<クーデター未遂の後、トルコのエルドアン政権は軍部や司法関係者、公務員、報道機関など大規模な粛清に着手した。政権は独裁化して今や民主主義よりプーチン政権下のロシアに近い。アメリカはNATOの同盟関係を見直さなければ、いざというときトルコを防衛するはめになる>
トルコのレジェップ・タイップ・エルドアン大統領は今月17日、軍事クーデターを一夜にして制圧した。エルドアンの呼び掛けに応じた多くの支持者が武装した反乱兵士に立ち向かってくれたおかげでもある。だがこの反乱派に対するこの勝利は、民主主義や法の支配の強化にはつながらなかった。むしろかねてから懸念されていたとおり、エルドアン政権はイスラム主義的な独裁化を急加速させている。
【参考記事】あの時、トルコ人はなぜ強権体質のエルドアンを守ったのか
クーデターが発生した時、アメリカのバラク・オバマ大統領は即座にエルドアン政権への支持を表明した。トルコはNATO(北大西洋条約機構)加盟国で、対ISIS掃討作戦の前線を担う重要なパートナーだ。シリア難民のコントロールをトルコに頼るヨーロッパ諸国もほとんどがアメリカに追随した。
クーデターが鎮圧された時、これらNATO諸国の指導者は、一様に安堵したことだろう。同盟国が軍事独裁国家となる厄介な事態は回避できたからだ。
だが安堵は長くは続かなかった。エルドアン政権は、数百人の上級将校をはじめ軍部の大粛清を始めただけでなく、これまで長らく政権への権力集中を妨げてきた他の組織の粛清にも着手した。
【参考記事】トルコは「クーデター幻想」から脱却できるか
その筆頭が司法組織や教育機関だ。罷免もしくは逮捕された判事は3000人近く、解雇された教員は2万1000人に及ぶ。この組織的な粛清の規模とスピードを見れば、これはエルドアンが長年温めてきた粛清案で、クーデターは口実に過ぎないことがわかる。アメリカは今、NATO加盟国の1つが実質的な独裁制に転じたという問題に直面している。
過去にも見て見ぬふりをした
トルコへの不満は、ここ数年高まってはいたが、それでもこの数十年は概ね良好だった。何しろ、1974年にトルコがキプロスに軍事介入して北部地域を違法に占拠したときも、アメリカ政府は黙認したくらいだ。
その後トルコ政府は、傀儡の北キプロス・トルコ共和国を樹立し、トルコ本土から数万人規模の植民を行ったが、アメリカ政府は形式的に抗議しただけだった。キプロス問題に無関心なアメリカ政府が、ロシアのクリミア併合に対して激怒して見せたところで、単なる偽善にしか見えない。
最近になってエルドアンは、トルコの民主制度を根本から弱体化させるだけでなく、第1次大戦後に現代トルコの基礎を築いたアタチュルク初代大統領が確立した世俗的な政治体制も切り崩し、トルコをイスラム主義者の国家にしようとしている。
【参考記事】アメリカがギュレン師をトルコに引き渡せない5つの理由
ここ2~3年で、報道機関の弾圧や政敵への妨害行為は着実に悪化していた。クーデターが起こる以前から、強権化の傾向は危険なレベルに達していたのだ。今日のトルコは、欧米の民主国家よりプーチン政権下のロシアに近い。
国家の安全保障が本当に重大な危機に直面した場合、価値観の相容れない相手とも同盟を組まざるを得ないこともある。第2次大戦中、イギリスとアメリカはナチスドイツのヒトラーに対抗するために、スターリン体制下で飢えと粛清が続くソ連と手を組んだ。しかしこのような倫理上の妥協は例外中の例外だ。
トルコを守るのはいやだ
エルドアンがぬけぬけと独裁体制を築こうとする中で、アメリカがトルコと緊密な関係を維持する最大の理由は、(9.11後の対テロ戦争から今日の対ISIS掃討作戦まで)中東地域への軍事介入をトルコが支援してくれたからだ。だが軍事介入の失敗が明らかで、トルコも同盟に値しないとわかった以上、アメリカ政府はトルコとの関係を見直さなければならない。
NATO条約第5条のトルコに対する適用も、直ちに破棄すべきだ。第5条は集団防衛条項で、NATO加盟国が攻撃された場合、これをすべての加盟国への攻撃と見なして、アメリカも防衛にあたる義務があると規定している。
アメリカの安全保障にとって不可欠でもないのに米兵が命懸けで防衛するのは、それが自由な民主主義国であってもありがたくない。まして隠れ独裁国家を守るためにリスクを負うなど最悪だ。
アメリカがトルコに関して直面しているのはまさにそうした状況だ。ますます手に負えなくなっているエルドアンとは、もっと注意深い関係を築かなければならない。
This article first appeared on the Cato Institute site.
