<開催中の共和党大会でトランプは大統領選の代表候補として正式に指名された。しかし今回の党大会は、共和党の歴代大統領や代表候補、党指導部らが軒並み出席を拒否する異常事態。さらにトランプ夫人のスピーチ「盗用疑惑」まで飛び出した>(写真は大会初日に登場したトランプ〔左〕とメラニア夫人〔左〕)
今週18日からオハイオ州クリーブランドで始まった共和党大会は、前代未聞の事態に陥っている。
通常の共和党大会なら、歴代の大統領と指名候補、党指導部、最終的に指名候補の支持を表明した予備選のライバルが出席し、候補を讃える演説を行って盛り上げる。
ところが、今年の党大会では、2人のブッシュ大統領(41代と43代どちらも)、2008年の指名候補ジョン・マケイン、2012年の指名候補ミット・ロムニー、といった重鎮が次々と欠席を表明した。予備選でライバルだったジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事、リンゼー・グラム上院議員、オハイオ州知事ジョン・ケイシックらは出席を拒否しただけでなく、トランプの支持も拒んでいる。
共和党大会の開催地であるオハイオ州の知事は、会場警備などの裏の仕事も引き受けなければならない。その大役を務める州知事のケイシックが大会そのものに欠席するのだから、異常事態と言えるだろう。
【参考記事】トランプはなぜ宗教保守派のペンスを選んだのか
最近、ベテラン政治コンサルタントのポール・マナフォートを選対本部長として登用したトランプは、自分の直感だけを信じて動いた予備選から伝統的な大統領選への切り替えを、少なくとも考慮していると見られる。自己流を押し通してきたトランプと、エスタブリッシュメントを代表するようなマナフォートがどのような党大会を作るのかが注目されていた。
その党大会は初日から大荒れとなった。
トランプが代議員の過半数を獲得したアイオワ、ワシントン、ミネソタ、コロラド、メイン、ユタ、バージニア、ワイオミング、ワシントンDCの9つの州が、声で可決する方法ではなく、代議員が自分の良心に従って投票(点呼)できる特殊なルールを使う嘆願書を出したのだ。だが採決の際に、ルール委員会の共同委員長がその嘆願を無視したため、会場に「call the roll(点呼せよ)!」という抗議のチャントが広まった。この抗議も結局は却下され、再び反発の声が湧き上がった。コロラド州の代議員団は多くのメンバーが抗議のために会場を退去した。
反トランプのグループは、トランプ指名を阻止することはできなかったが、「共和党はトランプ支持で団結していない」というイメージを全米に伝えることには成功した。
そんな揉め事があった初日のハイライトは、メラニア・トランプ(トランプの3番目で現在の夫人)のスピーチだった。メラニアはスロベニア出身の 元モデルであり政治家ではない。大衆の前での演説は初めてで、しかも英語は母語ではない。それなのに、プロでも緊張する大舞台を落ち着いた態度でこなしたメラニアへの評価は当初高かった。
ところが、それから数時間もたたないうちに「メラニアのスピーチは盗作だ」という情報がツイッターに流れた。2008年の民主党大会で聴衆を感動させたミシェル・オバマのスピーチをコピーペースト(切り張り)したとしか思えない、酷似した部分があったのだ。この事実は、翌日の明け方には大手メディアでも報道された。
<ミシェル・オバマのスピーチ>
And Barack and I were raised with so many of the same values: like, you work hard for what you want in life; that your word is your bond; that you do what you say you're going to do; that you treat people with dignity and respect, even if you don't know them and even if you don't agree with them.
And Barack and I set out to build lives guided by these values and to pass them on to the next generation, because we want our children -- and all children in this nation -- to know that the only limit to the height of your achievements is the reach of your dreams and your willingness to work hard for them.
<メラニア・トランプのスピーチ>
From a young age, my parents impressed on me the values that you work hard for what you want in life. That your word is your bond and you do what you say and keep your promise. That you treat people with respect. They thought and showed me values and morals in their daily life. That is a lesson that I continue to pass along to our son, and we need to pass those lessons on to the many generations to follow.
Because we want our children in this nation to know that the only limit to your achievements is the strength of your dreams and your willingness to work for them.
政治評論家たちが驚いたのは、この盗用があまりにも初歩的なことだ。党大会の演説、特に候補と候補の夫人の演説は細かいところまで分析されことが最初からわかっている。よりにもよって、現大統領夫人の8年前の民主党大会のスピーチから拝借とは杜撰すぎる。
いったいこのスピーチを書いたのは誰なのか?
