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豪雨で160人死亡、相次ぐ水害に中国人は怒って...いない?

ニューズウィーク日本版 2016年7月26日 6時17分

<大規模な水害が相次いでいる中国。無計画な都市開発や不十分な豪雨対策により被害が拡大しており、民衆の政府に対する怒りは暴発寸前だ――というのは本当だろうか。確かに被害は大きいが、お決まりの報道では見えてこない市民たちの本音を聞き出してみた> (写真:湖北省にて。7月23日)

 今年の夏は、中国各地で大規模な水害が記録されている。まず被害が集中したのは長江中流域だ。5月末から7月中旬にかけて豪雨が相次ぎ、「街が海に変わる」かのような大規模な冠水が起きた。特に湖北省武漢市では一部で2メートルもの冠水を記録。1998年の大水害から約20年ぶりとなる「100年に一度の豪雨」の脅威があらわとなった。

 中国のネットには、「50年に一度、100年に一度の天災が数年おきにやってくるのは勘弁」「三峡ダム(2009年完成)は1000年に一度の水害に耐えるという触れ込みだったでしょ!?」と政府を揶揄する書き込みがあふれた。

 7月中旬になると、今度は中国東北部、西北部一帯に豪雨が降り注いだ。中国民政部の発表によると、24日午後5時時点で161人が死亡、123人が不明、10万5000棟の家屋が倒壊している。街中が冠水し交通がストップ、都市機能が麻痺した場所も少なくない。

 中国では近年、突発的な豪雨により街が冠水する"都市水害"が多発している。2012年の北京市では豪雨により25人が溺死する惨事となった。無計画な都市開発により排水能力が整備されず、ひとたび豪雨が起きると低地にはあっという間に水が集まる。大都市・北京の真っただ中にいながら車の中で溺死するという信じられないような事件が起きたのだ。中国政府は排水網や貯水池の整備を進めてきたが、今回の豪雨で対策が不十分だったことが明らかになった。

【参考記事】深セン土砂崩れ遠因、党と政府側の責任者は?――浮かび上がった不正の正体

河北省にて(7月24日) China Daily/via REUTERS

 なかでも人々の怒りをかき立てたのが河北省邢台市の堤防決壊だ。20日未明、決壊地点に近い大賢村が水に飲み込まれ、24日時点で34人の死亡、13人の不明が確認されている。現地住民は上流のダムが放水したことが決壊の原因で、しかも下流の村には放水の連絡がなかったと激怒。抗議の住民グループが警察と対峙する一幕もあった。また、地元政府関係者が当初「死者はゼロ」とコメントしたことも事故隠し疑惑に火を点けた。世論の批判が高まるなか、邢台市市長は放水の事実こそ否定したものの力不足を謝罪。関係官僚4人が停職処分を受ける事態へと発展した。

――と、こんな感じで書けば中国の災害情報を伝えるニュース記事としては合格点ではないだろうか。「まず被害の状況。しめに政府の対策不足や事故隠しに"人災だ"と民衆が激怒」とまとめるのがひとつのテンプレートになっているからだ。もちろんこれは海外メディアのテンプレートで、中国官制メディア版では「まず被害の状況。そして偉い人が対策を指示、軍や警察が奮闘」というテンプレートになる。

 このように、自然災害が起きるたびに天災か人災かが取りざたされるわけだが、本稿では"中道"にあたる、普通の中国人の声を紹介してみたい。

湖北省にて(7月6日) China Daily/via REUTERS



普通の人々は何に怒っているのか

 話を聞いたのは冠水被害にあった天津市の住民だ。20日に大雨が降った天津では目抜き通りの濱江道がくるぶしまでつかるほどの冠水を記録。被害が深刻な地域では、深さ50センチと太ももほどまで水位が上がったという。

「政府の責任ですか?」との質問に「本当にひどい!」と怒りの声をあげたのがLさん。「こんな大雨になるっていう天気予報もなかったし、バスや地下鉄の運休がさっぱり告知されなかったのでバス停で立ち往生した」のが許せなかったのだとか。都市排水網の整備が遅れているなど政府の対策が不十分だったのではと話を振ると、「まあ中国は途上国だし、あれだけの豪雨が降ったら仕方ないでしょ」とあっけらかんとした答え。

天津市にて(7月20日) REUTERS

 もう一人、天津市の中心部に住むMさんの話を聞いた。「うちは平気だった! 冠水はあったけど、せいぜい数センチ。他の地域だと床上浸水したところも多かったから。英国人様様ですよ」。彼女が住む地域は「五大道」と呼ばれる元英国租界。150年前にイギリスが築いた排水網は今も健在だという。「五大道が1センチでも冠水したら、他の場所では大災害になってるんですよ。英国人は偉大ですね」と笑った。

 筆者がヒアリングした人がたまたまのんきな性格だったのでは、と思われるかもしれないが、怒りの声を拾おうと中国で道行く人にインタビューしても意外と肩すかしに終わることが多い。

【参考記事】計測不能の「赤色」大気汚染、本当に政府が悪いのか

 中国のSNSを見ても、「街が水没したのでボートでお出かけしてみた」「せっかくなので街中で泳いでみた」「道路で魚が釣れました」といった、のんきなネタ画像が多数アップされている。風刺というよりも、「こんな面白い自撮りができました」という承認欲求の産物であることが多いようだ。

7月4日、街中で魚を捕まえる南京市の住民(「21CN」の報道より)

 報道では直接大きな被害を受けた人、あるいは日頃から政府批判を繰り返している人々の声が大きく紹介されているわけだが、それ以外の人々は普段からあまり高望みをしていないだけに、さほど政府に対して怒っていないという印象だ。

 もっとも、これは中国政府にとって喜ばしい話ではない。「民衆から頼られる政府」というイメージこそが独裁政権の「支配の正統性」となっているからだ。そこで登場するのがプロパガンダだ。習近平総書記は「第一線で活躍した英雄模範、先進典型を広く宣伝し、組織・個人を表彰し、ポジティブ・エネルギーを広めよ」と訓示している。

 かくして「濁流に飛び込み土嚢を積み上げる武装警察五壮士」「危険を顧みず現地を取材した記者」「動けない老人を背負って運ぶ消防隊員」など、ポジティブ・エネルギー(中国語で「正能量」。習近平政権になって登場した言葉で、報道やネットからネガティブ・エネルギーを一掃することを目指している)あふれるプロパガンダが流されまくっている。

 一般民衆が求めているのは都市排水網の整備はもちろんのこと、「早めに正確な天気予報を出す」「バスが止まったらちゃんと告知する」といった普通なことなのだが。

[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。


高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

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