Ted Galen Carpenter is senior fellow for defense and foreign policy studies at the Cato Institute.
テッド・カーペンター(防衛問題専門家)
トルコのレジェップ・タイップ・エルドアン大統領は今月17日、軍事クーデターを一夜にして制圧した。エルドアンの呼び掛けに応じた多くの支持者が武装した反乱兵士に立ち向かってくれたおかげでもある。だがこの反乱派に対するこの勝利は、民主主義や法の支配の強化にはつながらなかった。むしろかねてから懸念されていたとおり、エルドアン政権はイスラム主義的な独裁化を急加速させている。
【参考記事】あの時、トルコ人はなぜ強権体質のエルドアンを守ったのか
クーデターが発生した時、アメリカのバラク・オバマ大統領は即座にエルドアン政権への支持を表明した。トルコはNATO(北大西洋条約機構)加盟国で、対ISIS掃討作戦の前線を担う重要なパートナーだ。シリア難民のコントロールをトルコに頼るヨーロッパ諸国もほとんどがアメリカに追随した。
クーデターが鎮圧された時、これらNATO諸国の指導者は、一様に安堵したことだろう。同盟国が軍事独裁国家となる厄介な事態は回避できたからだ。
だが安堵は長くは続かなかった。エルドアン政権は、数百人の上級将校をはじめ軍部の大粛清を始めただけでなく、これまで長らく政権への権力集中を妨げてきた他の組織の粛清にも着手した。
【参考記事】トルコは「クーデター幻想」から脱却できるか
その筆頭が司法組織や教育機関だ。罷免もしくは逮捕された判事は3000人近く、解雇された教員は2万1000人に及ぶ。この組織的な粛清の規模とスピードを見れば、これはエルドアンが長年温めてきた粛清案で、クーデターは口実に過ぎないことがわかる。アメリカは今、NATO加盟国の1つが実質的な独裁制に転じたという問題に直面している。
過去にも見て見ぬふりをした
トルコへの不満は、ここ数年高まってはいたが、それでもこの数十年は概ね良好だった。何しろ、1974年にトルコがキプロスに軍事介入して北部地域を違法に占拠したときも、アメリカ政府は黙認したくらいだ。
その後トルコ政府は、傀儡の北キプロス・トルコ共和国を樹立し、トルコ本土から数万人規模の植民を行ったが、アメリカ政府は形式的に抗議しただけだった。キプロス問題に無関心なアメリカ政府が、ロシアのクリミア併合に対して激怒して見せたところで、単なる偽善にしか見えない。
最近になってエルドアンは、トルコの民主制度を根本から弱体化させるだけでなく、第1次大戦後に現代トルコの基礎を築いたアタチュルク初代大統領が確立した世俗的な政治体制も切り崩し、トルコをイスラム主義者の国家にしようとしている。
【参考記事】アメリカがギュレン師をトルコに引き渡せない5つの理由
ここ2~3年で、報道機関の弾圧や政敵への妨害行為は着実に悪化していた。クーデターが起こる以前から、強権化の傾向は危険なレベルに達していたのだ。今日のトルコは、欧米の民主国家よりプーチン政権下のロシアに近い。
国家の安全保障が本当に重大な危機に直面した場合、価値観の相容れない相手とも同盟を組まざるを得ないこともある。第2次大戦中、イギリスとアメリカはナチスドイツのヒトラーに対抗するために、スターリン体制下で飢えと粛清が続くソ連と手を組んだ。しかしこのような倫理上の妥協は例外中の例外だ。
トルコを守るのはいやだ
エルドアンがぬけぬけと独裁体制を築こうとする中で、アメリカがトルコと緊密な関係を維持する最大の理由は、(9.11後の対テロ戦争から今日の対ISIS掃討作戦まで)中東地域への軍事介入をトルコが支援してくれたからだ。だが軍事介入の失敗が明らかで、トルコも同盟に値しないとわかった以上、アメリカ政府はトルコとの関係を見直さなければならない。
NATO条約第5条のトルコに対する適用も、直ちに破棄すべきだ。第5条は集団防衛条項で、NATO加盟国が攻撃された場合、これをすべての加盟国への攻撃と見なして、アメリカも防衛にあたる義務があると規定している。
アメリカの安全保障にとって不可欠でもないのに米兵が命懸けで防衛するのは、それが自由な民主主義国であってもありがたくない。まして隠れ独裁国家を守るためにリスクを負うなど最悪だ。
アメリカがトルコに関して直面しているのはまさにそうした状況だ。ますます手に負えなくなっているエルドアンとは、もっと注意深い関係を築かなければならない。
This article first appeared on the Cato Institute site.
Ted Galen Carpenter is senior fellow for defense and foreign policy studies at the Cato Institute.
テッド・カーペンター(防衛問題専門家)