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イギリスの「モデル」、ノルウェーはなぜEU非加盟?

ニューズウィーク日本版 2016年7月4日 19時30分

<EU離脱後のイギリスのモデルになるとして脚光を浴びているのがノルウェー。EUに加盟しないままでも豊かに暮らしている。その秘訣は?> 写真は、1994年11月の国民投票の直前にオスロで開催されたEU反対派によるデモ。全国の自治体の代表が集合した 

「ノルウェーって、EUに加盟していないの!?」。日本の知人によく驚かれる。EUの是非を問う国民投票は、ノルウェーで過去に2回行われている。

国民投票
1972年 反対53.5%、賛成46.5% (※欧州諸共同体EC加盟の是非。投票率79.2%)
1994年 反対52.2%、賛成47.8% (投票率88.6%)

 差は少ないが、どちらも反対派が勝利した。20日付のNTB通信局によると、ノルウェーでの反対派は、現在はもはや圧倒的な数を占める。

世論調査
2016年 反対70.9%、賛成19.6%

 過去のEU国民投票では、右派・左派という垣根を超えて、賛成運動と反対運動の団体が立ち上がり、大々的なキャンペーンが繰り広げられた。当時の様子をノルウェー人に聞くと、誰もが興奮して語り始める。現在33歳のイングリ・ヨンセン(コーヒーデザイン会社勤務)は、1994年は11才だった。小学生にも関らず、反対運動に参加していたという。「"EUにイエス!"っていうボタンを塗りつぶして、"EUにノー!"と書き直してから、服に付けて、歩いていたわよ。今思い返すと、すごくプロパガンダね」と笑いながら振り返る。

【参考記事】EUを離脱した英国は「ノルウェー化」か「中国蜜月」を目指す?
【参考記事】ノルウェー警察が10年間一人も射殺していない理由

 1994年の思い出があるノルウェー人にとっては、イギリスのEU離脱のニュースは胸を熱くさせるものがあるようだ。ノルウェー人にEUについて問うと、今の若者でも驚くほど立派に自分の意見を述べる。これは、高校の授業などでEUに関するディベートのプログラムが組み込まれているからだ。

オスロにあるフォス高校の社会科の授業。高校生がEU賛成・反対派に分かれてディベートをする。両方の意見が理解できるように、後半には賛成・反対派を入れ替える Photo:Asaki Abumi

【参考記事】英EU離脱をノルウェーはどう見たか「ノルウェーモデルはイギリスには耐えられない」

 ノルウェーがEUを拒んだ理由には、国の文化や独自性を保つことや、貿易・産業の分野で国の利益を十分に守ることができないこと、EUの官僚体質や非民主的な組織構造への疑義などがあげられる。

 ノルウェーでのEU議論について、「ノルウェーモデル」と呼ばれるEUとのEEA協定を除いて、ここでは別のふたつのことを強調しておきたい。

ノルウェーの独自路線と国の余裕は、石油資源があるから


石油発掘を続け、環境破壊がとまらない状況に、抗議活動をする環境青年団体。左は首相、右は石油・エネルギー大臣のお面をかぶった若者 Photo:Asaki Abumi



 人口520万人の小国ノルウェー。EUに加入せず、「幸福な国」「福祉国家」など様々な世界ランキングでトップを飾る背景には、豊富な石油・天然ガス資源がある。「北欧」という一言でまとめられやすいが、ノルウェーは「石油資源でお金持ち」という点で、他国とは大きく異なる。石油資源の富で苦労を知らずに育った現在の若者は、「オイル世代」、「オイルの子どもたち」と呼ばれる。どれだけ国民の行動や考え方に影響を与えているか、ノルウェーのことは、石油からの富を抜きにしては語ることはできない。

「ノルウェーは帝国ではありません。小さな国なので、他国に物事を決められることに慣れています。EUの単一市場にアクセスできることが、どれだけ大事なことか。石油のおかげで好景気が長く続いたため、ノルウェー人はこのことを忘れがちです」(ノルウェー首相 6月23日 Dagsavisen)

 しかし、石油・ガス資源も永久には続かない。「第二のオイル」を探せと、国を支える新しい産業開発に政府は必死だ。ロシアとの緊張関係もある。良い国際関係を構築できなかった時、「なにかあった時に、助けにきてくれる友達」はどれほどいるだろうか。

 ノルウェーでは、国会が大多数でEU賛成でも(2大政党は賛成派)、国民投票では反対となる可能性が高く、EU加入を問う国民投票がまた本格的な議論となりそうな空気は今はない。代わりに別の動きがある。

深い愛国心と、他国の支配を拒む。EU非加盟は、ノルウェー人のアイデンティティ?

