<経済危機を背景にロシア人シェフや経営者が次々とイギリスに活路を求め、斬新なアイデアで成功を収めている>
ロシア人がロンドンを乗っ取っている──。
と言っても高級不動産やサッカーチームではなく、レストランの話だ。ロンドンの活気あふれる外食産業の次世代を担うのは、意外なことにロシア発のレストラン。斬新なメニューと発想で人気を博している。
もっともロシア料理の店は少なく、3月にソーホー地区にできたジーマは例外的な存在だ。モスクワ出身のシェフ、アレクセイ・ジミンはジーマでロシアの屋台料理を出しているが、実を言うとロシアに屋台はない。寒いので、ほぼ1年を通じて食事は屋内と決まっている。だから、要は「しゃれたエスニック料理の店で、魂はロシア」ということらしい。
ジミンの手に掛かると、クラブサンドイッチの具はジョージア(グルジア)名物のタバカ(スパイシーなローストチキン)になる。ロシアぎょうざのペリメニには鹿肉が使われ、ニシンには洋梨が添えられる。
ジーマではキャビアも、財布と相談しながら好きなだけ楽しめる。低温殺菌していないフレッシュな高級オシェトラ・キャビアが、1グラム当たり1ポンド(約150円)と比較的リーズナブル。ブリヌイ(そば粉のパンケーキ)のサワークリームとポテト添えも庶民の味だ。
ウオッカと軽食を出す昔ながらの立ち飲み屋をモデルにしただけあって、週末の夜更けはにぎやかに盛り上がる。各種のスパイスを漬け込んだウオッカの品ぞろえのせいもあるだろう。ペッパーやクランベリーからカレー風味のウオッカまで、この店には何でもある。
【参考記事】NY著名フレンチシェフが休業、日本に和食を学びに来る!
陽気で手頃なジーマと違い、メイフェア地区のノビコフには富裕層が集う。内装はシックでメニューは国際色豊か。店の左半分ではアジア料理が、右半分ではイタリアンが楽しめ、奥にはため息が出るほど趣味のいいバーラウンジが広がっている。
4年前にこの大型店を仕掛けたのは、モスクワのレストラン王アルカジー・ノビコフ。今では年に3660万ドルも稼ぐ繁盛店だ。
豪華な内装と極上のアジア料理がリッチな客を引き付ける。アカザエビのタルタルは潮の香りがするし、ウツボのフライは旨味たっぷり。「プライベートジェット用テイクアウトメニュー」には、オーストラリア産和牛(72ポンド)やシチリア産エビ料理(67ポンド)が並ぶ。
ノビコフはロシアでそれぞれ趣向の違うレストランを50軒とチェーン店を50軒経営し、イギリスでも3軒を手掛ける。ロンドン進出を決めたのは競争の激しさが世界でもトップレベルだから。「自分の腕を証明したい」と、彼は言う。
ワイン店もイメージ一新
祖国の経済危機も進出を後押しした。通貨ルーブルは暴落し、消費も低迷。閑古鳥の鳴くモスクワの高級飲食店は 国外に活路を求めている。
ノビコフはロンドンとニューヨークとドバイに店を出した。05年に総工費5500万ドルを投じて豪華レストラン、トゥーランドットをモスクワに開店したアンドレイ・ドロスも、ロンドンのメイフェア地区にロシア貴族の館を移築し、高級レストランを近くオープンする。
ロシアの先行き不透明なビジネス事情も国外進出の要因だ。「みんな国外に拠点を置きたがるのは安全のためだ」と語るレオニド・シュトフはモスクワの広告会社を売却し、ロンドンでレストラン経営に着手した。
シュトフがソーホーに出したボブ・ボブ・リカードは、アメリカの軽食堂に30年代の食堂車をミックスした摩訶(まか)不思議な空間だ。ブース席にはランプや真鍮の手すりがあしらわれ、「シャンパンをご注文の際は押してください」と書かれたボタンが付いている。鮮やかなピンクと緑の制服を着たスタッフは、テリー・ギリアムの映画から抜け出してきたようだ。
