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ポケモンGOは大丈夫? 歩きスマホをやめたくなる5つの裁判例

ニューズウィーク日本版 2016年7月21日 15時42分

<「死体を発見した」「立ち入り禁止区域に入り込んだ」など、各国で社会問題を引き起こしているポケモンGOだが、これはまさに日本で以前から問題視されてきた「歩きスマホ」の危険性と隣り合わせのゲームではないか。歩きスマホ状態で他人にケガを負わせれば、賠償金を支払わなければならなくなる。それでもあなたはポケモンGOをプレイしますか?>

 携帯電話やスマートフォンを操作しながら路上を歩行する、いわゆる「歩きスマホ」「ながらスマホ」が社会問題になっている。前方をほとんど見ない状態で歩くので、何かにつまずいたり、駅のホームから落ちたり、他の歩行者とぶつかったりする危険性があるからだ。

 歩きスマホ状態の歩行者が、他人にぶつかってケガを負わせれば、それは実質的に「歩道上の交通事故」として認識すべきだと考えられる。

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 たしかに自動車の交通事故と違い、警察に報告する義務まではない。だが、歩きスマホは、脇見運転ならぬ「脇見歩行」に相当し、特に人混みの中では危なっかしい。

 歩行者同士の衝突だからといって、あなどってはならない。もし、歩きスマホをしていた者とぶつかった相手との体格差や体力差が大きく、転び方も悪ければ、重傷や死亡といった深刻な結果にもつながりかねない。

 東京消防庁によると、東京都内で2010年から2014年までの5年間に、スマホなどを操作しながらの歩行や自転車走行が原因で負傷したとして、152人が救急搬送されているという。そのうち、治療のために入院する必要がある重傷者が30人。もし、全国的に統計を取れば、その数倍の人数にのぼると考えていいだろう。

 事故原因としては、全体の43%が「ぶつかる」だった。自分だけがケガをする「自損事故」で済むなら、まだマシである。他の歩行者にケガを負わせる加害者となれば、大変な事態になりうる。

歩行者同士の衝突事故で相次ぐ賠償判決

 現に、歩行者同士の衝突事故で、加害者から被害者へ、治療費や慰謝料などの支払いを命じる判決が出ている。

●裁判例その1
 都内の駅構内(改札の外)で、立ち話を終えて、荷物であるキャリーバッグを引いて歩き出そうとした瞬間、その車輪が他の歩行者の足を轢いてしまった。被害者は11回の通院治療が必要となるほどの負傷をしたが、事故後もほぼ普段通りに仕事をできた状況。

→ 約4万5000円の賠償命令〔東京簡易裁判所 2003年4月15日判決〕
(※現場は当時、それほど混雑しておらず、その状況でキャリーバッグの存在に気づかなかった被害者にも過失があったとして、20%の減額)

●裁判例その2
 都内の駅構内、たくさんの利用者同士がすれ違う通路上で、会社員が引いていたオレンジ色(目立つ色)のキャリーバッグに、通路の向こう側から歩いてきたお爺さんがつまずいて転倒。骨折などの負傷で救急搬送され、4日間の入院をした。

→ 約103万円の賠償命令〔東京地方裁判所 2015年4月24日判決〕
(※現場は当時、かなり混雑していたが、駅の構内で大きな荷物を引いて歩いていることは予測でき、被害者が88歳の高齢だったとしても、十分に気をつけなかった過失があったとして、25%の減額)



 いずれも、人混みの中で歩行者が引いていたキャリーバッグに他の歩行者がつまずいて負傷した――キャリーバッグを引く際も周囲にご注意ください――という事例だが、歩きスマホで衝突負傷事故が起きた場合の参考になりうる。むしろ、歩きスマホには重大な過失があるとして、賠償額が上乗せされてもおかしくない。

 ちなみに、次のような事例もある。

●裁判例その3
 路上で目当ての店を探していた女性が、人通りの多い交差点で立ち止まって振り返った瞬間に、91歳のお婆さんと接触して転倒させてしまい、お婆さんは大腿骨を折るなどの重傷を負った。

→ 約780万円の賠償命令〔東京地方裁判所 2006年6月15日判決〕
(※道路を歩く者は、自分の身体的能力に合わせ、進路や速度を考えて、他の歩行者と衝突しないように注意する義務がある。ただし、お婆さんにも注意義務への違反があったとして、30%の減額)

