<先週末のクーデター未遂で、インジルリク空軍基地が舞台になったのを目の当たりにした専門家は皆、不安に駆られただろう。そこには、アメリカの核爆弾が何十発も備蓄されているからだ。直ちに撤去して、ヨーロッパのどこかに持って行くべきだ> (写真は、ISIS空爆の拠点でもあるトルコのインジルリク空軍基地)
トルコで先週末に起きたクーデター未遂事件。その最も象徴的な光景といえば、爆音と共に首都アンカラを超低空飛行したF-16戦闘機をとらえた動画だろう。クーデターに参加した一部のトルコ軍兵士が操縦し、最後は国会議事堂に爆弾を投下したとされる。レジェップ・ タイップ・エルドアン大統領の飛行機を撃ち落とす計画だった、という噂もある。
重要なのは、彼らがF-16を飛ばし続けられたことだ。インジルリク空軍基地から飛び立った空中給油機から給油を受けたのでなければ不可能なことだ。
トルコ当局は、インジルリク上空の空域を封鎖し、基地への電源供給も絶った。翌日には、政府に忠実な治安部隊がインジルリクでトルコ軍の司令官を逮捕した。
空域封鎖で緊張
今から思えば、トルコ政府がインジルリク上空の空域を封鎖した理由は理解できる。だが空域が封鎖された瞬間は、関係者の誰もが不安に襲われた。インジルリクには、アメリカの核爆弾B61が何十発も備蓄されている。自国の国会議事堂の爆撃を命令じたかもしれない人物が指揮下にあった空軍基地にアメリカの核兵器を置いておくのは、どう考えても得策ではない。
【参考記事】アメリカがギュレン師をトルコに引き渡せない5つの理由
インジルリクの核兵器は、戦闘機用格納庫内の保管庫にある。そして格納庫は、厳重ないわば「防護柵」の奥にある。アメリカとNATO加盟国は最近、核兵器の安全性向上のために1億6000万ドルを投じた。それが最も顕著に見て取れるのが、インジルリクに新たに設けられた防護柵で、衛星画像でも確認できる。アメリカの核兵器を手に入れて使用するのは簡単ではない。
だが、もしクーデターが成功して軍事勢力がトルコを占拠し支配する事態になっていたら、はるかに危険な事態になっていただろう。空軍基地は要塞ではない。大使館と同じで、受け入れ国の政府による包囲攻撃には耐えられない。「行動許可伝達システム(Permissive Action Link; PAL)」などのデバイスでロックをかければ、盗まれた核兵器が容易に使用されないようにすることはできる。しかし、いつかは暗号が解除されてしまわないとも限らない。
【参考記事】トルコ・クーデター未遂とエジプト政情不安の類似点
核兵器が紛失したり、盗まれたりした場合に、それをただの「重くて巨大な鉄の塊」に変えてしまうセキュリティー機能を開発する話は昔からあるが、いつまでたっても話し合いの域を出ていないようだ。
インジルリクに保管されているアメリカの核兵器を保護する予防措置は理にかなっているとはいえ、それはトルコが安定していて、アメリカと友好関係にあるという一連の前提があるからこそだ。インジルリク基地の司令官が基地から連行される光景が不安をかき立てるのは、その図がまさにその前提を揺るがしているからだ。
トルコの治安情勢はしばらく前から悪化しつつある。アメリカの国防総省は今年、テロの脅威を理由に、インジルリクから軍人と民間人の家族を避難させた。その後4月には、地元の極右団体に所属する2人が、基地内で米軍兵士に頭から大きな袋をかぶせようとした。現場は、核兵器の保管場所から約1キロの場所だ。
そして今回、エルドアン政権は、アメリカがクーデターに関与した可能性をほのめかした。アメリカに亡命中で、トルコ国内に多くの支持者を持つイスラム教の指導者フェトフッラー・ギュレンが、クーデターの首謀者と見ているからだ。
【参考記事】トルコは「クーデター幻想」から脱却できるか
不安定なトルコの情勢を見れば、そもそもなぜアメリカの核兵器がトルコに置かれているのか疑問に思うかもしれない。しかも、トルコには核爆弾を搭載する航空機がない。アメリカの核兵器を保有している他のNATO加盟国は、通常兵器と核兵器の両方を搭載可能な航空機(Dual-Capable Aircraft、略してDCA)を保持しており、有事の際には使用できるようになっている。だが、トルコにはそうした航空機が存在しない。つまり、インジルリク空軍基地の位置づけは、単なる小さな保管スペースに過ぎない。
別のNATO国に移管せよ
