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英国・メイ内相、首相就任へ:「もう辞めないで!」

ニューズウィーク日本版 2016年7月12日 16時30分

<次々と有力者が撤退し、イギリスの次期首相に就任することが決まったテリーザ・メイ内相。「穏健派首相になる」との報道もあるが、これには違和感がある>

「もう辞めないでくれ!」

 英国の巷でRESIGNという言葉が流行している。
「Will everyone just stop resigning!(みんなもう辞めないでくれ!)」
 といったジョークが職場で、家庭で、パブで乱れ飛んでいる。キャメロン首相、離脱派を率いたボリス・ジョンソン、UKIPのナイジェル・ファラージ、挙句の果てには「トップ・ギア」の司会者クリス・エヴァンスまで辞めると言い出し、文字通り辞める人だらけの英国だが、地べたの人々がいちいちそれに動揺しているかと言えばそんなことはない。もともと離脱票を投じた労働者たちの多くはボリスもファラージも好きじゃなかった。だから彼らはけっこう辞任劇を笑いとばしている。

 まあただ、ボリス・ジョンソンだけは、本人は首相になる気満々だったに違いなく、やっと俺の番かと思いきや腹心に裏切られて夢を断たれたが、そもそもコンサバでスノッブな保守党の人々が、だらしなくシャツをズボンから出して我が道を行くボリスを首相に据えたいわけがない。英国のエスタブリッシュメントにはそういうところがある。彼らはあんまりそういうジョークでは笑わない。

なぜ保守派だけが女性首相を輩出できるのか

 さてそんな辞める人だらけの英国の、次の首相は女性である。テリーザ・メイ内相とアンドレア・レッドソム・エネルギー閣外相の女性二人が最終候補として残ったが、レッドソムが「母親である私のほうが適任」と発言したため、メディアに袋叩きにされて撤退表明(またもやRESIGN)。そもそも、レッドソムとUKIPとの噂されるリンクも英国のエスタブリッシュメントには下品すぎて嫌われていた。繰り返すが、彼らはそういうジョークでは笑わない(だから良くも悪しくもトランプのような人は英国では首相にはなれない)。

 サッチャー元首相が1990年に退任してからキャメロン首相が2005年に党首になるまで、保守党は6回の党首選を行っており、14人の党首候補たちがいたが、女性は一人もいなかったという。それがいきなり、ブレグジットで2人も登場していたわけだ。この状況をイヴ・リヴィングストンはガーディアンのコラムでこう分析する。

 いまや保守党のほうが本物のフェミニストに見えます。おかしいと思いませんか? ジェンダーの平等について高らかに謳っている労働党は、女性首相を出すことに成功したことがありません。保守党のほうが指導者候補のジェンダーのバランスを取ろうとしているのでしょうか? リーダーになれる女性議員を育てる戦略があるのでしょうか?

 いいえ、データを見ればそんなことはありません。女性首相を輩出しているとはいえ、保守党の女性議員は全体の20%にすぎません。労働党は44%です。党首候補でジェンダーのバランスを取ろうとしているのは、労働党とみどりの党であり、保守党ではそんなことはありません。(中略)

 では、ほんの一握りのこれらの保守党の女性たちは、あらゆる苦難を乗り越え、政治制度に女性を受け入れさせるために戦ってきたのでしょうか? いいえ。彼女たちは、保守党に相応しいリーダーになるために、女性差別的な政策を支持するポジションを含め、前任の男性たちのスタイルをそっくりそのまま真似てきたのです。
出典:Guardian:"Don't confuse the Conservatives' embrace of female leaders with feminism" by Eve Livingston

テリーザ・メイが穏健派?

 テリーザ・メイはEU離脱投票では残留派に回ったので、「分裂した英国を癒す穏健派首相になる」などと言われているが、これまでの彼女を考えるとこの報道は違和感がありすぎる。

 ほんの2カ月前、5月の統一地方選の前にみどりの党が使っていたプロモ映像があり、それは大政党の指導者や大臣たちを5歳の子供たちに演じさせたコメディだった。



 どこにでも三輪車で入っていく傍若無人なボリス・ジョンソンや、いつもいじめられている労働党首ジェレミー・コービンなど、それは政治家たちの特徴をデフォルメしたもので、内相のメイも登場した。メイを演じた女児は、移民に見立てたぬいぐるみを椅子に座らせて、一人ずつに質問し、「あなたは看護師? 稼ぎが足りないのよ、出ていきなさーい!」と言って一体ずつ移民人形を教室の外に放り出していた。メイは難民問題が深刻化した時に、まるで極右のようなスピーチを行って中道寄りの保守党員たちをドン引きさせた人でもある。

 メイは多くのシングルマザーを厳しい生活苦に追い込んだ緊縮財政を支持してきた人でもあり、ヤールズ・ウッドの移民拘留センターで蔓延していた女性たちへの虐待を長年隠蔽してきたことでスキャンダルにもなった。フェミニズムの前進は言葉ではなく行為で示されるものだというサフラジェットのポリシーに従えば、彼女はまったくフェミニストではない。

 メイと同じく1997年に女性国会議員になり、女性同士でお互いの影の大臣を務めてきた因縁の仲である労働党のイヴェット・クーパーはこう書いている。

 メイが率いる保守党政権はどうなるでしょう? 「彼女なら安心して任せられる」「国を一つにユナイトできる」などというハイプを信じてはいけません。(中略)
 実際のところ、分裂はさらに大きくなるでしょう。
出典:Guardian:"Theresa May helped to divide Britain. She won't heal it" by Yvette Coopern

 とはいえ、メイもしばらくは「穏健派」イメージで混乱の収集にあたるのだろうが、クーパーはこんな不吉なメイの人物評も書いている。

物事がうまく行かなくなると、彼女はきまって姿を消します。
出典:Guardian:"Theresa May helped to divide Britain. She won't heal it" by Yvette Coopern

 英国に流行語大賞があったら、今年のそれは「もう辞めないでくれ!」になるかもしれない。


[執筆者]
ブレイディみかこ
在英保育士、ライター。1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。2016年6月22日『ヨーロッパ・コーリング 地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)発売。ほか、著書に『アナキズム・イン・ザ・UK - 壊れた英国とパンク保育士奮闘記』、『ザ・レフト─UK左翼セレブ列伝 』(ともにPヴァイン)。The Brady Blogの筆者。

ブレイディみかこ

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