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どう動くのか中国、南シナ海の判決受け

ニューズウィーク日本版 2016年7月13日 17時20分

 フィリピンが提訴していた南シナ海領有権に関して、仲裁裁判所が中国の主張を全面否定した。中国は無効としているが、国連海洋法条約加盟国なので拘束力を持つ。 米国を真似て脱退も視野に入れる中国を読み解く。

中国に大きな打撃――仲裁裁判所の判決

 7月12日、オランダのハーグにある常設仲裁裁判所が、中国の南シナ海進出に初めての国際司法判断を出した。

 中国が主張し拡大を続けてきた南シナ海領有権に関して、仲裁裁判所は「法的根拠がない」として、中国の正当性を完全に否定した。一つは中国が1992年に定めた領海法により中国のものとする「九段線(きゅうだんせん)」(いわゆる中国の紅い舌)内の中国の管轄権を「法的根拠がない」とバッサリ否定し、また中国が最近増設を繰り返してきた7つの人工島に関しても、低潮高地(岩礁)あるいは岩であるために、領海とみなすことができず、排他的経済圏を主張できないとした。

 ここまで明確に、しかも断定的に言い切る判決が出たことは、世界にとっても「爽快な驚き」をもたらすものだが、南シナ海の領有権を軸の一つとして世界への覇権を主張することによって国内における求心力を高めようとしてきた習近平政権にとっては、計り知れない打撃だ。一党支配体制を揺るがしかねない。

「仲裁裁判所は国連の管轄下でない」がゆえに中国に拘束力を持つ皮肉

 常設仲裁裁判所は、国際司法裁判所と違って、国連の管轄下ではない。

 そのため、異議があった時に国連安保理理事会に申し立てることはできないし、また国連加盟国であるが故の拘束力は持ちえない。さらに国際司法裁判所なら提訴されたときに「受けない」と拒否できるが、常設仲裁裁判所の場合は、裁判所に判断が委ねられるために拒否できないのだ。

 今般のフィリピンの提訴は、二つの点において実に賢明であった。

 一つは国連の管轄下にある国際司法裁判所に提訴せずに、仲裁裁判所に提訴したことだ。

 二つ目は「国連海洋法条約に違反する」という訴状で提訴している。

 これは実によく計算し尽くされた提訴で、中国もフィリピンも「国連海洋法条約加盟国」である以上、判決は両国に対して拘束力を持つのである。

 おまけに、国連安保理理事会などで異議申し立てなどをすることができず、仲裁裁判所の判決が最終判断となる。覆すことができない。

 いや、覆す方法がない。

 中国は早くから「いかなる判決が出ても無効であり、中国に対して拘束力は持ちえない」として激しく抗議してきたが、しかし、そうはいかない。



 そのことを知っている中国政府内部では「なんなら、国連海洋法条約加盟国から脱退してもいいんだよ」という意見がチラホラ出ている。

 実はアメリカは国連海洋法条約加盟国ではない(国連海洋法条約を批准していない)ので、中国では、アメリカの真似をして中国も脱退すれば、判決の拘束力は及ばないと考えている政府関係者もいる。

 アメリカと中国が参加していない国連海洋法条約など、完璧に骨抜きになるので、中国に対して実際的な拘束力を及ぼしてこないだろうという計算もないではない。

アメリカはかつて国際司法裁判所の判決を無視した――1986年のニカラグア事件


 実は1984年4月に、ニカラグアがアメリカの同国に対する軍事行動などの違法性を主張し損害賠償などを求めて国際司法裁判所にアメリカを提訴した。1986年6月に国際司法裁判所が判決を出して、アメリカの違法性を全面的に認定した。

 しかしアメリカは、国際司法裁判所には管轄権はないとして判決の有効性を認めず、賠償金の支払いも拒否した。

 結果、ニカラグアが安保理理事会にアメリカの判決不履行を提訴したが、アメリカは安保理常任理事国として拒否権を発動し、結局、そのままになった。

 1990年にニカラグアで選挙があり、新政権(アメリカの支援を受けていたチャモロ政権)が誕生すると、アメリカに判決履行を求める立場を転換し、ニカラグア新政権はアメリカに対する請求を取り下げたのである。その結果、国際司法裁判所は、1991年9月26日に「裁判終了」を宣言したのであった。

 中国が注目しているのは、かつてのアメリカのこの動き方である。

 特にアメリカはレーガン大統領当時、国連海洋法条約に反対だった。アメリカの安全保障と商業的な利益に損害を与えるというのが理由だった。だから最初は加盟していたのに脱退している。オバマ大統領は加盟(批准)に積極的だが、上院下院の保守派の抵抗勢力の賛同を得られないまま、こんにちに至っている。その意味でアメリカは、実は中国を責められる立場にはなく、中国はその弱点をしっかりつかんで、アメリカの真似をしようと虎視眈々と「なし崩し」を狙っているのである。

フィリピンのドゥテルテ新大統領は親中?

 フィリピンが中国を提訴したのはアキノ大統領時代だ。

 しかし今年6月30日、新しく選ばれたドゥテルテ大統領は、マラカニアン宮殿における就任式のあとの閣議で、「戦争を望まない。われわれに有利な判決が出ても中国と話し合う」という趣旨のことを語っている(ロイター報道)。



 中国の政府系報道では、まるで鬼の首でも取ったかのように、繰り返しドゥテルテ大統領のこの言葉を音声と映像で流し、「二国間の話し合い」という従来の主張を繰り返している。

 おそらくドゥテルテ大統領は、ニカラグアのチャモロ政権のように経済的支援や有利な条件でのインフラ建設交渉などを中国から勝ち取り、自国の経済発展につなげていくつもりだろう。

 ただし、仲裁裁判所が、「前代未聞の素晴らしい」判決を出した以上、ニカラグアのように中国に対する履行要求を自ら取り下げることはせず、どこまでも「カード」として中国の弱みを握り続け、うまく立ち回るのではないかと推測される。

[執筆者]遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』『完全解読 中国外交戦略の狙い』『中国人が選んだワースト中国人番付 やはり紅い中国は腐敗で滅ぶ』『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』など著書多数。近著に『毛沢東 日本軍と共謀した男』(新潮新書)



※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

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遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)

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