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米大統領選、副大統領選びのから騒ぎ

ニューズウィーク日本版 2016年7月7日 16時47分

 米国の大統領選挙で、民主党のヒラリー・クリントン、共和党のドナルド・トランプによる副大統領候補選びが佳境に入ってきた。報道は過熱気味だが、大統領選挙の行方を考えるうえでは、副大統領候補が勝利の立役者となるような展開は想定し難い。

これからが佳境の副大統領選び

「(副大統領を)やるのか?」

 7月初めに行われた会合で、演壇に立ったジョー・バイデン副大統領は、最前列に座っていたある政治家に、こう問いかけた。

 問われた相手は、共和党のニュート・ギングリッチ元下院議長。1994年の下院選挙で、共和党の歴史的な勝利を率いたギングリッチは、トランプが検討している副大統領候補の一人とみなされている人物だ。

 米国の大統領選挙では、副大統領候補選びが佳境に入っている。各党の副大統領候補は、各党の全国党大会までに発表されるのが通例。全国党大会は、共和党が7月18日からオハイオ州クリーブランドで、民主党が7月25日からペンシルバニア州ピッツバーグで開催する予定となっており、副大統領候補の発表まで、まさに秒読みの段階である。

 動きは慌ただしい。民主党では、クリントンが有力候補と目されるエリザベス・ウォーレン上院議員と遊説を行い、「副大統領候補となった場合の予行演習」と話題になった。共和党では、有力候補とみなされていたボブ・コーカー上院議員とジョニ・アーンスト上院議員が、7月6日に相次いで候補を辞退する発言を行ったと報じられている。

【参考記事】トランプの副大統領候補の一人は元軍人で中絶反対の母

 候補は絞られてきているようだ。民主党では、ウォーレンに加え、ティム・ケイン上院議員や、フリアン・カストロ住宅都市開発長官の名前が挙がる。共和党では、ギングリッチのほかに、インディアナ州のマイク・ペンス州知事、ニュージャージー州のクリス・クリスティー州知事らが有力視される。当のトランプは、7月6日に「軍出身者を含め、10人程度の候補から検討している」と述べている。

【参考記事】トランプ勝利会見に寄り添うクリスティー知事の深謀とは

勝利の原動力となった副大統領候補は珍しい

 もっとも、大統領選挙の行方を考えるうえでは、副大統領候補が勝利の原動力となる展開は想定し難い。副大統領候補を選ぶ際には、大統領候補に欠けている部分を補うバランスが大事だと言われるが、歴史を振り返れば、そうした考慮が功を奏した実例は稀である。



 典型的なのが、地理的な補完性だ。大統領選挙でカギを握る州の政治家を副大統領候補に抜擢することで、選挙を優位に戦える可能性が指摘されやすい。ところが実際には、そういった観点で効果を発揮したのは、1960年の大統領選挙でジョン・F・ケネディ大統領の副大統領候補となったリンドン・ジョンソンが最後だったというのが定説である。

 前回2012年の大統領選挙では、共和党がポール・ライアンを副大統領候補に選んだが、その地元であるウィスコンシン州を制したのは、民主党のバラク・オバマ大統領だった。バイデン副大統領の地元は、そもそも民主党が圧倒的に強いデラウェア州であり、同氏による地理的な貢献は皆無である。

 大統領候補とは違ったキャラクターの候補を選んでも、それがプラスに働くとは限らない。2008年の大統領選挙では、共和党がサラ・ペイリンを副大統領候補に選出した。それまで無名だった女性知事の抜擢により、地味な大統領候補だったジョン・マケインを盛り立てる効果が期待されたが、経験不足が露呈するなど結果的には逆効果だった。民主党も1984年に女性(ジェラルディン・フェラーロ)を副大統領候補に選んだが、大統領選挙では共和党のロナルド・レーガン大統領が圧勝している。

