Infoseek 楽天

大荒れの民主党大会で会場を鎮めたミシェルのスピーチ

ニューズウィーク日本版 2016年7月27日 15時30分

<民主党幹部がサンダースの妨害を図るメール等が流出したことで、大荒れの幕開けとなった民主党大会。そんな会場の雰囲気を鎮めたのは、オバマ夫人ミシェルの心を打つスピーチだった>

 週明け25日からフィラデルフィアで始まった民主党大会は、波乱の幕開けとなった。

 まず先週のメール流出事件の後、民主党全国委員の副委員長ドナ・ブラジルがサンダース陣営を訪問して陳謝し、24日のテレビ番組で「(民主党全国委員による不正の)疑惑、メール、無神経さ、愚かさに対応する必要がある」と語った。さらに、大会当日に民主党全国委員長のデビー・ワッサーマンシュルツが辞任し、ブラジルが暫定委員長に就任した(ブラジルはCNNやABCでコメンテーターをしていたので、その契約は一時的に停止した)。

 これによって党大会を運営するトップは、ドナ・ブラジル、マーシャ・ファッジ、リア・ドートリーという3人の黒人女性になった。ファッジは、オハイオ州ウォーレンズビルハイツで、黒人として、そして女性として初めての市長になった歴史的な政治家で、現在は下院黒人議員団の団長を務めている。この点だけでも、実は今回の大会は歴史的だ。

 初日のテーマは「United Together(一体になり結束する)」だった。

【参考記事】ヒラリー「肩入れ」メール流出、サンダース支持者はどう動く?

 上院議員の中で唯一サンダースの支持者だったジェフ・マークレイ、有名な女性コメディアンで熱烈なサンダース支持者のサラ・シルバーマン、改革派に人気があるエリザベス・ウォーレン上院議員、サンダースから民主党のプラットフォーム委員として任命されたキース・エリソン下院議員らのスピーチが続いた。そして、最も重要な「トリ」を務めたのが、大統領夫人のミシェルではなくサンダースだったことも、サンダースとその支持者への相当な配慮を感じさせた。

 民主党が、予備選で敗北したサンダースの政策の多く(最低賃金15ドル、警官による銃撃事件に関する刑事司法強化、マリファナの合法化、ウォール街改革、死刑廃止、炭素税)を政策プラットフォームに取り入れたのも注目される。

 しかし多くのサンダース支持者は、そう簡単に怒りを鎮めることはできなかった。

 会場が荒れることを予感させたのが、党大会開催前にサンダースが別の会場で支持者に行ったスピーチだった。ヒラリーの支援を呼びかけたとたん、会場にブーイングの嵐が起こり、サンダースがしばし言葉を失って会場を見渡す場面があった。

 予想通り、党大会は開始時点から荒れた。ワッサーマンシュルツ辞任で大会委員長となったファッジが開始の木槌を打つ儀式で壇上に立つと、サンダース支持の代議員から激しい野次やブーイングが起こり、言葉をかき消されたファッジが「この会場にいる人の多くが私のことを知らないことは承知している。私は公平であるようにするし、ここに集まった人の多様な意見を聴きたいと思っている。私もあなたがたに敬意を払うから、あなたがたも私に敬意を払っていただきたい」と、厳しくたしなめた。この騒ぎでファッジは木槌を打つのを忘れてステージを離れてしまい、後で別のスタッフが現れて打つ、というハプニングもあった。



 党大会には予備選で負けた候補を支援する代議員も集まるので、どの党大会でも会場には不満を抱える党員がいる。だがこれほど無礼な振る舞いは近年なかっただろう。(マーティン・ルーサー・キング・ジュニアやロバート・ケネディが暗殺された)1960年代の激動の時代以来ではないかと、政治評論家が語る程だ。

