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エリートは無知な大衆に立ち向かえ

ニューズウィーク日本版 2016年7月8日 20時40分

<イギリスの予想外のEU離脱は、人々の政治的分断の大きさを見せつけた。保守派とリベラル派との分断ではない。まだ正気の人々と怒り狂った人々、エリートと大衆の分断だ。極右やトランプが無知な大衆をだますなら、目を覚まさせるのがエリートの役目だ>

 1954年生まれの私にとって、人生で最大の政治的激動期といえば1960年代後半だった。ベトナム戦争や公民権運動がアメリカの文化や政党を変容させた時代だ。だが今から振り返ると、あれも比較的安定した政治体制の中の揺らぎに過ぎなかったように思えてくる。今起こっていることは違う。アメリカやイギリス、ヨーロッパで広がる市民の反乱は、見たこともないような形で政治を覆すかもしれない。

 エリート層が混乱しているのは1960年代後半も今も変わらない。だがかつてのエリートは、親の世代が築いた世界に反抗する若者から逃げていた。今のエリートは、その親たちから逃れようとしている。過激主義は今や主流になりつつある。イギリスがEU離脱を決めた国民投票の最大の汚点の一つは、EU離脱のリスクについて警告して残留を選ばせようとした経済学者や欧米の指導者に、イギリスの有権者がにあからさまにノーを突きつけたことだ。デービッド・キャメロン英首相は、EU残留が得策という考えでほぼ一致していた専門家の意見に有権者も当然従うものと考えていた。それだけでも、キャメロンがいかに自国民を理解していなかったかが分かる。

【参考記事】イギリスがEU国民投票で離脱を決断へ──疑問点をまとめてみた

共和党は歴史的分裂へ?

 イギリスでは二大政党の保守党と労働党がそろって危機に直面している。イギリスには先の国民投票で既に最後の審判が下ったのだが、アメリカではこれからだ。もしドナルド・トランプが11月の米大統領選本選で惨敗してくれれば、米共和党は大衆とロビイストや財界との間で歴史的な分裂状態に陥る恐れがある。フランス与党の社会党政権も来春の大統領選似たような失敗を犯しかねない。複数の世論調査によると、フランスのフランソワ・オランド大統領は決選投票にすら進めないという予測もある。一方でヨーロッパ中の反EU・極右政党は、自国でもEU離脱の是非を問う国民投票を行うよう求めている。

【参考記事】オーストリアが紙一重で「極右」大統領を阻止 右翼ポピュリズムが欧州を徘徊する

 分裂した政治はいずれ元の鞘に戻るのかもしれない。だが、EU離脱を決定したイギリスの国民投票で我々は、かつてなら衝撃的だったはずの変化がもはや日常になっていることに気付かされた。だとすれば、政治はどこに行くのだろう?ヨーロッパは既に一つの方向に向かっている。欧州のいたる所で、反移民の極右政党が票を集めている。まだ多数派にはなっていないが、5月にオーストリアで行われた大統領選決選投票では、極右・自由党のノルベルト・ホーファー党首が大統領の座まであと一歩というところまで躍進した。主流政党は右派も左派も、愛国主義政党を締め出すために連携を深めていくだろう。スウェーデンではすでにそうした動きが始まっており、中道右派政党の一つが中道左派政権の連立パートナーとして政権を支えている。もしフランスの社会党候補が大統領選第一回投票で敗れる事態になれば、社会党はまず間違いなく保守派の共和党の支持に回り、極右政党の国民戦線に対抗するはずだ。

【参考記事】テロ後のフランスで最も危険な極右党首ルペン



 そうした非公式の連立が成り立つのは、事態が収束するまでのことだろう。だが異なる政党が共生を強いられた結果、党派を超えた再編につながることもあり得る。つまり中道左派や中道右派を掲げる複数の党が分離して、新しいタイプの中道派を形成する可能性があるということだ。現実主義やメリオリズム(世界は人間が努力すればより良いものに出来るという考え方)、専門知識、効果的な統治の正当性を主張することで、左派と右派の両極に集まるイデオロギー色の強い勢力に対抗する。アメリカの共和党はいずれ、トランプの呼びかけに集まった愛国主義者の怒りを制御できなくなる日がくるかもしれない。その場合、一世代前のビジネス寄りの政党に自らを再編し直すのが唯一、消滅を免れる道だろう。

