<超大国・中国で広告業界に劇的な変化が起こりつつある。急成長するデジタルマーケティングで成功するにはどうすればいいか。地域で異なる消費者の好みの違いから、ネット動画ならではの特性まで、効果的な広告制作のヒントを提示する>
世界の広告業界が成長していく上で、依然としてもっとも大きな影響力を行使できるポジションにいるのが中国である。メディアプランニング会社のグループエムが2015年に発表した広告業界の将来予測によれば、中国本土のビジネスは、他のどの国や地域よりも世界の年間広告費用の増加に貢献するという。
しかし近年、この超大国における広告に劇的な変化がいくつか起こりつつある。中国経済における投資と消費のバランスが崩れてきているせいで、GDPの成長カーブがこれまでよりも緩やかになった。その影響により、ここ数年と比べてテレビCMの出広を抑える企業が増加傾向にある。その一方で、中国の国内企業が積極的に予算をつぎ込んだために、デジタルマーケティング(ITを用いたプロモーション)がかつてないほどに大きく伸びている。
いくつかのセクターでは、(旧来型の)広告の需要がまだ残っていることは確かだ。統計によれば、インターネット関連産業は広告にかける費用を大きく増やしている。なぜなら、150以上のアプリ開発企業が、製品を宣伝するのに広告に頼っているからだ。
伝説的な広告マンの一人であるデビッド・オグルビーがかつてこんなことを言っていた。「消費者が購入の是非を判断する基準は広告の中身である。それがどんな見た目の広告かは関係ない」。やはり今でも中身がいちばん大事なのだろうか。しかし、この"(インターネットで)つながりすぎている"時代にあっては、(中身よりも)とにかく「注意をひくこと」が最優先になるようにも思える。
【参考記事】行動経済学はマーケティングの「万能酸」になる
オンライン広告を見る時間は3秒だけ
平均的な中国人の消費者は、スマホやタブレット、PCなどの複数のデバイスをとっかえひっかえしており、とくにスマホに関しては、その使用がプライベートな時間の実に56%に上る。この数字は1日のうちテレビを見る時間の2倍である。これは、マーケットリサーチ会社、ミルウォード・ブラウンの2015年の調査で明らかになったデータだ。
また、同じくミルウォード・ブラウンが行ったアイトラッキングテスト(視線がどのように動くかを調べるテスト)では、普通の消費者がディスプレイ上のオンライン広告に視線を走らせるのはたったの3秒間であることもわかっている。これだけの時間でクリエイティブな広告の"中身"を消費者の心に焼きつけるのは、難しいと言わざるを得ない。
デジタル技術の急成長に関する熱狂は伝染しやすい。それはマーケターをも刺激する。彼らはマーケティングの新しいアイデアを駆使しようとするかもしれないが、最適なコンテンツと明確なターゲットが設定されていなければ失敗することが多い。ミルウォード・ブラウンの調査研究が、その証拠を示している。1年間でもっとも高額だったテレビCM――Youxinという中古車販売プラットフォーム企業が60秒のスポットに500万米ドルを注ぎ込んだ――の失敗だ。10人もの有名人を起用し、20回も繰り返し放映されたにもかかわらず、消費者を購買に結びつけることはできなかった。
このCMのどこに問題があったのだろうか。どうしても買わなくてはいけないと思わせるものを訴えきれなかったのか。消費者に働きかける方法がかえってイラつかせるものだったのか。ただ単にCMに共感できなかったのか。そうした受け手の失望を避けるために、心に留めておくべき基本をお教えしよう。以下を参考にすれば、効果的で無駄のない広告を創造できるはずだ。
中国全土で共感を得るための3要素
中国は複雑な国だ。私たちのもつ広告データベースによる分析では、全国的に成功する広告は二つに一つしかない。また、中国では、多種多様な広告の手法を使わざるを得ない。国内に存在する文化の多様性や、経済発展の段階の違い、広告主のステータス(大企業か中小か、よく知られたブランドか否かなど)、広告の表現に慣れているかどうかなどを勘案して広告を制作する必要があるからだ。
