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社会を分断し国を不安定化させるベネズエラの食料配給制度「CLAP」

ニューズウィーク日本版 2016年7月25日 20時32分

<ベネズエラでは慢性的な食料品不足対策として、小売店を介さず直接市民に食料を届けるという配給制度が始まった。しかしさっそく「CLAP(Local Committees of Supply and Production)」という配給員たちの不正疑惑がもちあがっている。>


食料不足が深刻化するベネズエラでCLAPによる食料品配布が始まりはや2ヶ月弱。すでに問題は至るところで散見されます。当初から政府支持者でなければCLAPから食料を得られないという噂がありましたが、政府高官が「CLAPは野党支持者のためにあるのではない」と発言している上に、実際に配達される食料が少なかったり、予定通りに配達されない場合もあり、貧しい人々の怒りや絶望感は高まるばかりです。不満をもつ国民の抗議運動は、毎日のように全国で起きています。

今回は、この誰の得にもならない制度CLAPの根本的な問題について紹介します。

"お腹が空いてるなら「手を叩こう」
If you're hungry and you know it CLAP your hands
2016年6月16日 Francisco Toro

【参考記事】「セルフ・ダンピング」で苦境に陥るベネズエラの食料輸入事情

 政府派は本当にCLAPが機能すると考えているのだろうか? 政府与党が食料を家に配達することが、しばらくの間国民を食べさせていく方法として、本気で妥当だと考えているのだろうか?
これが社会の対立を収拾する方法だと、本心で考えているのだろうか?
CLAP、ベネズエラに最近できたこの残念なアクロニム*をもつ高リスク低IQの社会改革の試みについて考えるとき、こうした問いが頭の中をぐるぐる巡りつづける。

訳注* CLAPは英語で「(手などを)叩く、拍手する」という意味のほかに「淋病」の俗語的な意味もある。

 CLAPとは、価格統制された食料品の小売システム崩壊を受け、人々に店に食べ物を買いに行かせるのではなく、家庭に食べ物を届けるために与党が組織した地区委員会である。要するに社会主義向けのUberといった感じか。

 心配なのは、政府のこのやり方では、事実上の社会の安定のすべてがこの「性病みたいな」政策にかかっていることだ。
マクロ経済の大混乱という背景をもたず、賢明でよく管理された公共機関主導で、準備期間が十分にあるようなベストの状況においてですら、「食料の入手手段」ほどに基本的な制度を抜本的に改革すれば、物流や管理の大問題となるはずだ。私のように経営の経験がまともにない者の目にも、食料品の買い物を廃止する(CLAPがカラカス中心街の一帯でやろうとしているのはまさにこういうことだ)という無謀な計画が大惨事をもたらすことは、はっきりと予想がつく。

 CLAPがこれほどまでに危険なのは、間違えられる余地が一切ないという点にある。チャベスがブエノスアイレスまで続く鉄道の建設やカリブ海に一連の新たな人口島を建設するといった壮大な計画について話していたとき、チャベスの妄想のために空腹に苦しまなければならない人などいなかった。だが、今回の無駄な事業が失敗すれば、ベネズエラは、人々の空腹を満たすための基本的なインフラすら失ってしまうことになる。



 この重大な難題を引き受ける運営組織が、プロイセン並みの能率を誇るはずがないのは言うまでもない。現政府におけるキューバ支持の強硬派がCLAPの組織に浸透しており、彼らの明らかにパルチザン的なバイアスのために、現場ではある種のジンバブエ的戦略を取り入れやすい状況ができている。つまり、社会統制の武器として、堂々と、あからさまに飢えが利用されるようになるということだ。

 ただし、ジンバブエでの差別はより地理的環境に基づいたもので、故意に飢えにさらされていたのは与党に反する地域全体だった。ベネズエラで起きているのはこれとは異なる。入手可能な食料の量からして全員に食料を供給することは計算上不可能なため、政治的信条によって地域内の特定の家庭が選択的に飢えにさらされる。

 選択的に一部の近隣住民を飢えさせ、同じ地区内の他の住民に食料を供給するようなことをして、いったいどのように社会の対立を制限しようというのか? この制度により、人々が表に出て抗議するようになることは明々白々ではないのか? 住民の半が絶望し、瀬戸際に立たされて、失うものは何もないような状況で、どうすれば地域が安定すると思うのか?

 私には、この政府のロジックが本当に理解できない。政府派が国民のニーズを全くわかっていないというのは、長年見て慣れているので理解できる。だが、この政策が自分たちの利益にならないということを政府自身がこれほど破壊的なまでに理解できていないという点は、本当に理解に苦しむ。このような政策を続ければ、現在目にしている社会の対立はひたすら悪化するばかりだ。大規模な社会の対立を招けば、現政府がこのまま統治を継続することは明らかに難しくなる。政府は自分たちにとって不利になることをしているのだ。

 何年も前のことだが、ベロベロに酔っ払った親戚の一人がかなり俗っぽくて月並みな格言を教えてくれたのを思い出す。彼はウィスキー臭い息を吐きかけながらこう言った。"Loco es el que come mierda." ── 狂気とは奇行を行うことではない。狂気とは自分の利益に反する行いをすることだ。
この考えに基づけば、「あの人たちは本当に頭がおかしい」ということになるだろう。

※当記事は野田 香奈子氏のブログ「ベネズエラで起きていること」の記事を転載したものです。

野田 香奈子

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