メニューはロシア料理とイギリス料理で、ワインリストにはお値打ち品も。小売店で52ポンドのラ・レゼルブ・ド・レオビル・バルトンが82ポンドと、レストランとしては控えめな値付けだ。
ロシア勢の成功の秘訣は、銀行に帳簿をにらまれている地元の実業家には決してまねできない奇抜なアイデアを実現している点にあるらしい。
例えばワインショップのヘドニズム・ワインズはこれまでの酒屋とは別世界。テイスティングコーナーには切り株をくりぬいた椅子を起き、天井にはワイングラスのシャンデリアをつるし、子供が遊べるコーナーまである。
メニュー3品で繁盛店に
オーナーのエフゲニー・チチバーキンはロシアの携帯電話事業で財を成した後、09年にロンドンに移り、3年後にヘドニズム・ワインズをオープンした。ロシア人らしく、チチバーキンもロンドンで事業を始める際の規制の厳しさに驚いたという。「別に構わない」と彼は言う。「ここは個人の財産が尊重される法治国家だから」
ヘドニズムは開店から1年で品揃えを評価され、ワイン雑誌デキャンタで「ロンドンのワインショップ・オブ・ザ・イヤー」に選ばれた。1811年物のシャトー・ディケム(9万8000ポンド)など超お宝もそろう。
【参考記事】ポルトガルで出合う究極のエッグタルト
ミハイル・ゼルマンのバーガー&ロブスターは、その名のとおりハンバーガーと蒸したロブスター、そしてロブスターのサンドイッチのみで勝負する。価格はいずれも20ポンド。料理の選択肢が3つしかない旧ソ連顔負けのレストランに、今ではロンドンっ子が行列をつくる。
バーガー&ロブスターは今やイギリス国内だけで10店以上を展開、1日に5000尾以上のロブスターを売りさばく。ゼルマンはロブスター・サンドイッチ専門のスマック・ロブスターロールやステーキハウスのグッドマンにも手を広げた。
「スペインのオーブンで焼き、ロシア人が給仕するアメリカンビーフをロンドンの人が食べてくれる。これもグローバル化のおかげだ」とゼルマンは言う。「外国人がクレージーなアイデアを持ち込んで、成功できる。それが今のロンドンだ」
[2016.6.28号掲載]
オーエン・マシューズ
ロシア人がロンドンを乗っ取っている──。
と言っても高級不動産やサッカーチームではなく、レストランの話だ。ロンドンの活気あふれる外食産業の次世代を担うのは、意外なことにロシア発のレストラン。斬新なメニューと発想で人気を博している。
もっともロシア料理の店は少なく、3月にソーホー地区にできたジーマは例外的な存在だ。モスクワ出身のシェフ、アレクセイ・ジミンはジーマでロシアの屋台料理を出しているが、実を言うとロシアに屋台はない。寒いので、ほぼ1年を通じて食事は屋内と決まっている。だから、要は「しゃれたエスニック料理の店で、魂はロシア」ということらしい。
ジミンの手に掛かると、クラブサンドイッチの具はジョージア(グルジア)名物のタバカ(スパイシーなローストチキン)になる。ロシアぎょうざのペリメニには鹿肉が使われ、ニシンには洋梨が添えられる。
ジーマではキャビアも、財布と相談しながら好きなだけ楽しめる。低温殺菌していないフレッシュな高級オシェトラ・キャビアが、1グラム当たり1ポンド(約150円)と比較的リーズナブル。ブリヌイ(そば粉のパンケーキ)のサワークリームとポテト添えも庶民の味だ。
ウオッカと軽食を出す昔ながらの立ち飲み屋をモデルにしただけあって、週末の夜更けはにぎやかに盛り上がる。各種のスパイスを漬け込んだウオッカの品ぞろえのせいもあるだろう。ペッパーやクランベリーからカレー風味のウオッカまで、この店には何でもある。
【参考記事】NY著名フレンチシェフが休業、日本に和食を学びに来る!
