<いよいよ「18歳選挙権」が日本でも始まるが、じつは17歳でも有権者となる場合があり、そこにはちょっと歪んだ法律の理屈が関係している。そもそも、なぜ19歳でも17歳でもなく、18歳に引き下げられるようになったのだろうか>
7月10日、いよいよ「18歳選挙権」が初適用される参議院選挙が行われる。満18歳や19歳の国民も選挙で一票を投じることができるようになったのは、みなさんもご存じの通りだ。しかし、「17歳でも投票できる場合がある」のは聞いたことがあるだろうか?
たとえば、2016年7月10日に行われる参議院選挙では、1998年7月11日以前に生まれた日本国民に、選挙権が与えられる。
お気づきの通り、1998年7月11日生まれの人は、2016年7月10日の段階でまだ17歳である。じつは日本において「18歳選挙権」が適用される選挙では、18歳以上に加えて、選挙の翌日に誕生日を迎える17歳(18歳マイナス1日)の国民も、投票ができる有権者として登録されるのである。
同様に、2016年7月31日に行われる東京都知事選挙では、生年月日が1998年8月1日以前である日本国籍の東京都民に選挙権が与えられる。
【参考記事】選挙の当落を左右する!? 味わい深き「疑問票」の世界
では、具体的にどのようなカラクリで、そのような「ズレ」が生じるのだろうか。
ある人が年を取る瞬間は、誕生日の前日の午後12時
3つの法律が交錯した結果、1日ズレる
◆年齢計算ニ関スル法律第1項 年齢ハ出生ノ日ヨリ之ヲ起算ス
人が生まれたら、その生まれた日から年齢を数えはじめる。そして、暦が一周すると、誕生日の前日の午後12時に、人は1つ年を取る。
◆民法 第143条(暦による期間の計算)2 週、月又は年の初めから期間を起算しないときは、その期間は、最後の週、月又は年においてその起算日に応当する日の前日に満了する。
世間の常識では、誕生日の午前0時に、人は年を取ると思われているだろう。私自身もそう認識している。だが法律的には、人が年を取る瞬間は、誕生日の前日の午後12時という扱いなのである。
ただし、当日の午前0時と、前日の午後12時、どちらも同じ時刻なので、ここまでは特に実質的な食い違いが生じているわけではない。
◆公職選挙法 第9条(選挙権)1 日本国民で年齢満十八年以上の者は、衆議院議員及び参議院議員の選挙権を有する。
選挙権は、「年齢満18年以上」に与えられる。つまり、法律上、18歳になったその日から、その人に選挙権が与えられる。
法律上、「18歳になったその日」とは、18歳の誕生日の前日である。その「午後12時」という瞬間ではない。時刻の要素は切り捨てられ、「18歳の誕生日の前日」全体のことを指している。
結局、選挙権が与えられるタイミングは、18歳の誕生日の前日の最初(午前0時)となり、常識的なイメージよりも丸1日、前倒しになる。18歳の誕生日の前日に、たまたま選挙が行われれば、まだ17歳にもかかわらず、その選挙の有権者となる。
この説明に対して「わかったようで、どうも、よくわからん」という感想を抱いた方も多いのではないだろうか。だとしたら恐縮である。説明している私自身が、(理屈の流れはともかく)この結論を感覚的に受け止めきれていないからだろう。
とはいえ、選挙権が「18歳の誕生日の前日」に与えられるという結論自体は、この国の最高裁判所が正式に出した判例(最高裁判所第一小法廷1980年2月14日判決 昭和54(行ツ)第67号/原審:大阪高等裁判所1979年11月22日判決 昭和54(行ケ)第2号)であり、選挙管理委員会も実際にそのような運用で選挙実務を進めている。
たしかに違和感はある。だが、わざわざ法律を変えてまで修正すべき違和感でもない。この程度のズレで済んでいるなら、可愛いものかもしれない。常識と法律がもっと派手に食い違っている例は他にもあるはずだ。
なぜ「18歳」に引き下げられたか
世界でも屈指の速度で少子高齢化が進んでいく日本で、選挙権年齢が「20歳以上」のままならば、若者票の割合が年々減少し、「シルバー民主主義」の流れに歯止めが利かなくなってしまう。
【参考記事】「予備選」が導入できない日本政治の残念な現状
米国の統計学者、ポール・ドメイン氏は、生まれたばかりの赤ん坊から選挙権を与えて、親が投票を代行することを認める「0歳選挙権」を提唱する。少子高齢化で生じた参政権のアンバランスを抜本的に是正しようとするアイデアだが、実現へのハードルは高い。子どもを持つ家庭にのみ、実質的な複数投票を認める不公平感を訴える意見もあるし、代行可能な選挙権は悪用されるリスクもある。
