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日銀は国内景気の低迷を直視せよ!

ニューズウィーク日本版 2016年8月2日 16時10分

<日銀は現在の停滞を「海外要因」などのせいにせず、国内の景気が低迷していることを直視すべきだ。そして、より思い切った追加緩和策を検討し、次回の政策決定会合で実行に移すべきだ>

日銀の追加緩和について

 2016年7月29日に日本銀行(以下、日銀)は金融政策決定会合で追加緩和を決定した。決定のポイントは (1)年間80兆円の国債購入ペースを維持、(2)日銀当座預金の超過準備(政策金利残高)に対するマイナス金利0.1%を維持、(3)ETF購入のペースを年間3.3兆円から6兆円に増額、(4) 次回の金融政策決定会合で2013年4月以降の量的・質的緩和(マイナス金利を含む)の検証を行うと要約できる。いわゆる追加緩和は上記の(3)のみである。

 そもそもETFとは何だろうか?ETFとは証券取引所に上場されており、TOPIX(東証株価指数)等の指標に連動する投資信託を意味する。実は我が国におけるETFの市場はそれほど大きくなく、野村資本市場研究所の推定によれば2016年2月末で14.5兆円程度である。

 ETF市場14.5兆円のうち日銀が約6兆円を購入するという今回の追加緩和は一見すると大きな額のように見える。しかし、実際にはそうではない。

 日銀の使命は、日銀法に定められている通り「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展」に努めることである。言うまでもなくそのETF購入も国民経済の健全な発展のために行うのであって、ETF市場を活性化することにはない。ETF購入は、日銀が株式市場全体に資金を供給することで、日本経済全体の活性化を図るものである。

 しかし、東証一部上場企業の株だけでも時価総額は約500兆円前後(7月末)あり、日銀が購入する6兆円はそれに比べて少額にすぎるといえよう。つまり、今回の追加緩和は、2014年4月の消費増税以後、停滞が続く日本経済を回復させるにはまったく力不足であると言わざるをえない。
【参考記事】日本銀行の「追加緩和」は官僚的な対応のきわみだ

日銀の奇妙な景気認識

 さらに筆者を困惑させるのは、「日銀の国内景気への認識」である。

 政策決定会合後の記者会見で黒田東彦総裁は「英国のEU離脱問題や新興国経済の減速を背景に、海外経済の不透明感が高まり、国際金融市場では不安定な動きが続いている。日本銀行は、こうした不確実性が企業や家計のコンフィデンスの悪化につながることを防止する」ことが必要と述べており、その認識は筆者も違和感はない。

 しかし、黒田総裁が「わが国の景気は、新興国経済の減速の影響などから輸出・生産面に鈍さがみられるものの、基調としては緩やかな回復を続けている。」と述べた部分、さらに「その後は、家計・企業の両部門において所得から支出への前向きの循環メカニズムが持続するもとで、潜在成長率を上回る成長を続け、基調として緩やかに拡大していく」の部分には大きく首を傾げざるを得ない。

 しかし、現実には2014年4月の消費増税以後、日本経済は民間需要が低迷し、黒田総裁が述べるような「前向きの循環メカニズム」が機能しているようにはみえないのだが、どうしてこのような認識なのだろうか?



インフレを加速させない失業率

 以上のような筆者の意見に対して「すでに完全失業率は2016年6月(7月29日発表最新)で3.1%まで低下し、雇用は堅調であり、日本経済は潜在成長率にまで回復してきている。経済は完全雇用の状態にあり、日銀の追加緩和は無用だ」という反論を受けるかもしれない。

 筆者自身も私大文系の教員として、学生たちの就職活動の毎年見ており、若年層(15歳から24歳)の労働市場が近年急速に回復してきていることはよく知っている。しかし、そのことが直ちに日本経済は完全雇用の状態にあることを意味するわけではない。

 筆者がそのように考える理由は「Non-Accelerating Inflation Rate of Unemployment」に基づいている(自然失業率と呼ばれることもある)。直訳すればインフレを加速させない失業率と訳すべきだが、多くの場合頭文字を取ってNAIRUと呼ばれる。これは失業率がある値(NAIRU)を下回るとインフレ率が加速度的に上昇を始めるという考え方である。逆に言えば、失業率がその値よりも高止まりしている間は、インフレ率が加速度的に上昇することはないと言える。

 それでは「我が国のNAIRUはいくつなのか?」と問われるかもしれない。もちろんNAIRUがいくつになるのかは学問上極めて重要なテーマである。しかし、筆者自身も試みたことがあるが、困ったことにNAIRUの推定は極めて難しい。

 しかし、実は政策の実務上はNAIRUがいくつなのかが分かっている必要はないのである(もちろん、依然として学問上のテーマとしては重要であるが)。

 完全失業率がNAIRUを下回れば、その性質上、インフレの加速的上昇が起こる。逆に言えば、インフレの加速的上昇が起こるまで追加緩和等の景気刺激策を続ければよいのである。

日銀はより思い切った追加緩和を

 2013年4月に現在の日銀執行部が量的・質的緩和を始めて、すでに3年以上が経過した。しかし、消費者物価指数でみたインフレ率(前年同月比)は「生鮮食品を除く総合」でマイナス0.5%、「食料(酒類を除く)及びエネルギーを除く総合」でプラス0.4%といずれも物価目標(インフレターゲット)2%にはほど遠い。

 このようにインフレ率が物価目標を達成できていないという事実そのものが、現在も失業率がNAIRUを上回っており、国内景気が停滞したままであることを示している。

 日銀は現在の停滞を「海外要因」などのせいにせず、国内の景気が低迷していることを直視すべきだ。そして、より思い切った追加緩和策を検討し、次回の政策決定会合で実行に移すべきだ。なお、本来であれば具体的にどうすべきかについての筆者の意見も述べるべきだが、それは紙数の関係上またの機会に譲りたい。


[筆者]
矢野浩一
1970年生まれ。駒澤大学経済学部教授、内閣府経済社会総合研究所客員研究員。総合研究大学院大学博士課程後期修了。博士(統計科学)。専門はベイズ計量経済学と動学的確率的一般均衡理論。

矢野浩一(駒澤大学経済学部教授)

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