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英EU離脱をノルウェーはどう見たか「ノルウェーモデルはイギリスには耐えられない」

ニューズウィーク日本版 2016年7月5日 15時10分

 英EU離脱の報道で知った人も多いと思うが、実は北欧ノルウェーはEU非加盟だ。EU離脱・残留派の両方が、説得の材料として使っていたのが「ノルウェーモデル/ノルウェー型」。「ノルウェーもEU非加盟なのだから、イギリスも生き残れるだろう」と検討されているが、実はそう簡単な話ではない。

【参考記事】イギリスの「モデル」、ノルウェーはなぜEU非加盟?

 イギリスが離脱した場合、生き残る術として、現在のEUとの経済枠組みの「代替案」が必要となる。イギリスが検討するのは、EU非加盟の国で実施されている協定だ。有力候補として、3つのモデルが話題となっている。

1)ノルウェーモデル

 EEA(欧州経済領域)に加盟することで、農業と漁業を除く単一市場にアクセスできる。事実上、EUに加盟しているのとほぼ同じだと言われているが、政策決定には関与できず、EU予算への拠出を求められる。「EUの4つの自由」の原則は共有しており、Brexit議論の争点となった移民流入につながる「人の移動の自由」が含まれる。例外を求めるイギリスに、EUは否定的。ノルウェーではこの騒動に便乗して、EEA協定をもっと自由な形に変えようという動きがある。

2)スイスモデル

 EFTA(欧州自由貿易協定)に加盟。EUと120以上の個別協定を結び、市場にアクセス。ノルウェーモデルのように人の移動の自由を含み、最終的な政策決定の場では発言権はない。ノルウェーモデルよりも、交渉が複雑で、コストがかかると言われている。

3)カナダモデル

 EUとの特別な貿易協定を結ばず、WTO協定を元にしたFTA協定(CETA/包括的経済貿易協定)。ノルウェーモデル(EEA)よりもアクセスできる市場は減り、関税が一部残り、イギリスが得意とする金融サービスには制限がある。しかし、離脱派が主張
した「人の移動の自由」を抑えることが可能。

【参考記事】ノルウェー警察が10年間一人も射殺していない理由

 イギリスがどのモデルを参考にするかは、まだ誰にも分からない。ノルウェー首相エルナ・ソルベルグも上記の3つモデルが、イギリスが生き残る術だろうと、ノルウェーのVG紙に答える。同時に、首相は「離脱派が、今後どうするかを想定していなかったことは明らか」と語る。「EUにいたほうがまし」という残留派の意見は、3つのモデルをみても思うかもしれないが、イギリスは離脱を選んだ。他国を参考にしつつ、EUとの新しい関係を模索していくしかないだろう。



「ノルウェーモデルって、実はどうなの?」。外国メディアはノルウェー政府からの公式な見解を求めていた。その影響を危惧して、ソルベルグ首相は、特に国際メディアに対して「私からは何もアドバイスはありません」と公言を避けていた。

ノルウェー首相「離脱はおやめなさい、イギリス人はノルウェーモデルを好きになれない」


ノルウェー首相エルナ・ソルベルグ(保守党) Photo: Asaki Abumi

 国民投票の直前、ノルウェー首相はイギリス人に注意を促した。「ノルウェーのようなEUとのつながりは、イギリス人には難しいでしょう。決定権をもつのはブリュッセル(EU本部)。イギリス人は蚊帳の外に置かれます」(6月15日POLITICO)


「ノルウェーモデル」とは? 発言権を失うことにイギリスは耐えられるのか

 EEA(欧州経済領域)に加盟することになるノルウェーモデル。EUの外にいながら単一市場に参加し、EUとの連携を続けることができる。実は、EEAばかりが話題に上がりやすいのだが、加えて70以上の協定もノルウェーはEUと結んでいる。イギリスは移民や官僚主義を問題視したが、EEAの原則である「EUの4つの自由」には「人の移動」が含まれている。政策決定にも関与できなくなる。これが、ノルウェー側がノルウェーモデルを検討するイギリスに抱く疑問だ。

「交渉のテーブルで、決定権を持つブリュッセルを嫌がったイギリス。自分たちがその交渉のイスに座ることさえできなくなることは、受け入れがたいでしょう」(ノルウェー首相、6月28日付Dagen


ノルウェーモデル=「EUの内にも、外にもいる。同時に、内にも外にもいない」

 ノルウェー政府が出すEUとの国際関係における資料にはノルウェーモデルについてこう書かれている。「ノルウェーはEUの内にも、外にもいる。同時に、内にも外にもいない」。

EEAという抜け道からEUに入り込むノルウェー。しかし決定権はない。イギリスはこの道を選ぶか? GK社による発表  Photo:Asaki Abumi

 市場に詳しいノルウェーのコンサルタント会社Geelmuyden Kiese(GK)がノルウェーモデルを説明する際に、1枚のスライドを紹介した。EUという正門から入場できなかったノルウェー人が、EEAという抜け道から、こっそりとEUの会場に入り込むイラストだ。