たとえば中国東部の消費者は、よりクリエイティブで洗練され、加えて前向きな気持ちを喚起するような雰囲気の広告を好む。広告に心情的な温かみ(家族の絆やナショナリズム、楽天的な考えなど)があれば、北部の人々の受けが良いだろう。一方、南部には実用主義的なカルチャーが行き渡っている。したがって、当然ながらシンプルで真っ直ぐなメッセージがその地域の消費者には合っている。下層階級の人々が多く住む都市では、エンターテインメントではなくプレーンな情報を与えること、「なぜこの商品を買わなければならないのか」を強く打ち出すことなどが重要になる。
これらの事情に合わせて多種多様な広告を制作するために、十分な予算とスケジュールが与えられることは稀だ。しかし予算と時間の範囲内で実施する方法はある。私たちの研究によれば、「家族の価値」「楽観的な明るさ」「子どもに関係するもの」を普遍的に表現できれば、中国全土で共感を得られる可能性が高い。これらのテーマを踏まえることが、全国に行き渡らせる広告を制作する上での前提条件になるだろう。その上で、いかに地域ごとに異なる「ものの見方」を反映させ、受け手の得になるものを打ち出し、彼らが見たことがない斬新な表現ができるかが勝負になる。
【参考記事】中国企業のイノベーション志向を探る
「CMは30秒」はもう当たり前じゃない
中国の視聴者は、テレビCMとネット上の動画を別物と捉えているようだ。求めるものが違うし、反応も異なる。彼らにとってテレビは退屈しのぎに刺激を得るために見るもの。それに対し、ネット上の動画ははっきりとした目的があって視聴することが多い。つまり、特定の情報を得ようと積極的にアクセスしているのだ。それゆえ、ネット上の動画で広告を流す際には、自らのイマジネーションにフィットしないものを辛抱強く見続ける視聴者などほとんどいないことを、肝に銘じる必要があるだろう。
つまり、テレビとネットの広告は、それぞれ異なる手法でアプローチするべきということだ。ただ、成功したテレビCMの手法をネット広告に応用することは研究してみる余地がある。たとえば、CMの1コマ1コマの大半にブランド名を映し出し、さらに時々アップにすることでブランドを目立たせる、といった手法だ。ネット広告用の3秒程度のウィンドウでは、一つのことだけを訴える単純なメッセージがもっとも効果的だ。また、モバイルの広告では、ユーモラスな要素を加えることでアクセスを増やせることがわかっている。
あらゆる層にブランドのメッセージを届けるために、マーケターたちは異なる長さの広告を実験するようになってきている。テレビCMといえば「30秒」が当たり前だったが、今やそのフォーマットに固執するクリエイターは減少しつつある。いろいろな時間を試す上で気をつけるべきなのは、広告の目的やブランドの方向性に見あったフォーマットを使用することだ。
「30秒」のCMは、新製品や新しいキャンペーンを告知するのに適している。複数の要素を入れ込んだ、ある程度複雑なメッセージを届けられるからだ。翻って「15秒」はどうだろう。この場合は、基本的なアイデアのみしか伝えられないので、既知のことのリマインダーとして機能しやすい。さらに、数分にわたるような長時間の広告動画であれば、当然ながら込み入ったメッセージを伝えることができる。この場合、ブランドの既存のファンに報い、楽しんでもらうためのものという位置づけが適当だ。
[執筆者]
マニーシュ・チョードリー Maneesh Choudhary
世界有数の広告代理店WPP傘下のマーケットリサーチ会社ミルウォード・ブラウンのグループディレクター兼地域リーダー
ジェニー・マー Jenny Ma
ミルウォード・ブラウン社のアカウントディレクター
© 情報工場
※当記事は「Dialogue Q2 2016」からの転載記事です
情報工場
2005年創業。厳選した書籍のハイライトを3000字にまとめて配信する書籍ダイジェストサービス「SERENDIP(セレンディップ)」を提供。国内の書籍だけではなく、エグゼクティブ向け教育機関で世界一と評されるDuke Corporate Educationが発行するビジネス誌『Dialogue Review』や、まだ日本で出版されていない欧米・アジアなどの海外で話題の書籍もいち早く日本語のダイジェストにして配信。上場企業の経営層・管理職を中心に約6万人のビジネスパーソンが利用中。 http://www.joho-kojo.com/top