トルコより安定して、運用面からも効率的な備蓄場所もあるはずだ。直ちにトルコから核兵器を撤去するのを思いとどまる理由は何もない。実際にアメリカは2001年、核兵器の管理が万全でないことが明るみに出たギリシャから核兵器を引き揚げ、アメリカに持ち帰った。
専門家の中には、ロシアとの関係悪化が深刻化するなかで、今はNATOの同盟国に配備するアメリカの核兵器を削減する時ではない、という主張もある。それなら、トルコ以外のNATO加盟国に再配備すればよい話だ。すでにアメリカは、核兵器を備蓄する多数の格納施設を欧州諸国に建設している。
では欧州の再配備先はどの国か。最初にリストから消えるのはベルギーとオランダだ。両国の基地の安全対策は最低レベルで、セキュリティー侵害が繰り返されている。
対照的に、インジルリクとイタリアのアビアノ空軍基地は、米空軍が運営し、基地内に備蓄している核兵器の安全確保も米軍が担っている。双方ともアメリカを含むNATO諸国が費用を負担し、最近になって新たな防護柵を導入した。そうしたことからアビアノ空軍基地がインジルリクにある核兵器を引き取れる可能性はあるが、格納施設がわずかしかないのが難点だ。
残るのは、米軍が運営する空軍基地があるイギリス(レイクンヒース)とドイツ(ラムシュテイン)だ。欠点がないわけではないが、両基地とも現在核兵器を配備しておらず、安全面も問題ない。トルコに核兵器を保管するよりは健全な選択に見える。
イラン牽制の役割も
クーデターの最中、エルドアンはドイツへの亡命を求めたが拒否された、という報道もあった。エルドアンはだめでも、核爆弾ならアンゲラ・メルケル首相が引き受けてくれるかもしれない。
もちろん、インジルリクがアメリカの核兵器保管場所になったのにも理由がある。アメリカ政府高官の中には、たとえ核兵器が搭載できる航空機がなくても、イランの隣国であるトルコに核兵器があれば、イランによる核の使用を思いとどまらせることができるという考えがあった。
トルコにある核兵器をドイツやイギリスに再配備しようとすれば、中東の友好国が反対する可能性もあるだろう。だが、先週末のクーデター未遂事件以降は、核兵器をトルコに置いたままにすることのほうが恐ろしい選択に思える。
From Foreign Policy Magazine
ジェフリー・ルイス(核不拡散問題専門家)
トルコで先週末に起きたクーデター未遂事件。その最も象徴的な光景といえば、爆音と共に首都アンカラを超低空飛行したF-16戦闘機をとらえた動画だろう。クーデターに参加した一部のトルコ軍兵士が操縦し、最後は国会議事堂に爆弾を投下したとされる。レジェップ・ タイップ・エルドアン大統領の飛行機を撃ち落とす計画だった、という噂もある。
重要なのは、彼らがF-16を飛ばし続けられたことだ。インジルリク空軍基地から飛び立った空中給油機から給油を受けたのでなければ不可能なことだ。
トルコ当局は、インジルリク上空の空域を封鎖し、基地への電源供給も絶った。翌日には、政府に忠実な治安部隊がインジルリクでトルコ軍の司令官を逮捕した。
空域封鎖で緊張
今から思えば、トルコ政府がインジルリク上空の空域を封鎖した理由は理解できる。だが空域が封鎖された瞬間は、関係者の誰もが不安に襲われた。インジルリクには、アメリカの核爆弾B61が何十発も備蓄されている。自国の国会議事堂の爆撃を命令じたかもしれない人物が指揮下にあった空軍基地にアメリカの核兵器を置いておくのは、どう考えても得策ではない。
【参考記事】アメリカがギュレン師をトルコに引き渡せない5つの理由
インジルリクの核兵器は、戦闘機用格納庫内の保管庫にある。そして格納庫は、厳重ないわば「防護柵」の奥にある。アメリカとNATO加盟国は最近、核兵器の安全性向上のために1億6000万ドルを投じた。それが最も顕著に見て取れるのが、インジルリクに新たに設けられた防護柵で、衛星画像でも確認できる。アメリカの核兵器を手に入れて使用するのは簡単ではない。
だが、もしクーデターが成功して軍事勢力がトルコを占拠し支配する事態になっていたら、はるかに危険な事態になっていただろう。空軍基地は要塞ではない。大使館と同じで、受け入れ国の政府による包囲攻撃には耐えられない。「行動許可伝達システム(Permissive Action Link; PAL)」などのデバイスでロックをかければ、盗まれた核兵器が容易に使用されないようにすることはできる。しかし、いつかは暗号が解除されてしまわないとも限らない。