【参考記事】国民投票か、間接民主制か? 理想の選挙制度を探して
やはり、「選挙権年齢の引き下げ」によって、若い有権者を拡大することが現実的な対策だ。では、なぜ「19歳」でも「17歳」でもなく、「18歳」なのだろうか。
ただ単に、世界の9割近くの国で、すでに選挙権年齢は「18歳以上」という基準が当然のものとされていて、日本もそれに追随したにすぎない。
「12インチで1フィート」「12個で1ダース」のように、12進法が主流の欧米では、しばしば「3の倍数」が切りのいい数字として重宝される。「18歳」もその一環なのかもしれないが、もちろん絶対的な基準ではない。オーストリアやブラジルなど、「16歳選挙権」が導入されている国もある。アジア諸国では、インドネシアは「17歳」、韓国は「19歳」、シンガポールやマレーシアは「21歳」などどなっている。
それぞれの国において、年齢ごとにできることとできないことを精査し、全体としてバランスを調整しながら、選挙権年齢を検討すべきなのかもしれない。
大人になると責任も重くなる。だが、それ以上に「誕生日ごとに、社会の中でできることが増えていく」という事実を、子どもたちが成長の喜びとして実感できる世の中になってほしいと望む。
最後に、15歳から20歳までに日本でできるようになることを、以下にまとめてみた。
【15歳~】
●有効な遺言を残せる
●印鑑証明書を登録できる(会社の取締役になれる)
●「R-15」指定の映画を鑑賞できる
●給料をもらって働ける(※ただし、15歳になってから最初に迎える3月31日以降)
●デビットカードを持てる(※中学生を除く)
【16歳~】
●女性が結婚できる(※親の同意は必要)
●400cc以下のバイク、原付などの運転免許、2級小型船舶、自家用グライダーなどの操縦免許を取れるようになる
●献血できる(200mlのみ)
【17歳~】
●男性が400ml献血できる
●自家用の飛行機、ヘリコプターなどの操縦免許を取れるようになる
【18歳~】
●男性が結婚できる(※親の同意は必要)
●普通自動車などの運転免許、大型船舶、1級小型船舶、事業用飛行機・ヘリコプターなどの操縦免許を取得できるようになる
●「R-18」(18禁)指定されている作品やサイトを鑑賞でき、指定施設を利用でき、18歳未満では就けない職に就ける
●国立国会図書館を利用できる
●女性が400ml献血できる。男女とも成分献血ができる
●質屋やリサイクルショップで品物を売ることができる(※高校生を除く)
●クレジットカードを持てる(※高校生を除く)
●夜勤(夜22時~朝5時)で働ける(※ただし、条例や校則で高校生の夜勤禁止が定められている場合あり)
●ボイラー技士、毒劇物取扱責任者など、危険性の高い業務の資格を取れる
●公職選挙や憲法改正の国民投票で、有権者となる
【19歳~】
●スポーツ振興くじ(toto/ロト6、BIGなど)を購入できる
【20歳~】
●高額商品の購入などの一般的な契約を、自分の判断で確定的に結べる
●酒を飲める。たばこを吸える
●競馬・競輪・競艇・オートレースで賭けることができる
●中型自動車(5~11トン)の運転免許を取得できる
●刑事裁判の裁判員に選ばれる可能性
[筆者]
長嶺超輝(ながみね・まさき)
ライター。法律や裁判などについてわかりやすく書くことを得意とする。1975年、長崎生まれ。3歳から熊本で育つ。九州大学法学部卒業後、弁護士を目指すも、司法試験に7年連続で不合格を喫した。2007年に刊行し、30万部超のベストセラーとなった『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)の他、著書11冊。最新刊に『東京ガールズ選挙(エレクション)――こじらせ系女子高生が生徒会長を目指したら』(ユーキャン・自由国民社)。ブログ「Theみねラル!」
長嶺超輝(ライター)
7月10日、いよいよ「18歳選挙権」が初適用される参議院選挙が行われる。満18歳や19歳の国民も選挙で一票を投じることができるようになったのは、みなさんもご存じの通りだ。しかし、「17歳でも投票できる場合がある」のは聞いたことがあるだろうか?
