離脱派を応援するという矛盾した行動を取ったトランプは、政治家としての能力に欠ける」という批判を受けましたが、そう言われてもおかしくない会見でした。

 それはともかく、背景にはもっと幅広い問題もあります。アメリカという国は格差社会かもしれませんが、イギリスのような階級社会ではありません。ですから、中高年が「グローバリズムに対して怒っている」といっても、アメリカのトランプ支持派の「怒り」は、イギリスの離脱派のような「怨念」にはなっていないと言えるでしょう。

 またアメリカ人は、どんなにグローバル経済から「遅れて」いても、株式市場には敏感です。個人年金資産にしても、直接の株式投資にしても、株式市場を非常に身近なものとして感じている社会です。ですから、たとえトランプ支持派であっても、今回の「ブレグジット株安」に関しては極めて不快な感覚を持っていると思います。

【参考記事】選挙戦最大のピンチに追い込まれたトランプ

 さらに言えば、排外主義の中身も違います。アメリカの場合は、排外主義といっても、あくまでも、テロが怖いからイスラム教徒を排除したい、違法に入ってきたから不法移民を排除したいという感情論が中心です。合法移民に対して、自分と利害が対立するから排除したい、流入が急速だからストップしたいという「直接的な対立」ではありません。

 大学でアジア系の学生が多すぎるとか、病院やIT企業に行くとインド人ばかりだというような批判や差別は、一人一人の心の奥底は別として、アメリカ社会では問題になっていないのです。

 ですから、アメリカの国民が「イギリスが独立独歩の道を選んだ」のだから、自分たちも「国際貢献やグローバリズムを捨てて孤立主義を強化しよう」ということにはならないでしょう。むしろ、「イギリスが愚かな判断をして国際市場を動揺させているので大変に迷惑だ」というのが多くのアメリカ国民の直感であり、トランプ支持者の多くもその感覚を持っていると思います。

 イギリスが国民投票で離脱を選んだからといって、同じような孤立主義のトランプが支持を広げ、極端な思想で暴走するような現象は、現時点では起きていません。

 反対に、今回の混乱を見たことで、「感情論に立脚した孤立主義の危険性」についてアメリカであらためて認識を新たにする気配があります。要するに、トランプ陣営にとってはイギリスの離脱派勝利は逆風でしかないのです。

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