陽気で手頃なジーマと違い、メイフェア地区のノビコフには富裕層が集う。内装はシックでメニューは国際色豊か。店の左半分ではアジア料理が、右半分ではイタリアンが楽しめ、奥にはため息が出るほど趣味のいいバーラウンジが広がっている。
4年前にこの大型店を仕掛けたのは、モスクワのレストラン王アルカジー・ノビコフ。今では年に3660万ドルも稼ぐ繁盛店だ。
豪華な内装と極上のアジア料理がリッチな客を引き付ける。アカザエビのタルタルは潮の香りがするし、ウツボのフライは旨味たっぷり。「プライベートジェット用テイクアウトメニュー」には、オーストラリア産和牛(72ポンド)やシチリア産エビ料理(67ポンド)が並ぶ。
ノビコフはロシアでそれぞれ趣向の違うレストランを50軒とチェーン店を50軒経営し、イギリスでも3軒を手掛ける。ロンドン進出を決めたのは競争の激しさが世界でもトップレベルだから。「自分の腕を証明したい」と、彼は言う。
ワイン店もイメージ一新
祖国の経済危機も進出を後押しした。通貨ルーブルは暴落し、消費も低迷。閑古鳥の鳴くモスクワの高級飲食店は 国外に活路を求めている。
ノビコフはロンドンとニューヨークとドバイに店を出した。05年に総工費5500万ドルを投じて豪華レストラン、トゥーランドットをモスクワに開店したアンドレイ・ドロスも、ロンドンのメイフェア地区にロシア貴族の館を移築し、高級レストランを近くオープンする。
ロシアの先行き不透明なビジネス事情も国外進出の要因だ。「みんな国外に拠点を置きたがるのは安全のためだ」と語るレオニド・シュトフはモスクワの広告会社を売却し、ロンドンでレストラン経営に着手した。
シュトフがソーホーに出したボブ・ボブ・リカードは、アメリカの軽食堂に30年代の食堂車をミックスした摩訶(まか)不思議な空間だ。ブース席にはランプや真鍮の手すりがあしらわれ、「シャンパンをご注文の際は押してください」と書かれたボタンが付いている。鮮やかなピンクと緑の制服を着たスタッフは、テリー・ギリアムの映画から抜け出してきたようだ。
メニューはロシア料理とイギリス料理で、ワインリストにはお値打ち品も。小売店で52ポンドのラ・レゼルブ・ド・レオビル・バルトンが82ポンドと、レストランとしては控えめな値付けだ。
ロシア勢の成功の秘訣は、銀行に帳簿をにらまれている地元の実業家には決してまねできない奇抜なアイデアを実現している点にあるらしい。
例えばワインショップのヘドニズム・ワインズはこれまでの酒屋とは別世界。テイスティングコーナーには切り株をくりぬいた椅子を起き、天井にはワイングラスのシャンデリアをつるし、子供が遊べるコーナーまである。
メニュー3品で繁盛店に
オーナーのエフゲニー・チチバーキンはロシアの携帯電話事業で財を成した後、09年にロンドンに移り、3年後にヘドニズム・ワインズをオープンした。ロシア人らしく、チチバーキンもロンドンで事業を始める際の規制の厳しさに驚いたという。「別に構わない」と彼は言う。「ここは個人の財産が尊重される法治国家だから」
ヘドニズムは開店から1年で品揃えを評価され、ワイン雑誌デキャンタで「ロンドンのワインショップ・オブ・ザ・イヤー」に選ばれた。1811年物のシャトー・ディケム(9万8000ポンド)など超お宝もそろう。
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ミハイル・ゼルマンのバーガー&ロブスターは、その名のとおりハンバーガーと蒸したロブスター、そしてロブスターのサンドイッチのみで勝負する。価格はいずれも20ポンド。料理の選択肢が3つしかない旧ソ連顔負けのレストランに、今ではロンドンっ子が行列をつくる。
バーガー&ロブスターは今やイギリス国内だけで10店以上を展開、1日に5000尾以上のロブスターを売りさばく。ゼルマンはロブスター・サンドイッチ専門のスマック・ロブスターロールやステーキハウスのグッドマンにも手を広げた。
「スペインのオーブンで焼き、ロシア人が給仕するアメリカンビーフをロンドンの人が食べてくれる。これもグローバル化のおかげだ」とゼルマンは言う。「外国人がクレージーなアイデアを持ち込んで、成功できる。それが今のロンドンだ」
[2016.6.28号掲載]
オーエン・マシューズ