たとえば、2016年7月10日に行われる参議院選挙では、1998年7月11日以前に生まれた日本国民に、選挙権が与えられる。
お気づきの通り、1998年7月11日生まれの人は、2016年7月10日の段階でまだ17歳である。じつは日本において「18歳選挙権」が適用される選挙では、18歳以上に加えて、選挙の翌日に誕生日を迎える17歳(18歳マイナス1日)の国民も、投票ができる有権者として登録されるのである。
同様に、2016年7月31日に行われる東京都知事選挙では、生年月日が1998年8月1日以前である日本国籍の東京都民に選挙権が与えられる。
【参考記事】選挙の当落を左右する!? 味わい深き「疑問票」の世界
では、具体的にどのようなカラクリで、そのような「ズレ」が生じるのだろうか。
ある人が年を取る瞬間は、誕生日の前日の午後12時
3つの法律が交錯した結果、1日ズレる
◆年齢計算ニ関スル法律第1項 年齢ハ出生ノ日ヨリ之ヲ起算ス
人が生まれたら、その生まれた日から年齢を数えはじめる。そして、暦が一周すると、誕生日の前日の午後12時に、人は1つ年を取る。
◆民法 第143条(暦による期間の計算)2 週、月又は年の初めから期間を起算しないときは、その期間は、最後の週、月又は年においてその起算日に応当する日の前日に満了する。
世間の常識では、誕生日の午前0時に、人は年を取ると思われているだろう。私自身もそう認識している。だが法律的には、人が年を取る瞬間は、誕生日の前日の午後12時という扱いなのである。
ただし、当日の午前0時と、前日の午後12時、どちらも同じ時刻なので、ここまでは特に実質的な食い違いが生じているわけではない。
◆公職選挙法 第9条(選挙権)1 日本国民で年齢満十八年以上の者は、衆議院議員及び参議院議員の選挙権を有する。
選挙権は、「年齢満18年以上」に与えられる。つまり、法律上、18歳になったその日から、その人に選挙権が与えられる。
法律上、「18歳になったその日」とは、18歳の誕生日の前日である。その「午後12時」という瞬間ではない。時刻の要素は切り捨てられ、「18歳の誕生日の前日」全体のことを指している。
結局、選挙権が与えられるタイミングは、18歳の誕生日の前日の最初(午前0時)となり、常識的なイメージよりも丸1日、前倒しになる。18歳の誕生日の前日に、たまたま選挙が行われれば、まだ17歳にもかかわらず、その選挙の有権者となる。
この説明に対して「わかったようで、どうも、よくわからん」という感想を抱いた方も多いのではないだろうか。だとしたら恐縮である。説明している私自身が、(理屈の流れはともかく)この結論を感覚的に受け止めきれていないからだろう。
とはいえ、選挙権が「18歳の誕生日の前日」に与えられるという結論自体は、この国の最高裁判所が正式に出した判例(最高裁判所第一小法廷1980年2月14日判決 昭和54(行ツ)第67号/原審:大阪高等裁判所1979年11月22日判決 昭和54(行ケ)第2号)であり、選挙管理委員会も実際にそのような運用で選挙実務を進めている。
たしかに違和感はある。だが、わざわざ法律を変えてまで修正すべき違和感でもない。この程度のズレで済んでいるなら、可愛いものかもしれない。常識と法律がもっと派手に食い違っている例は他にもあるはずだ。
なぜ「18歳」に引き下げられたか
世界でも屈指の速度で少子高齢化が進んでいく日本で、選挙権年齢が「20歳以上」のままならば、若者票の割合が年々減少し、「シルバー民主主義」の流れに歯止めが利かなくなってしまう。
【参考記事】「予備選」が導入できない日本政治の残念な現状
米国の統計学者、ポール・ドメイン氏は、生まれたばかりの赤ん坊から選挙権を与えて、親が投票を代行することを認める「0歳選挙権」を提唱する。少子高齢化で生じた参政権のアンバランスを抜本的に是正しようとするアイデアだが、実現へのハードルは高い。子どもを持つ家庭にのみ、実質的な複数投票を認める不公平感を訴える意見もあるし、代行可能な選挙権は悪用されるリスクもある。