【参考記事】ようやくヒラリーを受け入れ始めたサンダース支持者
アメリカの政治の世界では、オバマ大統領ほどの人物でもプロのスピーチライターチームを使う。責任感がある政治家は、演説で伝えたいテーマとポイントをライターに指導し、出来上がった文章をチェックして納得できるまで直させる。
メラニアは、スピーチの前にNBCの取材で「援助は最小限で、自分自身で書いた」と答えていたが、盗用疑惑の後でトランプ陣営は、「メラニアのスピーチライターチームが、彼女から人生のインスピレーションを聞いて記録し、(スピーチ)のところどころに、彼女自身の考え方を反映するものを含んだ」と声明を出した。つまり、書いたのはメラニアではなく、スピーチライターだと言うのだ。
どちらにしても、事実と照らし合わせて編集するのがチームの役割だ。
もちろん、悪意はなく、うっかり引用を使うミスを犯すことはあるかもしれない。メモを沢山取っているうちに、自分が書いた文と引用を混同してしまうようなケースだ。けれども、それをチェックするのがプロのスピーチライターと編集の仕事だ。アメリカの学校では「盗用」は深刻な違反であり、大学教授は学生の論文に盗用がないかどうかを調べるソフトウエアを使っている。トランプ陣営もその程度の努力はできたはずだ。
「スピーチライターがうっかりミスをした」とすぐに謝罪したら大きなニュースにはならなかったかもしれない。だがマナフォートは、次のようにメラニア本人のミスを示唆しただけでなく、ヒラリーを糾弾した。
「ミシェル・オバマのスピーチからの不正複製などはない。(メラニアが)家族を大事にするとかいったことは、よく使われる表現と価値観だ」、「(メラニアは)昨夜は3500万人もの前で話さなければならないと、ちゃんと知っていた。それなのに、ミシェル・オバマの言葉を盗んだりするだろうか?(そんなことを疑うほうが)クレイジーだ」、「別の女性がヒラリー・クリントンの立場を脅かすと、(ヒラリーは)面目をつぶしてこき下ろそうとする。これもその一例だ」
【参考記事】トランプ陣営はスタッフも資金も足りない
ミシェル・オバマから文章を拝借したのがメラニアなのか、スピーチライターだったのかは定かではない。だがどちらにしても、プロではないメラニアのスピーチを最終チェックしなかったのは、スピーチライターであり、そのスピーチライターを手配したマナフォートに大きな責任がある。
メラニアは、夫のトランプが気に入らなかったマイク・ペンスを副大統領候補に選んだ件でもマナフォートに不信感を抱いている、と言われている。副大統領候補の発表のときに姿をあらわさなかったのは、トランプを説得した継子のイヴァンカやエリックへの反発だと噂されているが、そもそもペンスが最終候補になったのはマナフォートの影響だ。誰の意見にも耳をかさないトランプがとりわけ重視しているのは娘のイヴァンカと妻のメラニアの意見だと言われる。
そのイヴァンカとメラニアの間で勢力争いが強まるとしたら、「お家騒動」は共和党だけではとどまらない。トランプ陣営を崩壊させるのは、他の誰でもなく、トランプの最も身近にいる家族かもしれない。
<ニューストピックス:【2016米大統領選】最新現地リポート>
≪筆者・渡辺由佳里氏の連載コラム「ベストセラーからアメリカを読む」≫
渡辺由佳里(エッセイスト)
今週18日からオハイオ州クリーブランドで始まった共和党大会は、前代未聞の事態に陥っている。
通常の共和党大会なら、歴代の大統領と指名候補、党指導部、最終的に指名候補の支持を表明した予備選のライバルが出席し、候補を讃える演説を行って盛り上げる。
ところが、今年の党大会では、2人のブッシュ大統領(41代と43代どちらも)、2008年の指名候補ジョン・マケイン、2012年の指名候補ミット・ロムニー、といった重鎮が次々と欠席を表明した。予備選でライバルだったジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事、リンゼー・グラム上院議員、オハイオ州知事ジョン・ケイシックらは出席を拒否しただけでなく、トランプの支持も拒んでいる。
共和党大会の開催地であるオハイオ州の知事は、会場警備などの裏の仕事も引き受けなければならない。その大役を務める州知事のケイシックが大会そのものに欠席するのだから、異常事態と言えるだろう。
【参考記事】トランプはなぜ宗教保守派のペンスを選んだのか
最近、ベテラン政治コンサルタントのポール・マナフォートを選対本部長として登用したトランプは、自分の直感だけを信じて動いた予備選から伝統的な大統領選への切り替えを、少なくとも考慮していると見られる。自己流を押し通してきたトランプと、エスタブリッシュメントを代表するようなマナフォートがどのような党大会を作るのかが注目されていた。
その党大会は初日から大荒れとなった。
トランプが代議員の過半数を獲得したアイオワ、ワシントン、ミネソタ、コロラド、メイン、ユタ、バージニア、ワイオミング、ワシントンDCの9つの州が、声で可決する方法ではなく、代議員が自分の良心に従って投票(点呼)できる特殊なルールを使う嘆願書を出したのだ。だが採決の際に、ルール委員会の共同委員長がその嘆願を無視したため、会場に「call the roll(点呼せよ)!」という抗議のチャントが広まった。この抗議も結局は却下され、再び反発の声が湧き上がった。コロラド州の代議員団は多くのメンバーが抗議のために会場を退去した。
反トランプのグループは、トランプ指名を阻止することはできなかったが、「共和党はトランプ支持で団結していない」というイメージを全米に伝えることには成功した。
そんな揉め事があった初日のハイライトは、メラニア・トランプ(トランプの3番目で現在の夫人)のスピーチだった。メラニアはスロベニア出身の 元モデルであり政治家ではない。大衆の前での演説は初めてで、しかも英語は母語ではない。それなのに、プロでも緊張する大舞台を落ち着いた態度でこなしたメラニアへの評価は当初高かった。
ところが、それから数時間もたたないうちに「メラニアのスピーチは盗作だ」という情報がツイッターに流れた。2008年の民主党大会で聴衆を感動させたミシェル・オバマのスピーチをコピーペースト(切り張り)したとしか思えない、酷似した部分があったのだ。この事実は、翌日の明け方には大手メディアでも報道された。
<ミシェル・オバマのスピーチ>
And Barack and I were raised with so many of the same values: like, you work hard for what you want in life; that your word is your bond; that you do what you say you're going to do; that you treat people with dignity and respect, even if you don't know them and even if you don't agree with them.