【参考記事】トルコ・クーデター未遂とエジプト政情不安の類似点
核兵器が紛失したり、盗まれたりした場合に、それをただの「重くて巨大な鉄の塊」に変えてしまうセキュリティー機能を開発する話は昔からあるが、いつまでたっても話し合いの域を出ていないようだ。
インジルリクに保管されているアメリカの核兵器を保護する予防措置は理にかなっているとはいえ、それはトルコが安定していて、アメリカと友好関係にあるという一連の前提があるからこそだ。インジルリク基地の司令官が基地から連行される光景が不安をかき立てるのは、その図がまさにその前提を揺るがしているからだ。
トルコの治安情勢はしばらく前から悪化しつつある。アメリカの国防総省は今年、テロの脅威を理由に、インジルリクから軍人と民間人の家族を避難させた。その後4月には、地元の極右団体に所属する2人が、基地内で米軍兵士に頭から大きな袋をかぶせようとした。現場は、核兵器の保管場所から約1キロの場所だ。
そして今回、エルドアン政権は、アメリカがクーデターに関与した可能性をほのめかした。アメリカに亡命中で、トルコ国内に多くの支持者を持つイスラム教の指導者フェトフッラー・ギュレンが、クーデターの首謀者と見ているからだ。
【参考記事】トルコは「クーデター幻想」から脱却できるか
不安定なトルコの情勢を見れば、そもそもなぜアメリカの核兵器がトルコに置かれているのか疑問に思うかもしれない。しかも、トルコには核爆弾を搭載する航空機がない。アメリカの核兵器を保有している他のNATO加盟国は、通常兵器と核兵器の両方を搭載可能な航空機(Dual-Capable Aircraft、略してDCA)を保持しており、有事の際には使用できるようになっている。だが、トルコにはそうした航空機が存在しない。つまり、インジルリク空軍基地の位置づけは、単なる小さな保管スペースに過ぎない。
別のNATO国に移管せよ
トルコより安定して、運用面からも効率的な備蓄場所もあるはずだ。直ちにトルコから核兵器を撤去するのを思いとどまる理由は何もない。実際にアメリカは2001年、核兵器の管理が万全でないことが明るみに出たギリシャから核兵器を引き揚げ、アメリカに持ち帰った。
専門家の中には、ロシアとの関係悪化が深刻化するなかで、今はNATOの同盟国に配備するアメリカの核兵器を削減する時ではない、という主張もある。それなら、トルコ以外のNATO加盟国に再配備すればよい話だ。すでにアメリカは、核兵器を備蓄する多数の格納施設を欧州諸国に建設している。
では欧州の再配備先はどの国か。最初にリストから消えるのはベルギーとオランダだ。両国の基地の安全対策は最低レベルで、セキュリティー侵害が繰り返されている。
対照的に、インジルリクとイタリアのアビアノ空軍基地は、米空軍が運営し、基地内に備蓄している核兵器の安全確保も米軍が担っている。双方ともアメリカを含むNATO諸国が費用を負担し、最近になって新たな防護柵を導入した。そうしたことからアビアノ空軍基地がインジルリクにある核兵器を引き取れる可能性はあるが、格納施設がわずかしかないのが難点だ。
残るのは、米軍が運営する空軍基地があるイギリス(レイクンヒース)とドイツ(ラムシュテイン)だ。欠点がないわけではないが、両基地とも現在核兵器を配備しておらず、安全面も問題ない。トルコに核兵器を保管するよりは健全な選択に見える。
イラン牽制の役割も
クーデターの最中、エルドアンはドイツへの亡命を求めたが拒否された、という報道もあった。エルドアンはだめでも、核爆弾ならアンゲラ・メルケル首相が引き受けてくれるかもしれない。
もちろん、インジルリクがアメリカの核兵器保管場所になったのにも理由がある。アメリカ政府高官の中には、たとえ核兵器が搭載できる航空機がなくても、イランの隣国であるトルコに核兵器があれば、イランによる核の使用を思いとどまらせることができるという考えがあった。
トルコにある核兵器をドイツやイギリスに再配備しようとすれば、中東の友好国が反対する可能性もあるだろう。だが、先週末のクーデター未遂事件以降は、核兵器をトルコに置いたままにすることのほうが恐ろしい選択に思える。
From Foreign Policy Magazine
ジェフリー・ルイス(核不拡散問題専門家)