 ノルウェーモデルは「植民地モデル」だとGKは例える。「植民地の歴史で知られるイギリスが、ブリュッセル下に入ることになる。皮肉な運命だ」

 ノルウェーとイギリスの今の大きな違いは、ノルウェーはもともとEUとは婚姻関係にはないのに対し、イギリスは離婚届を突き付けた側だということ。ドイツのアンゲラ・メルケル首相が述べたように、離脱しながら特権だけを享受し、抜け道から単一市場にアクセスできるほど現実は甘くない。

Brexitにニヤリ?「この騒動に、ノルウェーも便乗しちゃおう」

 EUが危惧するのは、イギリスを皮切りに、他国がBrexitに追随することだろう。これ以上のファミリー分裂は避けたいところだ。そこに、家の外にいるノルウェーの一部が、この機会を利用しようと動き始めた。イギリスとタッグを組み、「ノルウェーモデル=EEAの変革」だ。

EUお家騒動は、非加盟国ノルウェーにプラスか。EEA議論が再燃中

 ノルウェーモデルの見直しについて、最初に声を挙げ始めたのは複数の左寄り小政党。極左・赤党の党首は、「EEAについての国民投票を!」と、仰天発言をし始めた。 まさかの「#Noexit」?

 EEAはEUへの別口切符だったので、ノルウェーは完全に手放そうとは思っていないだろう。可能性として否定できないのが、現在のノルウェーモデルの進化とEUとの新たな関係を問う国民投票だ。Brexit騒動を機会に、EUとの新しい関係性に期待する声は取材先で多く聞こえてくる。

ノルウェーモデルも見直しを

 28日、左派社会党の党首は取材で「市場を支配するEUは民主的ではない」と語った。「Brexitはノルウェーにプラスの影響を及ぼすかもしません。イギリスが、現在のEEAを別の形で望むのであれば、ノルウェーとの協定ももっと自由になる可能性がある。ノルウェーが今よりも自分たちで決められるように」。この騒動をきっかけに、協定内容を修正する動きにつなげられるのではと語る。

 20日にEU賛成派とみられる層が多く集まったGKによる集会でも、「EUとの新しい協定を問う国民投票を、2019年あたりに実現できれば!」と希望で胸を膨らませていた。会場には首相の側近もいた。

孤立するイギリスに、ノルウェーは手を差し伸べるか


国民投票当日のノルウェーの全国紙アフテンポステンの表紙「今日、イギリスは欧州を分裂させるかもしれない」 Photo:Asaki Abumi

 首相率いる保守党は様子を伺っているようだ。国民投票運動で大きな影響力をもつ「EU反対」団体は、ノルウェーモデルの見直しを後押ししている。



「イギリス人には、現状を改善したEEAが適しています。ノルウェーが本来そうあるべきでように、一部のEUの規則を受け入れずに、交渉を進めるべきです。これをきっかけに、ノルウェーでEEAにおける新しい議論が巻き起こるといいのですが」(EU反対代表カトリーネ・クレーヴェランド)

「EU賛成」団体は、ノルウェーがイギリスに便乗することに反対する。「イギリスが本当に離脱すれば、EUはノルウェーにとってさらに重要なパートナーとなります。EUの外で孤立化するイギリスと共に解決策をさぐるよりも、EUとの関係を維持するべき」(ユーロピアン・ムーヴメント代表ヤン・アイリック・グリンドハイム)

単一市場と引き換えに発言権失う

 グリンドハイムは同時に「ノルウェーモデルはイギリスには向かないだろう」と首相と同じ見解を示す。「EEAと75の協定は、ノルウェーをEUメンバーのようにさせながらも、発言権を失います。イギリスには受け入れがたいでしょう」 

 取材を続けて関係資料を読めば読むほど、ノルウェーモデルは「EUという巨大帝国への入場チケットを手にした、発言権のない商人」のように感じてくる。

 EU非加盟国の仲間入りをするイギリス。ノルウェーモデルに注目が集まる中、ノルウェーは火の粉を浴びることを避けるのか、この機会を利用するのか。イギリスは、ノルウェーやカナダ」を参考にしつつ、独自の「イギリスモデル」を模索するのだろうか。Brexitドラマはまだまだ続きそうだ。

Photo&Text: Asaki Abumi




[執筆者]
鐙麻樹(あぶみ・あさき)(ノルウェー在住 ジャーナリスト&写真家)
オスロ在住ジャーナリスト、フォトグラファー。上智大学フランス語学科08年卒業。オスロ大学でメディア学学士号、同大学大学院でメディア学修士号修得(副専攻:ジェンダー平等学)。日本のメディア向けに取材、撮影、執筆を行う。ノルウェー政治・選挙、若者の政治参加、観光、文化、暮らしなどの情報を数々の媒体に寄稿。オーストラリア、フランスにも滞在経歴があり、英語、フランス語、ノルウェー語、スウェーデン語、デンマーク語で取材をこなす。海外ニュース翻訳・リサーチ、通訳業務など幅広く活動。『ことりっぷ海外版 北欧』オスロ担当、「地球の歩き方 オスロ特派員ブログ」、「All Aboutノルウェーガイド」でも連載中。記事および写真についてのお問い合わせはこちらへ


鐙麻樹(ノルウェー在住ジャーナリスト&写真家)

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