 サンダース支持のマークレイやシルバーマンまで野次で妨害された。そんな大荒れの雰囲気を収めたのが、ミシェル・オバマだった。彼女がヒラリー支援を宣言したときに、サンダース支持者からは、ブーイングや「バーニー! バーニー!」というチャントが起こったが、「8年前に(予備選に敗れたヒラリーが)指名を得ることができなかったとき、彼女は怒ったり、幻滅したりはしなかった」と、スピーチで間接的にたしなめた。

 アメリカのポジティブな面に焦点を絞ったミシェルのスピーチは、怒りや憎しみをかきたてるトランプとは対称的で、特に次の部分は聴衆全体の心を掴んだ。「私は、奴隷が建てた家(ホワイトハウス)で、毎朝目覚めます。そして、私の娘たち、賢くて美しい2人の若い黒人女性がホワイトハウスの芝生で犬と戯れるのを眺めます。ヒラリー・クリントンのおかげで、私たち全員の息子や娘たちは、女性が大統領になるのを当たり前だと思えるようになるのです」

 ミシェルに続くウォーレンとサンダースのスピーチでも野次やブーイングは起こったが、ミシェルのスピーチを境に雰囲気は次第に落ち着いていった。

【参考記事】トランプ、NATO東欧の防衛義務を軽視

 党大会初日を終えた時点で、以前から取材を続けているサンダース支持者の感想を聴くと、彼らが二つに分かれ始めているのを感じる。

 一つは、「バーニー(サンダース)が何を言おうが、ヒラリーには絶対に投票しない。ヒラリーも民主党も腐っている」という、「Bernie Or Bust(バーニーでなければ破壊)」のグループだ。

 もう一つは、「トランプが勝ったら、彼が最高裁判事を任命することになる。その場合には、長年かけてリベラルが勝ち取ってきた、中絶の権利、同性婚の権利、人種や宗教による差別の禁止、などが奪われてしまう。ヒラリー当選を応援するしかない」と、危機感を覚えるグループだ。

 サラ・シルバーマンは、会場でブーイングをしているサンダース支持者に向かって「ちょっと言わせてもらえる? Bernie or Bustの人たち、あんたたち、馬鹿げているわよ」と、話しかけていたが、私が取材したサンダース支持者の一人も「彼らの行動は、バーニーがせっかく始めた改革を妨害する逆効果しかない」と苛立ちを露わにしている。

 だが前回2008年の選挙でヒラリーを応援した民主党員の1人は、「落胆しているサンダース支持者の気持ちはわかる」と言う。「選挙では、感情の投資が大きい。すべてをつぎ込んだ後ですっかり失うのは辛いものだ。特に、これが初めての人は、傷も深い。立ち直るのには時間がかかるだろうね」と。



 興味深いのは、民主党大会がサンダース支持者の強い要望に応えて採用した「roll-call vote(州ごとに票数を読み上げる投票方法)」の予想外の効果だ。それぞれの州が、お国自慢をした後に、2人の候補者を褒める言葉を添え、票数を読み上げていく。時間がかかるが、これを繰り返すうちに、ブーイングより拍手と笑顔が会場に広まっていった。

 そして、バーモント州の発表の後に、サンダースがマイクを持って立ち上がり、公式にヒラリーを候補に指名することを発表した。これにより、大会は大歓声の中で採決に移行し、会場が「AYE」と合唱でヒラリー指名を承認し、揉めることなく採決の儀式は終わった。

 一部のサンダース支持者は抗議のために会場を立ち去ったが、会場にはお祭りムードが広まり、ブーイングは消えていった。参加者は、それぞれが自分の意見を表明することの重要さを示したのであり、民主党の「癒やし」と「団結」の可能性をわずかながらも感じさせた。

<ニューストピックス:【2016米大統領選】最新現地リポート>

≪筆者・渡辺由佳里氏の連載コラム「ベストセラーからアメリカを読む」≫

渡辺由佳里(エッセイスト)

この記事の関連ニュース