【参考記事】国民投票か、間接民主制か? 理想の選挙制度を探して
やはり、「選挙権年齢の引き下げ」によって、若い有権者を拡大することが現実的な対策だ。では、なぜ「19歳」でも「17歳」でもなく、「18歳」なのだろうか。
ただ単に、世界の9割近くの国で、すでに選挙権年齢は「18歳以上」という基準が当然のものとされていて、日本もそれに追随したにすぎない。
「12インチで1フィート」「12個で1ダース」のように、12進法が主流の欧米では、しばしば「3の倍数」が切りのいい数字として重宝される。「18歳」もその一環なのかもしれないが、もちろん絶対的な基準ではない。オーストリアやブラジルなど、「16歳選挙権」が導入されている国もある。アジア諸国では、インドネシアは「17歳」、韓国は「19歳」、シンガポールやマレーシアは「21歳」などどなっている。
それぞれの国において、年齢ごとにできることとできないことを精査し、全体としてバランスを調整しながら、選挙権年齢を検討すべきなのかもしれない。
大人になると責任も重くなる。だが、それ以上に「誕生日ごとに、社会の中でできることが増えていく」という事実を、子どもたちが成長の喜びとして実感できる世の中になってほしいと望む。
最後に、15歳から20歳までに日本でできるようになることを、以下にまとめてみた。
【15歳~】
●有効な遺言を残せる
●印鑑証明書を登録できる(会社の取締役になれる)
●「R-15」指定の映画を鑑賞できる
●給料をもらって働ける(※ただし、15歳になってから最初に迎える3月31日以降)
●デビットカードを持てる(※中学生を除く)
【16歳~】
●女性が結婚できる(※親の同意は必要)
●400cc以下のバイク、原付などの運転免許、2級小型船舶、自家用グライダーなどの操縦免許を取れるようになる
●献血できる(200mlのみ)
【17歳~】
●男性が400ml献血できる
●自家用の飛行機、ヘリコプターなどの操縦免許を取れるようになる
【18歳~】
●男性が結婚できる(※親の同意は必要)
●普通自動車などの運転免許、大型船舶、1級小型船舶、事業用飛行機・ヘリコプターなどの操縦免許を取得できるようになる
●「R-18」(18禁)指定されている作品やサイトを鑑賞でき、指定施設を利用でき、18歳未満では就けない職に就ける
●国立国会図書館を利用できる
●女性が400ml献血できる。男女とも成分献血ができる
●質屋やリサイクルショップで品物を売ることができる(※高校生を除く)
●クレジットカードを持てる(※高校生を除く)
●夜勤(夜22時~朝5時)で働ける(※ただし、条例や校則で高校生の夜勤禁止が定められている場合あり)
●ボイラー技士、毒劇物取扱責任者など、危険性の高い業務の資格を取れる
●公職選挙や憲法改正の国民投票で、有権者となる
【19歳~】
●スポーツ振興くじ(toto/ロト6、BIGなど)を購入できる
【20歳~】
●高額商品の購入などの一般的な契約を、自分の判断で確定的に結べる
●酒を飲める。たばこを吸える
●競馬・競輪・競艇・オートレースで賭けることができる
●中型自動車(5~11トン)の運転免許を取得できる
●刑事裁判の裁判員に選ばれる可能性
[筆者]
長嶺超輝(ながみね・まさき)
ライター。法律や裁判などについてわかりやすく書くことを得意とする。1975年、長崎生まれ。3歳から熊本で育つ。九州大学法学部卒業後、弁護士を目指すも、司法試験に7年連続で不合格を喫した。2007年に刊行し、30万部超のベストセラーとなった『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)の他、著書11冊。最新刊に『東京ガールズ選挙(エレクション)――こじらせ系女子高生が生徒会長を目指したら』(ユーキャン・自由国民社)。ブログ「Theみねラル!」
長嶺超輝(ライター)