→ 賠償の必要なし〔地裁の判決を破棄:東京高等裁判所 2006年10月18日判決〕
(※歩いて店を探し、振り返ったときに他人と衝突しケガを負わせたからといって、それだけで責任を認めることは困難である)

 一審では、高額の賠償を命じられたものの、二審で逆転したという裁判例である。担当した裁判官ごとの、ほんのわずかな認定の差によって、結果が大きく変わった。これがもし、歩きスマホの状況(地図アプリを使いながら店の場所を探すなど)だったなら、女性側の敗訴で確定した可能性もあるだろう。

「チャリ漕ぎスマホ」事故は、高額賠償コースへ

 自転車の運転中に、携帯電話やスマホを操作することは、歩きスマホよりも遥かに危険であるし、そもそも自転車の片手運転は、法律で定められた安全運転義務などに違反する(道路交通法70条、71条6号ほか)。万が一にも衝突事故を起こしてしまったならば、裁判で大変な結果が待っている。

 次の2件は、いずれも暗がりでライトすら付けていなかった事例である。はなから交通ルールを守る気がなかった人々に違いない。

●裁判例その4
 高校生が携帯電話を操作しながら、しかも夜間に無灯火で自転車を漕いでいたところ、歩道を歩いていた50代女性にぶつかった。事故後の女性は歩行困難の後遺症を負い、専門職(看護師)の仕事も辞めるしかなくなった。

→ 約5000万円の賠償命令〔横浜地方裁判所 2005年11月25日判決〕

●裁判例その5
 自転車に乗りながら携帯電話を操作し、夜間に無灯火で下り坂を走行していたところ、歩行者と衝突、転倒させてケガを負わせた。

→ 約570万円の賠償命令〔横浜地方裁判所2010年4月14日判決〕



 なお、自転車で交通事故を起こした場合には、警察に報告する義務がある。また、負傷者がいれば救護する義務があり、救護せずに立ち去れば「ひき逃げ」に該当するのも、自動車やバイクと同様である(道路交通法72条1項)。

 まもなく、「ポケモンGO」という大人気スマホゲームが日本にも上陸する見込みである。ゲーム世界と現実を重ね合わせた内容で、実際に街を移動しなければプレイできない。夢中になったプレイヤーが、つい「歩きスマホ」をしてしまう危険性と隣り合わせのゲームといえる。

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 前方をろくに見ず、予期せぬ動きで外を歩き回る、危なっかしいプレイヤーが続々と増えるのではないかと心配されている。まして、自転車やクルマを運転しながらプレイするのは、もってのほかだ。

 楽しいゲームに没頭しすぎた結果、現実がゲームオーバーに......なんてことにならないよう、常に周囲の状況を確認しながら遊んでいただきたいと、切に願うものである。

 歩行中や自転車運転中の事故は、個人賠償責任保険をもって、あるいは仕事中や通勤中の事故であれば会社の労災保険をもって、金銭面はまかなえる場合がある。これらの保険は、加害者自身に重大な過失があっても補償するのが基本だ。被害者から損害賠償を請求されたとして、たとえ事故当時に「歩きスマホ」や「チャリ漕ぎスマホ」をやっていたとしても、補償の対象にはなるのだろう。
(※個人賠償責任保険は、自身や家族の自動車保険やクレジットカード、自宅の火災保険などに、付帯や特約として付いている場合がある)

 とはいえ、本来、どんなに軽傷だろうと、他人を負傷させることはお金の支払いなどではとうてい済まない問題だ。まして、死亡や後遺症など、取り返しの付かない深刻な結果を引き起こした場合は、一生をかけて背負い、償う覚悟が求められる。

 日常と、非日常は、紙一重。スマホを使うときは立ち止まり、歩き出すときはポケットへ。くれぐれも気をつけて、街を移動しましょう。

[筆者]
長嶺超輝(ながみね・まさき)
ライター。法律や裁判などについてわかりやすく書くことを得意とする。1975年、長崎生まれ。3歳から熊本で育つ。九州大学法学部卒業後、弁護士を目指すも、司法試験に7年連続で不合格を喫した。2007年に刊行し、30万部超のベストセラーとなった『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)の他、著書11冊。最新刊に『東京ガールズ選挙(エレクション)――こじらせ系女子高生が生徒会長を目指したら』(ユーキャン・自由国民社)。ブログ「Theみねラル!」


長嶺超輝(ライター)

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