And Barack and I set out to build lives guided by these values and to pass them on to the next generation, because we want our children -- and all children in this nation -- to know that the only limit to the height of your achievements is the reach of your dreams and your willingness to work hard for them.
<メラニア・トランプのスピーチ>
From a young age, my parents impressed on me the values that you work hard for what you want in life. That your word is your bond and you do what you say and keep your promise. That you treat people with respect. They thought and showed me values and morals in their daily life. That is a lesson that I continue to pass along to our son, and we need to pass those lessons on to the many generations to follow.
Because we want our children in this nation to know that the only limit to your achievements is the strength of your dreams and your willingness to work for them.
政治評論家たちが驚いたのは、この盗用があまりにも初歩的なことだ。党大会の演説、特に候補と候補の夫人の演説は細かいところまで分析されことが最初からわかっている。よりにもよって、現大統領夫人の8年前の民主党大会のスピーチから拝借とは杜撰すぎる。
いったいこのスピーチを書いたのは誰なのか?
【参考記事】ようやくヒラリーを受け入れ始めたサンダース支持者
アメリカの政治の世界では、オバマ大統領ほどの人物でもプロのスピーチライターチームを使う。責任感がある政治家は、演説で伝えたいテーマとポイントをライターに指導し、出来上がった文章をチェックして納得できるまで直させる。
メラニアは、スピーチの前にNBCの取材で「援助は最小限で、自分自身で書いた」と答えていたが、盗用疑惑の後でトランプ陣営は、「メラニアのスピーチライターチームが、彼女から人生のインスピレーションを聞いて記録し、(スピーチ)のところどころに、彼女自身の考え方を反映するものを含んだ」と声明を出した。つまり、書いたのはメラニアではなく、スピーチライターだと言うのだ。
どちらにしても、事実と照らし合わせて編集するのがチームの役割だ。
もちろん、悪意はなく、うっかり引用を使うミスを犯すことはあるかもしれない。メモを沢山取っているうちに、自分が書いた文と引用を混同してしまうようなケースだ。けれども、それをチェックするのがプロのスピーチライターと編集の仕事だ。アメリカの学校では「盗用」は深刻な違反であり、大学教授は学生の論文に盗用がないかどうかを調べるソフトウエアを使っている。トランプ陣営もその程度の努力はできたはずだ。
「スピーチライターがうっかりミスをした」とすぐに謝罪したら大きなニュースにはならなかったかもしれない。だがマナフォートは、次のようにメラニア本人のミスを示唆しただけでなく、ヒラリーを糾弾した。
「ミシェル・オバマのスピーチからの不正複製などはない。(メラニアが)家族を大事にするとかいったことは、よく使われる表現と価値観だ」、「(メラニアは)昨夜は3500万人もの前で話さなければならないと、ちゃんと知っていた。それなのに、ミシェル・オバマの言葉を盗んだりするだろうか?(そんなことを疑うほうが)クレイジーだ」、「別の女性がヒラリー・クリントンの立場を脅かすと、(ヒラリーは)面目をつぶしてこき下ろそうとする。これもその一例だ」
【参考記事】トランプ陣営はスタッフも資金も足りない
ミシェル・オバマから文章を拝借したのがメラニアなのか、スピーチライターだったのかは定かではない。だがどちらにしても、プロではないメラニアのスピーチを最終チェックしなかったのは、スピーチライターであり、そのスピーチライターを手配したマナフォートに大きな責任がある。
メラニアは、夫のトランプが気に入らなかったマイク・ペンスを副大統領候補に選んだ件でもマナフォートに不信感を抱いている、と言われている。副大統領候補の発表のときに姿をあらわさなかったのは、トランプを説得した継子のイヴァンカやエリックへの反発だと噂されているが、そもそもペンスが最終候補になったのはマナフォートの影響だ。誰の意見にも耳をかさないトランプがとりわけ重視しているのは娘のイヴァンカと妻のメラニアの意見だと言われる。
そのイヴァンカとメラニアの間で勢力争いが強まるとしたら、「お家騒動」は共和党だけではとどまらない。トランプ陣営を崩壊させるのは、他の誰でもなく、トランプの最も身近にいる家族かもしれない。
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≪筆者・渡辺由佳里氏の連載コラム「ベストセラーからアメリカを読む」≫
渡辺由佳里(エッセイスト)