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トランプ、NATO東欧の防衛義務を軽視

ニューズウィーク日本版 2016年7月26日 17時28分

 先日まで米共和党の党大会が開かれていたオハイオ州クリーブランドの屋内競技場「クイッケンローンズアリーナ」の外には、音楽が流れ、ビールやクリーブランドスタイルのピエロギを売るスタンドが並ぶ広場がある。ピエロギは、もともとはポーランドやウクライナで食される、タマネギとキルバサ(ソーセージ)を詰めた美味しいダンプリングだ。

 オハイオ州でピエロギが売られているのは、東ヨーロッパ系アメリカ人が多く暮らしているからだ。オハイオ州パーマにはウクライナ系住民が多いウクレイニアンビレッジという地区があり、選挙に出ているオハイオ州の政治家なら必ず足を運ぶべき場所となっている。

目の前の有権者が見えないのか

 オハイオ州に住むポーランド系アメリカ人は約43万3016人、チェコ系は49万1325人、スロバキア系は15万7125人、ウクライナ系は4万7228人、リトアニア系は2万3970人。

 ドナルド・トランプは、『ニューヨーク・タイムズ』紙のインタビューにおいて、これらの国々に対してロシアが攻撃を仕掛けた場合、NATO憲章の定めるところにより、防衛に駆けつけるかと問われた。この質問は、トランプが共和党の政策綱領を変更し、NATO加盟国であるウクライナへの防衛兵器の提供を止めると提案したから行われた。この動きは、大統領選の勝敗のカギを握る激戦区オハイオ州で暮らす約120万人の有権者に警鐘を鳴らすものだった。

【参考記事】ウクライナ危機で問われるNATOの意味

 それだけでもまずいが、事態はオハイオ州だけにとどまらない。今年11月にトランプが大統領選挙で勝利を収める上で不可欠なほかの重要州にも、東ヨーロッパ系アメリカ人は多数住んでいる。たとえば、ペンシルベニア州にはポーランド系が約82万4146人、スロバキア系が24万3009人、チェコ系が24万405人、ウクライナ系が12万2291人、リトアニア系7万8330人いる。合計で150万人を超えるこれらの有権者たちは、トランプのNATOに関する発言に納得しないかもしれない。

【参考記事】トランプの「暴言」は、正式候補になってますますエスカレート
【参考記事】東欧でのNATO軍事演習にプーチンは?

 ミシガン州も勝敗のカギを握る州であり、トランプは勝てると見込んでいるが、ポーランド系が85万4844人、チェコ系が28万4272人の、ウクライナ系が4万6350人、リトアニア系が3万977人、スロバキア系が2万8049人住んでいる。これでさらに120万人だ。

 フロリダ州にはポーランド系が42万9691人、チェコ系が32万3210人、ウクライナ系が4万2754人、リトアニア系が3万8724人、スロバキア系が2万9714人住んでいる。さらに130万人ほどだ。



 また、ウィスコンシン州、インディアナ州、コロラド州、ノースカロライナ州、バージニア州なども、東ヨーロッパ系アメリカ人を数多く抱えている。

 こうした住民の多くは、まさにトランプが狙っている労働者階級の有権者たちだ。そして、トランプは知らないようだが、そうした有権者たちは皆、NATOに対して義務を果たしているのは東ヨーロッパの加盟国にほかならないことを知っている。東ヨーロッパの加盟国の多くは、ほかの同盟国と比べて国内総生産(GDP)に対する防衛費の割合が高い。また、アフガニスタンとイラクにおけるNATOとアメリカ主導の連合軍に対しても、自国の人口に不釣り合いなほど多数の部隊を派遣してきた。「これらの国々は役割を十分に果たしていない」というトランプの非難を耳にした彼らが気分を害するのはもっともな話なのだ。

 トランプはこれまでに、ヒスパニック系アメリカ人を敵に回してしまった。今度は、ポーランド系やチェコ系、ウクライナ系、リトアニア系、スロバキア系、そのほかの何百万人という東ヨーロッパ系アメリカ人を敵に回そうとしている。

 彼の発言は、外交政策で惨事を招くだけではない。内政においても大問題なのだ。

This article first appeared on the American Enterprise Institute.



マーク・ティーセン(米アメリカン・エンタープライズ研究所レジデント研究員)

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