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トルコ政変は世界危機の号砲か

ニューズウィーク日本版 2016年8月2日 18時0分

<トルコのクーデター未遂事件の直後にカザフスタンで起きた銃撃戦。トルコ系がつながる中央アジアは次の「火薬庫」になる危険性がある>(写真は反乱軍に攻撃されたトルコの首都アンカラの警察本部)

 モンゴルの首都ウランバートルで開催されたアジア欧州会議(ASEM)首脳会議。フランスやバングラデシュのテロを非難し、名指しは避けたものの南シナ海で覇権主義的冒険を続ける中国に対しても自制を求めて、7月16日に閉幕した。

 閉幕の前日、各国首脳がウランバートル近郊の草原に設置された天幕式の宮殿(オルド)でくつろいでいるときに、トルコの軍人たちがクーデターを起こしたとのニュースが世界を駆け巡った。

 オスマン帝国時代のスルタン(君主)の地位と権力を手にしつつあるエルドアン大統領は国民の強力な支持を武器に、街頭に繰り出した軍人を鎮圧。市民と反乱軍双方の死者は232人に上った。その後は公務員や教員など6万人以上が免職・停職処分になった。強いリーダーシップを発揮できる指導者を好むトルコの国民性が勝利したようなものだ。

【参考記事】あの時、トルコ人はなぜ強権体質のエルドアンを守ったのか

 クーデター未遂を見て、欧米とアラブ諸国はテロ組織ISIS(自称イスラム国、別名ISIL)掃討とシリア内戦への波及を懸念するが、影響はそれだけにとどまらない。トルコの首都アンカラの銃声が静まって間もなく、中央アジアを走る天山山脈の麓、カザフスタン南部の国内最大都市アルマトイで18日、武装集団が内務省施設を襲撃。警察と銃撃戦となり、警官と民間人4人が死亡した。

 政府当局はアルマトイの警戒レベルを最高の「赤」に引き上げるなど、テロ対策に追われている。カザフスタンの「大ハン(君主)」として君臨するナザルバエフ大統領による、中央アジアで最も安定した国家のイメージに泥を塗る出来事となった。

グレートゲームの再演か

 カザフスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタンと、中央アジアに連なる独裁国家群はすべてトルコを盟主とするトルコ系兄弟だ。互いにトルコ系の言葉で通じ合い、遊牧文化を共有してきた歴史に基づく、緩やかな連帯感がある。この兄弟たちに今、グローバルな政情不安が襲い掛かろうとしている。

 西の盟主トルコと東の「兄貴」カザフスタンが混乱に陥れば、中国新疆ウイグル自治区と中央アジアを結ぶ要衝の地、フェルガナ盆地が火薬庫となる危険性がある。中央アジア全人口の20%が集中するこの盆地は失業率が高く、パキスタン・アフガニスタン方面からの麻薬と武器の密輸ルートがある。ウズベキスタンとタジキスタン、それにキルギスという3カ国の国境問題は未解決なだけでなく、深刻な水資源の争奪戦など安全保障上の対立も火種として残る。



 同地の宗教指導者はイスラムの復興を唱えているし、ロシアは旧ソ連時代からの影響力を行使しようと暗躍する。地域大国のイランもシーア派の勢力を伸ばそうとし、インドも通商の利益を確保しようとしている。「巨龍」中国は、過激なイスラム思想が「トルコ系兄弟」と一体化して、中国政府に抑圧され続けているトルコ系のウイグル人同胞の解放運動につながるのを懸念している。まさに19世紀から続いてきたグレートゲームの再演といっていい。

【参考記事】アメリカは大粛清を進めるトルコと縁を切れ

 12年11月にウランバートルで「チンギス・ハン生誕850周年大会」が開催されたとき、中央アジア各国から「チンギス・ハンの子孫」を自称するさまざまな団体が参集。モンゴルは彼らに破格な厚遇を与えて喜ばせた。その地では今、日本から提供された資金で巨大な新チンギス・ハン(ウランバートル)国際空港を建設中。ウランバートルとアンカラを結び付けようと熱心に呼応しているのは、ほかでもないエルドアンだ。

 新しいハブ空港が北アジアの草原にできた暁には、北朝鮮有事のリスクを抱える韓国の仁川空港と、いつ政治的な嫌がらせを仕掛けてくるかも分からない中国を避けて、ユーラシアの東西を直接結ぶことができる――エルドアンも日本の安倍首相もそう認識しているようだ。

 錯綜するグレートゲームでユーラシアが複雑化している。

[2016.8. 2号掲載]
楊海英(本誌コラムニスト)

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