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世界の3人に1人は天の川を見られない

ニューズウィーク日本版 2016年7月13日 17時0分

<人工光で暗い夜が失われる「光害」の深刻さが指摘されている。欧米諸国では大半の地域で天の川が見られず、光害が深刻なシンガポールでは住民が暗闇に目を順応させる機能を失っている>

 20世紀初めに電球の光が街と家庭を照らすようになって以降、都市やその周辺では次第に、夜空に星が見えなくなった。いま世界の約3人に1人は、肉眼で天の川を見られない環境で暮らしているという。

 先進国のほとんどの地域は、人工光による明るい夜空の下にある。イタリア、ドイツ、アメリカ、イスラエルの研究チームが先頃、世界の「光害」の実態に関する調査結果をサイエンス・アドバンシズ誌に発表した。

 それによると、西ヨーロッパではスコットランド、スカンディナビア諸国、オーストリア、スペインなどの地方部を別にすれば、大半は夜も空が明るい。ミシシッピ川以東のアメリカも同様だ。ヨーロッパ在住者の6割とアメリカ在住者の8割は、(光害の影響を受けない国立公園にでも足を延ばさない限り)天の川を見られない。

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 G20諸国の中で天の川が最も見えやすいのは、インドとドイツだという。ドイツは西ヨーロッパで最大の国だが、近隣の国に比べて人工光の使用量が少ない。自治体レベルの光害対策と保守的な文化が功を奏していると、研究チームのメンバーであるクリストファー・キバ(ドイツ)は指摘する。

「ドイツのアウトバーン(高速道路)は、夜に照明をつけない。ベルリンの公園も照明がつかない場合がある。公園は自然な状態のままにしておくべきだという考え方があるためだ」と、キバは本誌に語る。

「ドイツの都市では、住民1人当たりの光の使用量がアメリカの都市の3分の1~5分の1程度にとどまっている。隣国のベルギーとオランダで高速道路が煌々(こうこう)と照らされているのとは対照的だ」

人間や動植物にも悪影響

 彼らの研究によれば、人口密度の高い国は光害も激しい。国土が狭く、人口の多い韓国は、先進国の中で最も光害がひどい。それに輪をかけて深刻なのがシンガポールだ。「夜空があまりに明るいため、(住民は皆)暗闇に目を完全に順応させる力を失っている」と、研究チームは指摘している。



 光害を抑えるためには、どうすればいいのか。照明を暖色系で低温のLEDライトに切り替えるよう、キバは提唱している。暖色系のLEDライトは昔はエネルギー効率が悪かったが、今は違う。テクノロジーの進歩により、真っ白で明るい光のLEDライトに匹敵するくらいエネルギー効率が高まった。

 ドイツだけでなく、近年は一部のアメリカの都市も光害対策に乗り出している。カリフォルニア州のデービス市は14年、街灯に用いるLEDライトを控えめな明るさのものに代えた。夜間に街が明る過ぎるという苦情が寄せられたからだ。

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 人工光で夜が明るいことの弊害は、天の川が見られないことだけではない。歩道や公園などを人工光で明るく照らせば、周囲の動物や植物、人間に悪影響が及ぶ。ある研究によると、人工光は夜行性の動物や爬虫類のホルモンレベルと繁殖行動に影響を及ぼす。町が明るいと、野鳥の渡りのルートが乱れる場合もあるという。

 野生動物を光害から守るためには、世界中の政府と市民が光に対する考え方を変えなくてはならない。

「20世紀を通して人工の光が増え続けてきた」と、キバは言う。「私の願いは、都市がこの問題をもっと真剣に考えて、照明の在り方を変えること。明るい照明が好ましいとは限らないと知ってほしい」

[2016.7.12号掲載]
リー・スン

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