<ヨーロッパでは4人に1人、アメリカでも10人に1人が広告ブロッカーを使っている。重くて目障りな広告を作ってきたツケだという。どうすれば読者の信頼を回復できるのか>
(新聞通信調査会発行の「メディア展望」7月号に掲載された筆者原稿に補足しました)
広告ブロックについての報告書
ネット広告の表示を遮断するプログラム、通称「広告ブロック」が欧米を中心とした新聞界で昨年来大きくクローズアップされるようになっている。
紙からデジタルへとニュースの配信先を大きく移動させつつある新聞界にとって、ネット広告が遮断されれば死活問題になりうる。
調査会社「ページフェア」とソフトウェア企業Adobeによれば、広告ブロックによって失われた広告収入は昨年1年間で218億ドル(約2兆2321億円)に上る。
世界新聞・ニュース発行者協会(WAN-IFRA)が4月末にまとめた報告書「広告ブロッキングー出版社にとっての意味と戦略」から、内容の一部を紹介したい。(ここでの「出版社」とは情報コンテンツをウェブサイトに出す主体=パブリシャーを指し、新聞社を含むニュースメディアの意味である。)
広告ブロックの現状とは
「広告ブロッカー(ad blockers)」はブラウザーに組み込まれるプラグインで、ブラウザーが広告をサイト上に読み込む前に表示を遮断する働きをする。一定の条件の下で何を遮断するかを広告ブロッカー側が決定する。
デスクトップではドイツのEyeo(アイオー)社が開発した「AdBlock Plus」が最もよく使われている。5月時点で搭載数は1億という。これまでにも広告ブロッカーは使われてきたが、昨年から使用が急増した。そのほとんどが無料でダウンロードできる。
モバイルでは、アップル社がiOS9を昨年9月に導入した際に、ブラウザー「サファリ」で使えるようにした。アンドロイド型のスマートフォンではブラウザー「ファイヤーフォックス」を使う際にAdBlock Plusを利用するか、「Ghostery Privacy Browser」を使う。デフォルトで入ってくるブラウザー「クローム」では広告ブロッカーのプラグインは使えない。
広告ブロックは利用者の需要拡大につれて広がっており、出版社側がその利用自体を違法とする動きは成功していない。今年3月、南ドイツ新聞がアイオー社を相手取って訴訟を起こしたが、敗訴した。
現在、世界中で広告ブロックを使う人は2億万人を超えている。
ページフェアなどの調査によれば、欧州ではウェブ利用者の25%、米国では10%が利用中だ。日本は2%ほどと低い。欧州諸国の中ではドイツやフランスで比率が高い。
消費者が広告ブロックを使う理由は「広告が目障り」、「個人情報が広告テクノロジーによって無限に共有されることへの懸念」、「ページの搭載時間(画面にコンテンツが表示されるまでの時間)が遅くなる」だった。
広告ブロックの利用が広がれば、出版社にとってはデジタルの広告収入が減り、読者がフェイスブックやアップルなどの大手プラットフォーム上でニュースを読む傾向を加速させる可能性がある。フェイスブックはインスタント・アーティクルズを通じ、アップルはアップル・ニュースを通じて、それぞれのサービス内でニュースが直接読めるようにしてあるからだ。
囲い込み化を歓迎するフェイスブックやアップルとは異なり、オープンなウェブ空間での広告収入に依存するグーグルにとって、広告ブロックは脅威だ。AdBlock Plusを提供するアイオー社にお金を払い、自社が提供する広告の一部を「ホワイトリスト化」(広告を遮断されないようにすること)する手段を取っている。
広告主や「広告ネットワーク」(広告媒体のウェブサイトを多数集めて「広告配信ネットワーク」を形成し、その多数のサイト上で広告を配信する手法)にとっては望む対象者にリーチできなくなり、利用者からの情報を取得することもできなくなる。
広告ブロック自体を遮断するソフトウェアや誰が広告ブロッカーを使っているかを調査するソフトウェアも販売されているが、WAN-IFRAは合法性に疑問を呈している。
出版社の対処方法は
出版社にはいくつかの対処法がある。