マニーシュ・チョードリー、ジェニー・マー ※編集・企画:情報工場
世界の広告業界が成長していく上で、依然としてもっとも大きな影響力を行使できるポジションにいるのが中国である。メディアプランニング会社のグループエムが2015年に発表した広告業界の将来予測によれば、中国本土のビジネスは、他のどの国や地域よりも世界の年間広告費用の増加に貢献するという。
しかし近年、この超大国における広告に劇的な変化がいくつか起こりつつある。中国経済における投資と消費のバランスが崩れてきているせいで、GDPの成長カーブがこれまでよりも緩やかになった。その影響により、ここ数年と比べてテレビCMの出広を抑える企業が増加傾向にある。その一方で、中国の国内企業が積極的に予算をつぎ込んだために、デジタルマーケティング(ITを用いたプロモーション)がかつてないほどに大きく伸びている。
いくつかのセクターでは、(旧来型の)広告の需要がまだ残っていることは確かだ。統計によれば、インターネット関連産業は広告にかける費用を大きく増やしている。なぜなら、150以上のアプリ開発企業が、製品を宣伝するのに広告に頼っているからだ。
伝説的な広告マンの一人であるデビッド・オグルビーがかつてこんなことを言っていた。「消費者が購入の是非を判断する基準は広告の中身である。それがどんな見た目の広告かは関係ない」。やはり今でも中身がいちばん大事なのだろうか。しかし、この"(インターネットで)つながりすぎている"時代にあっては、(中身よりも)とにかく「注意をひくこと」が最優先になるようにも思える。
【参考記事】行動経済学はマーケティングの「万能酸」になる
オンライン広告を見る時間は3秒だけ
平均的な中国人の消費者は、スマホやタブレット、PCなどの複数のデバイスをとっかえひっかえしており、とくにスマホに関しては、その使用がプライベートな時間の実に56%に上る。この数字は1日のうちテレビを見る時間の2倍である。これは、マーケットリサーチ会社、ミルウォード・ブラウンの2015年の調査で明らかになったデータだ。
また、同じくミルウォード・ブラウンが行ったアイトラッキングテスト(視線がどのように動くかを調べるテスト)では、普通の消費者がディスプレイ上のオンライン広告に視線を走らせるのはたったの3秒間であることもわかっている。これだけの時間でクリエイティブな広告の"中身"を消費者の心に焼きつけるのは、難しいと言わざるを得ない。
デジタル技術の急成長に関する熱狂は伝染しやすい。それはマーケターをも刺激する。彼らはマーケティングの新しいアイデアを駆使しようとするかもしれないが、最適なコンテンツと明確なターゲットが設定されていなければ失敗することが多い。ミルウォード・ブラウンの調査研究が、その証拠を示している。1年間でもっとも高額だったテレビCM――Youxinという中古車販売プラットフォーム企業が60秒のスポットに500万米ドルを注ぎ込んだ――の失敗だ。10人もの有名人を起用し、20回も繰り返し放映されたにもかかわらず、消費者を購買に結びつけることはできなかった。
このCMのどこに問題があったのだろうか。どうしても買わなくてはいけないと思わせるものを訴えきれなかったのか。消費者に働きかける方法がかえってイラつかせるものだったのか。ただ単にCMに共感できなかったのか。そうした受け手の失望を避けるために、心に留めておくべき基本をお教えしよう。以下を参考にすれば、効果的で無駄のない広告を創造できるはずだ。
中国全土で共感を得るための3要素
中国は複雑な国だ。私たちのもつ広告データベースによる分析では、全国的に成功する広告は二つに一つしかない。また、中国では、多種多様な広告の手法を使わざるを得ない。国内に存在する文化の多様性や、経済発展の段階の違い、広告主のステータス(大企業か中小か、よく知られたブランドか否かなど)、広告の表現に慣れているかどうかなどを勘案して広告を制作する必要があるからだ。