危機より我慢できない長期停滞

 問題の根底にあるのはグローバル化だ。英EU離脱、トランプ人気、国民戦線躍進といった現象が明らかにしたのは、政治エリートたちが、世界的に広がる人々の怒り、せめて昔のレベルまで回復させてほしいという要求を見過ごしていた事実だ。その反動がなぜ今ごろになって表れたのか。なぜ2008年の世界経済危機の直後に表れなかったのか。問題は、危機そのものより危機収束後の新たな停滞だった。ヨーロッパの経済成長やアメリカの最低所得の伸び率が横ばいという状況と、長期的な見通しの暗さに対して有権者は反乱を起こした。また多くの高齢者は、自分たちが生まれ育った身近な世界が失われつつあるのは外国語や異文化が外から押し寄せてきたからだと感じており、国際派のエリートたちに反感を抱いている。最近訪れたポーランドでは、極右政党が愛国主義を扇動し、伝統を重んじる風潮が強まっていた。ポーランド経済は、数年にわたる中道政権の下で大いに繁栄したというのに。極右政党の支持者たちは「価値と伝統」という言葉を繰り返す。彼らは「ポーランド人であること」に票を投じ、西ヨーロッパの現代性に背を向けた。

【参考記事】ポーランドの「プーチン化」に怯えるEU

 おそらくこれからの政治は、グローバル化の枢軸を取り囲むように再編が進み、怒れる人と現実主義者という両側に分かれる。愛国主義を掲げる政党を支持するのは、自分たちを主権の擁護者と考える労働者や中流層の白人だろう。一方、中道派が支持を得られるのは、グローバル化の恩恵を受ける人々。そして非白人の貧困層や限界的な市民たち。愛国主義に重きを置く政治が力をもてば、自分たちが社会から排除されると自覚している人々だ。



 もちろん、主流派政党は右であれ左であれ、現状に憤る愛国主義者の支持を何とかして取りつけようとする。それには時として、大衆迎合的な手法も必要になる。来春のフランス大統領選で返り咲きを目指すニコラス・サルコジ前大統領は「マイノリティーの暴虐」を非難、白人しかいなかった頃の「永遠のフランス」を引き合いに出した。左派では、長年自由貿易を支持してきたヒラリー・クリントンが態度を一変させた。労働組合はじめグローバル化の荒波を国境で食い止めたい人々の支持を取りつけるためだ。だが同じ主流派でも右と左では意見の隔たりが大きい。いかにグローバル化による負の影響を軽減するか、大量の難民や移民のどう受け入れるか──極右主義者の台頭がもたらす脅威ですら、両者を共通の大義に導くには不十分な有り様だ。

でっち上げでEU離脱

 目に見える分断は、政治だけでなく、現実世界にも広がっている。EU離脱派が勝利したのは、離脱派の指導者たちが有権者の被害妄想に付け入って移民がもたらす危険やEU残留にかかるコストの大きさをでっち上げたからだ。離脱派の指導者の中には、発言内容は嘘だったと認めて辞任する者も出てきている。偽りと恐怖による扇動で新基準を打ち立てたドナルド・トランプは、移民や貿易など思いつくものは何でも攻撃する。共和党にはもともと、科学的な事実や経済的な現実を否定する人間が多いが、とうとう無知な人々に心地よい現実を捏造するような男に身を委ねようとしている。

 そう、「無知」だ。多くの無知な人々がだまされている今、指導者の役割は人々の目を覚まさせることだ。それは「エリート主義」だという反論もあるだろう。そうかもしれない。あるいは、我々は自分の考えや信念を過度に尊重するようになった結果、論理や専門知識、歴史の教訓もエリート主義と考えるようになったのかもしれない。もしそうなら、現実主義の政党が覚悟を持って、現実を否定する政党やその黒幕たちと戦わなければならない。それが次に待ち受ける政治の再編だとすれば、我々は喜んで受け入れよう。

From Foreign Policy Magazine


ジェームズ・トラウブ(ジャーナリスト)

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