Brexitへの関心はノルウェーでも高く、関連イベントが多数開催されている Photo:Asaki Abumi

 小政党・左派社会党はEU反対派で、今回のBrexitの騒ぎに便乗して、ノルウェーモデルとされるEEA(欧州経済地域=EUにノルウェー、アイルランドなどを加えた単一市場)の新しい協定の形を提案している。党首のリースバッケン氏(写真、壇上左より2人目)は、Brexitに関する討論会の終了後、取材で国民性について触れた。「ノルウェー人は、支配されることを嫌がりますからね」。

「他国からコントロールされたくはない」。これは、ノルウェー人の口からEUに関してよく出る言葉だ。他国からの管理を拒むノルウェー人の考え方には、歴史が関係している。400年に及ぶデンマークの支配を得た後、ノルウェーはスウェーデンとの連合に向かった。連合同盟が解消されたのは1905 年。やっと自由を勝ち取った小国ノルウェーの国民の愛国心が、際立っているのはこのためだ。



自分の国が大好き。自分たちで築き上げていきたい


日本で同じことが起きれば、色々と誤解されそうなノルウェーのナショナルデー Photo:Asaki Abumi

 ノルウェー人の愛国心の代表といえば、憲法記念日(ナショナルデー)。毎年5月17日になると、首都オスロでは、子どもたちが国旗を掲げて、大通りを王宮まで大行進する。王室は王宮から手を振り、大人たちは民族衣装で楽しそうだ。素敵な行事に見えるが、同時に、半端ない愛国教育に、他国から来たものは目を丸くする。

 支配や連合の歴史が続いたため、やっと民主的な自由を手に入れたのだ。だからこそ、「ノルウェー人の耳に、"同盟"という言葉は警報として響く」と、ユーロピアン・ムーヴメント(以下、EU賛成団体)代表のヤン・アイリック・グリンドハイム氏は語る

 EU反対団体代表カトリーネ・クレーヴェランド氏は、1994年当時をこう振り返る。「ノルウェー人にとって、庶民による統制や民主主義は、とても重要です。"団結"という言葉もキーワードでした。"世界はEUよりも、もっと広い。ブリュッセルは遠い。自分たちの国で、自分たちで決めよう"とね」。

「1994年に勝利をしたのは庶民。負けたのは、EU賛成派だった権力者、メディア、政府。アーティスト、労働者、漁業者、農民はEUを望みませんでした。

1994年、「地方青年団体」の女性たちによる運動。切り株には「EU反対」と書かれている。Photo:Nei til EU/ Berit Moen


EU賛成派だったメディア、でも国民国家の重要性を強調

 賛成・反対団体の両代表は、「ノルウェーメディアはEU賛成派だった」と口を揃える。今回のイギリスのEU離脱も、ノルウェーメディアは全体的に「欧州に混乱が広がる」と残念がり、悲観的だ。

「1994年も、大手メディアや編集部はEU賛成派でした。しかし、その報道の仕方は、EUに対して、非常にネガティブでしたよ。まるで、すべてが悪い方向に行くかのようにね。欧州の団結よりも、国民国家のほうが、より重要で正しいのだと、報道機関はこだわりすぎなのです。私個人の意見ですが、EUが誤解されやすい理由のひとつは、報道にもあると思います。EUにも課題はありますが、報道による噂ほど、ひどくはありません」と賛成団体は語る。

 ノルウェーでは若者がEU反対派だが、イギリスでは逆の現象だったなど、両国では違いも複数ある。どちらにせよ、「国民が自国の政策は自分たちで決定したい」と望んだことには変わりがない。EUの官僚は、自分たちの国を愛そうとする人々の声に、もうちょっと耳を傾けてもいいのかもしれない。

Photo&Text: Asaki Abumi




[執筆者]
鐙麻樹(あぶみ・あさき)(北欧ノルウェー在住 ジャーナリスト&写真家)
オスロ在住ジャーナリスト、フォトグラファー。上智大学フランス語学科08年卒業。オスロ大学でメディア学学士号、同大学大学院でメディア学修士号修得(副専攻:ジェンダー平等学)。日本のメディア向けに取材、撮影、執筆を行う。ノルウェー政治・選挙、若者の政治参加、観光、文化、暮らしなどの情報を数々の媒体に寄稿。オーストラリア、フランスにも滞在経歴があり、英語、フランス語、ノルウェー語、スウェーデン語、デンマーク語で取材をこなす。海外ニュース翻訳・リサーチ、通訳業務など幅広く活動。『ことりっぷ海外版 北欧』オスロ担当、「地球の歩き方 オスロ特派員ブログ」、「All Aboutノルウェーガイド」でも連載中。記事および写真についてのお問い合わせはこちらへ

鐙麻樹(ノルウェー在住 ジャーナリスト&写真家)

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