例えば「広告表示や搭載時間を向上させる」、「広告ブロックを利用する場合、閲読を有料で行ってもらうようにする」、「まだ広告ブロックがそれほど浸透していないモバイルでの閲読を勧める」など。記事と同じ体裁で制作・表示される広告、いわゆる「ネイティブ広告」も選択肢の1つだ。
ノルウェーのヴェルデンス・ガング紙はウェブサイトの読者の中で、同紙のサイトをホワイトリスト化していない2万5000人に調査を試みた。48%が搭載時間が早まればホワイトリスト化を考慮する、47%が動く広告が無くなれば考慮する、28%がポップアップ広告が無くなれば考慮すると答えた。同紙は今後も、読者との対話を進めながらサイトの利用環境を向上させる予定だ。
ドイツのビルト紙は昨年10月から、広告ブロックをする読者にはコンテンツを読ませないようにする仕組みを導入した。読者には広告ブロッカーの利用を停止してもらう、あるいはビルトのサイトをホワイトリスト化してもらう、あるいは毎月2・99ユーロ(約342円)を払って広告をやや少なくしたサイトを閲読してもらうようにした。導入後一か月で、それまでは広告ブロックの利用率が23%であったのが、一ケタ台に減少した。
米経済誌フォーブズは昨年12月、広告ブロッカーを使う一部の読者にコンテンツの閲読を遮断した。閲読したい場合にはブロッカーを解除する代わりに広告が少ない形のサイトを読めるようにした。この実験によって、12月末から1月上旬までにサイトにアクセスした210万人の利用者がブロッカーを解除したという。結果として、1500万の広告インプレッションが生じ、収入を得ることができた。
出版社側にしてみれば読者が無料で記事を閲読できるのは広告があってこそだ。このため、広告ブロッカーを使う読者に記事を読ませないようにするのは出版社側にとっては「妥当な行為」となるかもしれないが、「危険も伴う」と報告書は警告する。トラフィックを減少させる上に、「読者の一部を失うことにもつながる」からだ。
広告ブロッカーは広告サーバーから出る広告を遮断するが、その広告が通常の記事を処理する編集管理システムの中からサイトに出るようであれば、遮断されないーこれがネイティブ広告が広告ブロッカーの対象にならないとする考え方だが、報告書は「広告ブロッカーは進化する」ため、必ずしも万全ではない可能性があるという。
ネイティブ広告のコンサルタント、メラニー・ディーゼル氏は「搭載に時間がかかり、視界を邪魔するような広告を作ってきたことへのツケが今、回ってきた」という。質の高いデジタル広告(記事と同等の質がある広告=ネイティブ広告)を作ることで、「読者の信頼を取り戻すしかない」。
ディーゼル氏が手掛けたのが、オンデマンド動画サービスを提供する米Netflixによる、女性受刑者を主人公とした「オレンジ・イズ・ニューブラック」にかかわるキャンペーンだ。
媒体ごとに異なる戦略を使った。例えばテック雑誌「ワイアード」に動画ストリーミングの未来についての記事を出し、ニュースサイト、バズフィードには「刑務所がそれほど悪いところではない21の理由」と題する記事を掲載。
ニューヨーク・タイムズの「オレンジ・イズ・ニューブラック」の記事(ウェブサイトより)
シリアスな新聞ニューヨーク・タイムズの場合は、刑務所の女性の処遇についての記事を出した。実際に記者が刑務所を訪れて、受刑者をインタビューした。その模様を動画としてウェブサイトに掲載したところ、大好評となった。
報告書は結論として3つの戦略を挙げている。
(1)広告利用環境を向上させる(広告の量を減らす、個人化する、ネイティブ広告を使う)
(2)選択肢を用意する(ブロッカーを解除した人には広告を少なくしたサイトを用意)
(3)モバイルに焦点を合わせる(まだブロッカーを使う人が少ないため)
報告書は会員は無料で入手でき、非会員はウェブサイトから購入できる。
[執筆者]
小林恭子(在英ジャーナリスト)
英国、欧州のメディア状況、社会・経済・政治事情を各種媒体に寄稿中。新刊『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス(新書)』(共著、洋泉社)
