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ISISのグローバル・テロ作戦が始まる

ニューズウィーク日本版 2016年7月11日 15時50分

<中央アジア出身の戦闘員がトルコでテロを遂行したのは、非アラブ系外国人テロリストが欧米諸国を攻撃する予兆なのか>(写真は先月のテロで死亡した男性の葬儀)

 6月28日午後10時前、3人の男がタクシーでイスタンブールのアタチュルク国際空港に到着した。男たちは銃を乱射して警備員を振り切り、空港ロビーで自爆。44人が死亡した。

 犯行の経緯はパリやブリュッセルのテロ事件と似ている。問題は自爆した3人の国籍で、ロシア、ウズベキスタン、キルギスだった。

 テロ組織ISIS(自称イスラム国、別名ISIL)やアルカイダ系過激派組織アルヌスラ戦線に中央アジア出身者がいるのは、シリアやイラクの戦場では珍しくないと、ランド研究所研究員のセス・ジョーンズは言う。「ただし、中央アジア出身の戦闘員がトルコでテロを実行したことは異例だ」

 この事実は、トルコの安全保障に新たな難題を突き付ける。トルコでは、ウズベキスタンなど旧ソ連圏から来た多くの移民が生活を営んでいる。これまでアラブ系やクルド系の反体制分子に目を光らせてきた治安当局は、カフカス系や中央アジア系のコミュニティーも警戒しなければならなくなった。

 トルコのイェニ・サファク紙などによると、ロシア国籍の実行犯はチェチェン共和国出身のアフメト・チャタエフ。チェチェン独立派のイスラム過激派勢力「カフカス首長国」の創設に携わり、13年にISISに加わったとされる。ロシア圏出身の戦闘員をシリアで訓練してロシアに送り返す国際テロリストとして、国連安全保障理事会に名指しされている。

 トルコと欧米諸国は今回のテロにISISが関与しているとみるが、上層部が実行犯を送り込んだかどうかは定かではない。しかし、これを機にISISがロシア圏出身の戦闘員にテロを遂行させるケースが増えれば、外国人テロリスト部隊が世界に散らばることになる。

【参考記事】ISISはなぜトルコを狙うのか

 旧ソ連圏の共和国は徴兵制度があるおかげで、ISISはそれらの国の出身者に基本的な軍事訓練をする必要がない。彼らは「生まれたときからAK47自動小銃がそばにある」と、CIAのテロ対策センター出身で、治安情報会社ソウファン・グループの幹部を務めるパトリック・スキナーは言う。

 ソウファン・グループと米政府のリポートによると、ISISの外国人戦闘員の供給では、西ヨーロッパと中東および北アフリカに続いて旧ソ連圏が3番目に多い。中央アジア出身のISIS戦闘員は近年、著しく増えている。カザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタンからの志願兵は約2000人に上る。

数カ国語でプロパガンダ

 昨年8月には、00年代前半からアフガニスタンとパキスタンを拠点としている過激派組織ウズベキスタン・イスラム運動(IMU)が、正式にISISと合流した。ロシア政府の推計によると、イラクとシリアで活動するロシア人戦闘員は2000人を超える。

 中央アジアの学生や労働者、市民にとって、ビザなしで旅行できるトルコは人気の目的地だ。一方でシリアとの国境は抜け穴が多く、旧ソ連圏からシリアのISISを目指す外国人戦闘員にとっては、トルコが主な経由地になっている。

 14年6月にISISがイスラム国家樹立を宣言した後、ロシアと中央アジア諸国はイスラム過激派への警戒をさらに強めた。中央アジアの政府は強権的手法で彼らを締め付けているが、そうしたやり方は過激化をあおるだけだと専門家は言う。



 ISISはここ数カ月、ソーシャルメディアにロシア語やウズベク語のプロパガンダを数多く流している。先月に米フロリダ州オーランドのナイトクラブで発生した銃乱射事件と、フランスで警察官が殺害された事件をISISの戦闘員がたたえる動画では、ロシア語、ウズベク語、英語、インドネシア語、フランス語が使われていた。

「ISISは世界中で戦闘員を勧誘して、欧米でテロを実行させようとしている」と、安全保障コンサルティング会社クロノス・アドバイザリーの共同創設者マイケル・スミスは言う。「イスタンブールのテロリストが本当にISISのメンバーなら、今回の攻撃はそのメッセージを強化することになる」

手負いの虎の危険な賭け

 中央アジアで抑圧されているイスラム過激派の多くは、イラクやシリアに逃れている。NGO国際危機グループの報告書によると、ロシア政府は14年のソチ冬季五輪の前に「過激派を北カフカスの国境から逃したとみられる。しかし、14年後半以降は流出を抑制し、勧誘係や資金調達の要員、将来の戦闘員を組織的に捕らえている」。

【参考記事】連日の大規模テロ、ISISの戦略に変化

 ロシアに戻った戦闘員は今のところ数えるほどだが、「ロシア当局は、彼らがいずれ帰国するのではないかと非常に懸念している」と、ワシントン中近東政策研究所のアンナ・ボルシチェビスカヤは言う。

 ISISのイラクとシリアの侵攻には、北カフカスのチェチェンとダゲスタン両共和国出身の戦闘員が関わってきた。両地域に隣接したジョージア(グルジア)出身で、米軍が3月の空爆で殺害したとされるオマル・ザ・チェチェンことオマル・シシャニは、ISISの国防相に当たる地位に昇格していた。

 このところ、イラク軍が中部ファルージャを奪還し、シリア北部のマンビジにクルド人とアラブ人の連合勢力が侵攻するなど、ISISは支配地域を大幅に縮小している。そのため彼らは戦略の転換を急ぎ、ロシア圏の熟練戦闘員の配置を変えて「戦場をイスタンブールの空港に移した」のかもしれないと、ソウファン・グループのスキナーはみる。

 先月中旬にジョン・ブレナンCIA長官は、ISIS掃討作戦によって「彼らのテロ遂行能力と世界展開が縮小しているわけではない」と述べている。「ISISへの圧力が高まるにつれて、グローバル・テロリズムを掲げる彼らが世界的なテロ作戦を強化すると考えられる」

 イスタンブールの空港テロは、ブレナンの予言が実現したと言えるかもしれない。

From Foreign Policy Magazine

[2016.7.12号掲載]
イライアス・グロル、ダン・ドゥ・ルース、リード・スタンディッシュ

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