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ハミルトンでようやく「ミレニアル世代」と繋がったヒラリー

ニューズウィーク日本版 2016年7月30日 11時0分

<ヒラリーの指名受諾演説で、30代以下のミレニアル世代の心を掴んだのは、意外にも米建国時代の政治家ハミルトンの言葉の引用だった。同名ミュージカルの人気にあやかって、ヒラリーは若年層への浸透を図れるのか>

 民主党大会を締めくくるヒラリーの指名受諾演説は、党派を超えたすべてのアメリカ国民に「共によりよいアメリカを作り上げていこう」と呼びかけるもので、CNNの世論調査では、71%が「非常に好意的」、15%が「ほぼ好意的」と答え、ポジティブな評価を受けている。

 このスピーチでヒラリーは、改革を掲げる運動を起こして多くの若者を政治に目覚めさせたサンダースを讃えただけでなく、彼の公約のひとつだった「公立大学の無償化」のために手を組んで働くことを約束した。

 しかし、サンダース支持者が圧倒的に多い「ミレニアル世代(30代中盤以下)」の心を動かしたのはここではなく、なんと建国時代の政治家アレクサンダー・ハミルトンに関してだった。

【参考記事】ヒラリー勝利のキーマンになるのは誰だ

 以前当サイトのコラムでご紹介したが、アメリカ建国時代に活躍したハミルトンの伝記を元にしたブロードウェイのミュージカル『ハミルトン』は想像を超えるブームとなった。製作、脚本、作詞作曲、主人公のハミルトン役のすべてをこなしたリン・マヌエル・ミランダの両親はプエルトリコの出身で、主要なキャストはラテン系やアフリカ系アメリカ人、音楽はジャズやラップ。その型破りなミュージカルは、チケットが高すぎて購入できなくなる程で、「ミレニアル世代」にもカルト的な人気を集めている。

 ヒラリーは、スピーチの終盤でミュージカルの『ハミルトン』から次のような引用をした。

「生きているうちに栄光を見とどけることはできないかもしれないが、この闘いに喜んで加わろうではないか。自分自身では決して見ることのできない庭園に種を植えることを、われわれのレガシーにしようではないか」

 そして、こう締めくくった。

「だからこそ、私たちは存在しているのです。この会場にだけでなく、地球上に。建国の祖(アメリカの建国に尽くした政治家)たちは、それを私たちに示してくれます。彼らと、その後に続く多くの人たちが。彼らは、国への愛と、次世代のためによりよいものを作り上げるという無私無欲の情熱で結ばれているのです。これがアメリカの物語です。新しい章を、今夜から一緒に始めようではありませんか。

 そうです。世界は私たちの行動を見ています。そうです。アメリカの運命は私たちが選ぶのです。ですから、一緒に手を繋ぐことで強くあろうではありませんか、アメリカ国民のみなさん。勇気と自信を持って未来を見ようではありませんか。愛する子どもたちのために、愛する国のために、より良い明日を一緒に築き上げていこうではありませんか。そうすれば、アメリカは、これまでに増して偉大な国になります」

 予想外だったのは、ツイッターなどのソーシャルメディアで、#Hamiltonと#ImWithHerがトレンドになったことだ。しかも、騒いでいるのは「ミレニアル世代」の若者たちだ。「ヒラリーが #Hamiltonから引用したぞ」という興奮したツイートだけでなく「よし決めた。ようやく説得されたぞ」といったものもあった。また、「ヒラリー:医療改革、教育、子ども、女性、貧困者、911同時テロ、オサマ・ビンラディン。 私たち:それがどうっての〜。ヒラリー:#Hamilton !私たち:#ImWithHer」といった自分たちの単純な心理を揶揄したものもあった。



 ともあれ、ヒラリーにわずかながらも「カッコいい(cool)」という印象を与えただけでも、このハミルトン効果は大きい。また、ヒラリーの理念が、自分たちの理想とそう違わないのだと知らせた点でも。



 以前からヒラリー支持だった若者たちは、予備選中はフェイスブックで友人たちがサンダースを支援してヒラリー叩きをする記事を載せるのを横目で観ながら、反論はあるものの、ぐっと我慢してきたと言う。そんな「隠れヒラリー支持者」の若者にとって、ヒラリーのハミルトン引用は「カムアウト」(通常はLGBTの人たちが使う用語で、これまで隠してきたことを周囲に打ち明けるという意味)しやすい雰囲気を作ってくれるので歓迎のようだ。

【参考記事】オールスター勢ぞろいの民主党大会、それでも亀裂は埋まらない

 ヒラリーとハミルトンのつながりはこれからも続きそうだ。

 ホーリークロス大学の政治学教授ドナルド・ブランドは、ハミルトンを引き合いに出して『共和党員が本当にヒラリーに投票するべき理由』というフォーチュン誌のオンライン記事を書いている。ハミルトンが属するフェデラリスト党とトーマス・ジェファソンのリパブリカン党は、現在の民主党と共和党のように対立する二大政党だった。州の自治権を信じるジェファソンの理念と政策は、大きな政府を信じるフェデラリスト党とは相容れないものだったが、ハミルトンはジェファソンの対立候補のアーロン・バーを「自分以外の何者も愛していない。自分の権力の拡大ばかり考えている」と大統領にはふさわしくない人物だと信じていた。そこで、フェデラリスト党の党員を説得してライバル党のジェファソンに票を投じさせたのだった(ハミルトンは、これによりバーを敵に回し、ついに決闘でバーに殺害された)。ブランドは、バーの人となりをトランプに例え、ハミルトンのような選択をするべきではないかと提案している。

 オバマ大統領がリンカーン大統領からインスピレーションを得たことはよく知られていて、彼の愛読書『リンカーン』はベストセラーになった。ヒラリーにとっては、ハミルトンがオバマのリンカーンに相当する守護神の役割を果たすことになるかもしれない。

<ニューストピックス:【2016米大統領選】最新現地リポート>

≪筆者・渡辺由佳里氏の連載コラム「ベストセラーからアメリカを読む」≫

渡辺由佳里(エッセイスト)

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