小林恭子(在英ジャーナリスト)
(新聞通信調査会発行の「メディア展望」7月号に掲載された筆者原稿に補足しました)
広告ブロックについての報告書
ネット広告の表示を遮断するプログラム、通称「広告ブロック」が欧米を中心とした新聞界で昨年来大きくクローズアップされるようになっている。
紙からデジタルへとニュースの配信先を大きく移動させつつある新聞界にとって、ネット広告が遮断されれば死活問題になりうる。
調査会社「ページフェア」とソフトウェア企業Adobeによれば、広告ブロックによって失われた広告収入は昨年1年間で218億ドル(約2兆2321億円)に上る。
世界新聞・ニュース発行者協会(WAN-IFRA)が4月末にまとめた報告書「広告ブロッキングー出版社にとっての意味と戦略」から、内容の一部を紹介したい。(ここでの「出版社」とは情報コンテンツをウェブサイトに出す主体=パブリシャーを指し、新聞社を含むニュースメディアの意味である。)
広告ブロックの現状とは
「広告ブロッカー(ad blockers)」はブラウザーに組み込まれるプラグインで、ブラウザーが広告をサイト上に読み込む前に表示を遮断する働きをする。一定の条件の下で何を遮断するかを広告ブロッカー側が決定する。
デスクトップではドイツのEyeo(アイオー)社が開発した「AdBlock Plus」が最もよく使われている。5月時点で搭載数は1億という。これまでにも広告ブロッカーは使われてきたが、昨年から使用が急増した。そのほとんどが無料でダウンロードできる。
モバイルでは、アップル社がiOS9を昨年9月に導入した際に、ブラウザー「サファリ」で使えるようにした。アンドロイド型のスマートフォンではブラウザー「ファイヤーフォックス」を使う際にAdBlock Plusを利用するか、「Ghostery Privacy Browser」を使う。デフォルトで入ってくるブラウザー「クローム」では広告ブロッカーのプラグインは使えない。
広告ブロックは利用者の需要拡大につれて広がっており、出版社側がその利用自体を違法とする動きは成功していない。今年3月、南ドイツ新聞がアイオー社を相手取って訴訟を起こしたが、敗訴した。
現在、世界中で広告ブロックを使う人は2億万人を超えている。
ページフェアなどの調査によれば、欧州ではウェブ利用者の25%、米国では10%が利用中だ。日本は2%ほどと低い。欧州諸国の中ではドイツやフランスで比率が高い。
消費者が広告ブロックを使う理由は「広告が目障り」、「個人情報が広告テクノロジーによって無限に共有されることへの懸念」、「ページの搭載時間(画面にコンテンツが表示されるまでの時間)が遅くなる」だった。
広告ブロックの利用が広がれば、出版社にとってはデジタルの広告収入が減り、読者がフェイスブックやアップルなどの大手プラットフォーム上でニュースを読む傾向を加速させる可能性がある。フェイスブックはインスタント・アーティクルズを通じ、アップルはアップル・ニュースを通じて、それぞれのサービス内でニュースが直接読めるようにしてあるからだ。
囲い込み化を歓迎するフェイスブックやアップルとは異なり、オープンなウェブ空間での広告収入に依存するグーグルにとって、広告ブロックは脅威だ。AdBlock Plusを提供するアイオー社にお金を払い、自社が提供する広告の一部を「ホワイトリスト化」(広告を遮断されないようにすること)する手段を取っている。
広告主や「広告ネットワーク」(広告媒体のウェブサイトを多数集めて「広告配信ネットワーク」を形成し、その多数のサイト上で広告を配信する手法)にとっては望む対象者にリーチできなくなり、利用者からの情報を取得することもできなくなる。
広告ブロック自体を遮断するソフトウェアや誰が広告ブロッカーを使っているかを調査するソフトウェアも販売されているが、WAN-IFRAは合法性に疑問を呈している。
出版社の対処方法は
出版社にはいくつかの対処法がある。