【参考記事】ペイリン? ギングリッチ? 迷走する共和党の「顔」

 ジョンソン副大統領のほかに、大統領候補を助けた稀な副大統領候補としては、1992年の大統領選挙におけるアル・ゴアがあげられる。民主党の大統領候補だったビル・クリントンは、同じ南部出身の若手で中道的な政策でも似通ったゴアを選出、自らのキャラクターをさらに強烈に打ち出す戦略により、見事に当選を果たしている。

大統領候補のキャラクターが強すぎる

 今回の大統領選挙では、大統領候補のキャラクターが強すぎる。副大統領候補が誰になるにせよ、選挙結果に与える影響は限定的だろう。

 クリントンとトランプの知名度は高く、大半の有権者の見解は固まっている。政治家の好感度をたずねた世論調査では、クリントン、トランプの両名とも、「好きでも嫌いでもない」とした回答は、わずかに1割程度しかない。副大統領候補が誰であっても、今から両氏への意見を変えるほどのインパクトを持つとは考え難い。世論調査によれば、大統領候補の得票率を上げる効果が大きいとみられるのは、民主党であればサンダース、共和党であればマルコ・ルビオ上院議員程度であり、いずれも副大統領候補に選ばれる可能性が低い政治家に限られている。





 それぞれの大統領候補には、副大統領候補に求めるべき資質が取りざたされている。クリントンの場合には、予備選挙でサンダースを支持した人々を取り込むために、サンダースのようにリベラル色の強い候補を選ぶべきだという意見がある。有力となるのはウォーレンであり、そうなれば正副大統領候補が女性という話題性もある。

 もっとも、サンダースの支持者は既にクリントン支持に転じ始めている。サンダース支持者のうち、大統領選挙ではクリトンではなくトランプに投票しようと考えている割合は、急速に低下している。2008年の大統領選挙で、オバマ大統領と民主党の大統領候補を争ったクリントンの支持者が、いつまでも共和党のマケインに投票する意向を示していたのとは対照的だ。



 金融規制の強化が持論のウォーレンに対しては、クリントン陣営の資金源であるウォール街の警戒感が強い。ウォーレンを選ぶリスクを冒す必要があるのかどうかは、議論が分かれるところである。

 トランプについては、経験が豊富な政治家を選び、トランプに対する懸念を軽減する必要があると指摘されている。しかし、周囲の助言を聞き入れないトランプの性格は、ここまでの選挙戦で明らかだ。経験豊富な政治家が選ばれたとしても、「トランプと上手くやれるのか」という点に興味は集中するだろう。言い換えれば、焦点があたるのは、副大統領候補ではなく、あくまでもトランプである。

報われない仕事

 副大統領は、大統領に万が一のことがあった場合に、その職位を継ぐ大事な役職である。今回の大統領選挙の場合、いずれの政党の候補も高齢であり、その意味では、副大統領が誰になるかは重要な意味をもつ。しかし、こと選挙の行方という観点では、過熱する副大統領選びは、党大会までの「から騒ぎ」と言えるのかもしれない。

 選ばれる政治家にとっても、副大統領は必ずしも魅力的なポジションとは限らない。1960年代以降に副大統領候補となった政治家のうち、半数以上がいずれかの時点で大統領候補になっているという。しかし、大統領暗殺によって昇格したジョンソンを除けば、実際に副大統領から大統領となったのは、ロナルド・レーガン大統領の副大統領だったジョージ・H・W・ブッシュしかいない。

 冒頭のバイデンの問いかけに、ギングリッチはこう答えている。

「やった方が良いだろうか?それは、いい仕事か?」

安井明彦1991年富士総合研究所(現みずほ総合研究所)入社、在米日本大使館専門調査員、みずほ総合研究所ニューヨーク事務所長、同政策調査部長等を経て、2014年より現職。政策・政治を中心に、一貫して米国を担当。著書に『アメリカ選択肢なき選択』などがある。



安井明彦(みずほ総合研究所欧米調査部長)

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