たとえば中国東部の消費者は、よりクリエイティブで洗練され、加えて前向きな気持ちを喚起するような雰囲気の広告を好む。広告に心情的な温かみ(家族の絆やナショナリズム、楽天的な考えなど)があれば、北部の人々の受けが良いだろう。一方、南部には実用主義的なカルチャーが行き渡っている。したがって、当然ながらシンプルで真っ直ぐなメッセージがその地域の消費者には合っている。下層階級の人々が多く住む都市では、エンターテインメントではなくプレーンな情報を与えること、「なぜこの商品を買わなければならないのか」を強く打ち出すことなどが重要になる。
これらの事情に合わせて多種多様な広告を制作するために、十分な予算とスケジュールが与えられることは稀だ。しかし予算と時間の範囲内で実施する方法はある。私たちの研究によれば、「家族の価値」「楽観的な明るさ」「子どもに関係するもの」を普遍的に表現できれば、中国全土で共感を得られる可能性が高い。これらのテーマを踏まえることが、全国に行き渡らせる広告を制作する上での前提条件になるだろう。その上で、いかに地域ごとに異なる「ものの見方」を反映させ、受け手の得になるものを打ち出し、彼らが見たことがない斬新な表現ができるかが勝負になる。
【参考記事】中国企業のイノベーション志向を探る
「CMは30秒」はもう当たり前じゃない
中国の視聴者は、テレビCMとネット上の動画を別物と捉えているようだ。求めるものが違うし、反応も異なる。彼らにとってテレビは退屈しのぎに刺激を得るために見るもの。それに対し、ネット上の動画ははっきりとした目的があって視聴することが多い。つまり、特定の情報を得ようと積極的にアクセスしているのだ。それゆえ、ネット上の動画で広告を流す際には、自らのイマジネーションにフィットしないものを辛抱強く見続ける視聴者などほとんどいないことを、肝に銘じる必要があるだろう。
つまり、テレビとネットの広告は、それぞれ異なる手法でアプローチするべきということだ。ただ、成功したテレビCMの手法をネット広告に応用することは研究してみる余地がある。たとえば、CMの1コマ1コマの大半にブランド名を映し出し、さらに時々アップにすることでブランドを目立たせる、といった手法だ。ネット広告用の3秒程度のウィンドウでは、一つのことだけを訴える単純なメッセージがもっとも効果的だ。また、モバイルの広告では、ユーモラスな要素を加えることでアクセスを増やせることがわかっている。
あらゆる層にブランドのメッセージを届けるために、マーケターたちは異なる長さの広告を実験するようになってきている。テレビCMといえば「30秒」が当たり前だったが、今やそのフォーマットに固執するクリエイターは減少しつつある。いろいろな時間を試す上で気をつけるべきなのは、広告の目的やブランドの方向性に見あったフォーマットを使用することだ。
「30秒」のCMは、新製品や新しいキャンペーンを告知するのに適している。複数の要素を入れ込んだ、ある程度複雑なメッセージを届けられるからだ。翻って「15秒」はどうだろう。この場合は、基本的なアイデアのみしか伝えられないので、既知のことのリマインダーとして機能しやすい。さらに、数分にわたるような長時間の広告動画であれば、当然ながら込み入ったメッセージを伝えることができる。この場合、ブランドの既存のファンに報い、楽しんでもらうためのものという位置づけが適当だ。
[執筆者]
マニーシュ・チョードリー Maneesh Choudhary
世界有数の広告代理店WPP傘下のマーケットリサーチ会社ミルウォード・ブラウンのグループディレクター兼地域リーダー
ジェニー・マー Jenny Ma
ミルウォード・ブラウン社のアカウントディレクター
© 情報工場
※当記事は「Dialogue Q2 2016」からの転載記事です
情報工場
2005年創業。厳選した書籍のハイライトを3000字にまとめて配信する書籍ダイジェストサービス「SERENDIP(セレンディップ)」を提供。国内の書籍だけではなく、エグゼクティブ向け教育機関で世界一と評されるDuke Corporate Educationが発行するビジネス誌『Dialogue Review』や、まだ日本で出版されていない欧米・アジアなどの海外で話題の書籍もいち早く日本語のダイジェストにして配信。上場企業の経営層・管理職を中心に約6万人のビジネスパーソンが利用中。 http://www.joho-kojo.com/top
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