例えば「広告表示や搭載時間を向上させる」、「広告ブロックを利用する場合、閲読を有料で行ってもらうようにする」、「まだ広告ブロックがそれほど浸透していないモバイルでの閲読を勧める」など。記事と同じ体裁で制作・表示される広告、いわゆる「ネイティブ広告」も選択肢の1つだ。
ノルウェーのヴェルデンス・ガング紙はウェブサイトの読者の中で、同紙のサイトをホワイトリスト化していない2万5000人に調査を試みた。48%が搭載時間が早まればホワイトリスト化を考慮する、47%が動く広告が無くなれば考慮する、28%がポップアップ広告が無くなれば考慮すると答えた。同紙は今後も、読者との対話を進めながらサイトの利用環境を向上させる予定だ。
ドイツのビルト紙は昨年10月から、広告ブロックをする読者にはコンテンツを読ませないようにする仕組みを導入した。読者には広告ブロッカーの利用を停止してもらう、あるいはビルトのサイトをホワイトリスト化してもらう、あるいは毎月2・99ユーロ(約342円)を払って広告をやや少なくしたサイトを閲読してもらうようにした。導入後一か月で、それまでは広告ブロックの利用率が23%であったのが、一ケタ台に減少した。
米経済誌フォーブズは昨年12月、広告ブロッカーを使う一部の読者にコンテンツの閲読を遮断した。閲読したい場合にはブロッカーを解除する代わりに広告が少ない形のサイトを読めるようにした。この実験によって、12月末から1月上旬までにサイトにアクセスした210万人の利用者がブロッカーを解除したという。結果として、1500万の広告インプレッションが生じ、収入を得ることができた。
出版社側にしてみれば読者が無料で記事を閲読できるのは広告があってこそだ。このため、広告ブロッカーを使う読者に記事を読ませないようにするのは出版社側にとっては「妥当な行為」となるかもしれないが、「危険も伴う」と報告書は警告する。トラフィックを減少させる上に、「読者の一部を失うことにもつながる」からだ。
広告ブロッカーは広告サーバーから出る広告を遮断するが、その広告が通常の記事を処理する編集管理システムの中からサイトに出るようであれば、遮断されないーこれがネイティブ広告が広告ブロッカーの対象にならないとする考え方だが、報告書は「広告ブロッカーは進化する」ため、必ずしも万全ではない可能性があるという。
ネイティブ広告のコンサルタント、メラニー・ディーゼル氏は「搭載に時間がかかり、視界を邪魔するような広告を作ってきたことへのツケが今、回ってきた」という。質の高いデジタル広告(記事と同等の質がある広告=ネイティブ広告)を作ることで、「読者の信頼を取り戻すしかない」。
ディーゼル氏が手掛けたのが、オンデマンド動画サービスを提供する米Netflixによる、女性受刑者を主人公とした「オレンジ・イズ・ニューブラック」にかかわるキャンペーンだ。
媒体ごとに異なる戦略を使った。例えばテック雑誌「ワイアード」に動画ストリーミングの未来についての記事を出し、ニュースサイト、バズフィードには「刑務所がそれほど悪いところではない21の理由」と題する記事を掲載。
ニューヨーク・タイムズの「オレンジ・イズ・ニューブラック」の記事(ウェブサイトより)
シリアスな新聞ニューヨーク・タイムズの場合は、刑務所の女性の処遇についての記事を出した。実際に記者が刑務所を訪れて、受刑者をインタビューした。その模様を動画としてウェブサイトに掲載したところ、大好評となった。
報告書は結論として3つの戦略を挙げている。
(1)広告利用環境を向上させる(広告の量を減らす、個人化する、ネイティブ広告を使う)
(2)選択肢を用意する(ブロッカーを解除した人には広告を少なくしたサイトを用意)
(3)モバイルに焦点を合わせる(まだブロッカーを使う人が少ないため)
報告書は会員は無料で入手でき、非会員はウェブサイトから購入できる。
[執筆者]
小林恭子(在英ジャーナリスト)
英国、欧州のメディア状況、社会・経済・政治事情を各種媒体に寄稿中。新刊『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス(新書)』(共著、洋泉社)
小林恭子(在英ジャーナリスト)