Infoseek 楽天

「ベンガジ疑惑」を乗り越えたヒラリーと再び暴言路線を行くトランプ - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2016年6月30日 16時10分

<大統領選で両党の党大会が開催される7月を前にして、今週議会の最終報告書が公表されて共和党からの「ベンガジ疑惑」の追及が一段落しそうなヒラリー。一方のトランプはまた「暴言路線」へと戻り、共和党主流派との溝は埋まりそうにない>

 ヒラリー・クリントンに対して、共和党は「ベンガジ事件」に関する疑惑を執拗に追及しています。この事件は、2012年9月11日にリビアのベンガジにあったアメリカ領事館で、クリストファー・スティーブンス駐リビア大使ら国務省およびCIAの職員4人が、重武装をした勢力の攻撃を受けて殺害されたものです。

 この事件に関して共和党は、発生直後から事件当時国務長官として在外公館の安全確保に責任を負っていたヒラリーに「過失」があったのではないかという追及を続けています。重要なドラマとしては、まず2013年1月には「上下両院合同の調査委員会」が開催され、ジョン・マケイン上院議員(共和)などが代わる代わるヒラリーを追及したのです。

 その13年の喚問では、感情的にふるまって悪印象を与えたヒラリーですが、2015年10月にあらためて下院調査委員会に証人として召喚された時には、慎重に言葉を選びつつ堂々と受け答えをしており、11時間におよぶロングランの喚問を「破綻なく」乗り切りました。ですが、共和党の追及はこれで完全に止むことはありませんでした。

【参考記事】サンダース支持者はヒラリーに投票するのか? しないのか?

 その追及では、まず「当時ベンガジで起こりつつあった武装勢力の攻撃について、アメリカで発生した『ムハンマド侮辱ビデオ』に反対する平和的なデモと同様だと誤認したこと」が、結果的に大使の死につながったのではという疑惑、そして「その疑惑に関してモミ消しを図ったのではないか?」という疑惑の2点が焦点になっています。

 ですが、今回ようやくこの問題にメドがつきそうな展開になってきました。6月28日の「下院ベンガジ事件調査委員会」の最終報告発表では、トレイ・ガウディ委員長(共和党)を代表とする超党派の委員会の結論として、「ヒラリー・クリントン国務長官には落ち度はなかった」という内容のレポートが発表されました。共和党側は「まだ疑問は残っている」としていますが、これでヒラリーへの追及は一段落すると考えられます。

 また亡くなったスティーブンス大使の遺族も、「ヒラリーには責任はない」と話しています。今回のレポートでは、国務省としては「ベンガジの領事館に危険が迫っている」ことは数日前に把握しており、大使以下に緊急避難をするように動いたものの、国防総省の組織が輸送機を手配できなかったという軍の官僚主義、そしてホワイトハウスにも過失が認められるという指摘があるそうです。



 これでこの「ベンガジ疑惑」に関しては、ほぼクリアした形のヒラリーですが、残るは「電子メール疑惑」で、こちらは現在もFBIによる捜査が継続しています。現時点では、ヒラリーの側近であるフーマ・アバディーン女史の聴取が断続的に行われているようで、仮に不起訴になるにしても、この時期に捜査が続くということは、政治的には決して良いことではありません。

 そうではあるのですが、もう一つの「ベンガジ」の方がようやく「出口」が見えてきたのはヒラリーには追い風だと思います。

 民主党の中ではバーニー・サンダースが「まだ選挙戦を完全に停止していない」という問題がありますが、こちらもサンダース本人が色々なところで、色々な言い方で「自分はヒラリーと一緒にやっていく」という意思表明を始めているので、党内の「完全一本化」は時間の問題になってきています。7月25日からフィラデルフィアで開催される党大会までには、一本化と副大統領指名にこぎつけて、いよいよ本選への戦闘態勢が整うことになりそうです。

 一方、共和党のトランプですが、一時は「チルドレン」が主導する形で「常識的な言動」へ振っていく動きが見えたものの、ここへ来て相変わらず「暴言・失言」が止まりません。

【参考記事】ブレグジットがトランプの追い風にならない理由

 例えばヒラリー支持を打ち出して一緒に演説会をやった民主党のエリザベス・ウォーレン上院議員に対しては、アメリカ原住民(インディアン)の血を引いていると自称するのは「レイシスト(人種差別主義者)」だとして、彼女には「ポカホンタス」という蔑称をつけて揶揄しています。

 ポカホンタスというのは、17世紀のインディアンの族長の娘で白人と結婚した伝説の女性で、ディズニーがアニメ映画にするなど「原住民と白人の和解の象徴」になっています。では、どうしてウォーレンがポカホンタスなのかというと、「原住民の血を引いていることを偉そうに語る」ウォーレンの「嘘くささ」や「政治的正しさの利用」は、ポカホンタスの存在が「白人と原住民はフレンドリーだった」という「嘘くささ」に重なるからということのようです。いずれにしても、下品で攻撃的な中傷にほかなりません。

 また、今月28日にイスタンブールで起きたISISと見られる一味による爆弾テロ事件に関しては、直後の演説で「爆弾(ファイヤー)には爆弾(ファイヤー)で応酬してやる」とか、「テロ容疑者は水責めで自白させなくてはダメだ。俺は、水責めは良いやり方だと思う」などと放言し、共和党の本流政治家からは早速、反発の声が上がっています。

 今回のテロ事件を受けて、瞬間的にトランプの支持が上がったという調査結果もあるようですが、全体的には「いつものように暴言で即反応」という姿勢は、決して説得力を持っていないようです。

 そんな中、7月18日からオハイオ州のクリーブランドで行われる共和党大会が迫ってきていますが、今でも「予備選結果を緊急避難的に無視しての自由投票」を模索する動きがある他、そもそも「党大会に行くのを止める」とか「参加費を払いたくない」などといった雑音が絶えません。共和党の側は、党内の団結には程遠い状況が続いています。

この記事の関連ニュース