<アマゾンの電子書籍「定額制」サービス、キンドル・アンリミテッド(Kindle Unlimited)が、ようやく日本でスタートした。この新サービスは、出版と出版社にこれから何をもたらすのか>
キンドル・アンリミテッド(Kindle Unlimited)は、「定額制」という、ほぼデジタルに固有のビジネスモデルを導入した。単品販売では印刷本との価格比較が問題になり、在来出版社にとっての足枷として残っているが、定額制は新刊としての需要が一巡したあとのコンテンツの資源化が中心で、発想を変える必要がある。ことによると、これが日本のE-Book市場の転機となるかもしれない。
「書物の秩序」と本のエコシステム再建に期待
近年、国内の意欲的なサービスや製品もあまり見なくなったが、デジタル化が止まったわけではなく、市場はもっぱらマンガにおいて自律的に拡大している。出版の売上が年間5%以上縮小していく中で、出版社はカタログ在庫の商品を売れるチャネルに流すという当然のことをするしかない。
アマゾンへの当初の抵抗感が消えていったのは、やはりマンガを通じて、書店向けでは再商品化しても利益が出ない、事実上の死蔵在庫リストが現実におカネになることが納得されたからだ。しかし、著者・読者が喜ぶことをしたことに自信を持つべきだろう。書店は著者・読者より優先されるべき存在ではない。
キンドル・アンリミテッド(KU)が現在の出版ビジネスにおいて重要な役割を果たすとすれば、それは既刊本の動きを活性化させることだろう。出版の荒廃が進む中で、新刊→再版のサイクル、店頭在庫、古書までを含めた伝統的秩序が乱れ、長く読まれるべき本がますます入手困難になっている。デジタル化もされず、再版もされず、古書店でも取引されない、という状態はまともではない。
出版の大きな役割の一つは「過去の豊かな知的資産の維持管理」であり、それが痩せ細れば読者の知的レベルは低下し、新刊の発行への制約は大きくなる。書籍は単独ではなく、ネットワークにおいて生まれ、読書も市場もそれを背景に発展するものだが、残念ながら社会が伝統的に持っていたアナログのネットワークがデジタルに移行することなく、多くは増刷も在庫もされず、廃棄されている。
出版社は、新刊点数を増やし続け、書店のスペースを「長く読まれるべき本」から「短期の廃棄プロセスにある本」に明け渡していった。かけるお金も時間も減らしているので新刊の内容は薄くなっている。ざっとこの30年余りに進んだ出版の質的荒廃はすさまじいものだ。1970年代までの人気作家の小説をセットで読むことなどはほとんどできない。
KUは何より、長く読まれるべき絶版本を復活させるために使われるべきだと思う。それによって印刷本の需要開拓と効率的な増刷(あるいはオンデマンドでの提供)の方法も見つかるだろう。人口が減少する社会の文化は自閉的になる。1970年代までの文化遺産は「読み放題」に最もふさわしいコンテンツを提供する。それこそ若い世代に読んでほしいものでもある。E-Bookは最もコストの安いコンテンツ/商品管理の手段だ。
時間はアマゾンに味方する
出版社(をめぐる環境)は変わった。アマゾンは変わらず、機会を待っている。アマゾンには時間があり、出版社には時間がない。国内なら日本企業に地元の利があり、外資系企業は撤退も早いという"常識"も、アマゾンのビジネスモデルには通用しなかった。欧米の大出版社は、まだUnlimitedにタイトルを提供していない。しかし、KUはなお成長速度を落としていないし、中小出版社と自主出版者だけで大きな市場を形成した。
Kindleは大手出版社に依存せず、逆に自主出版のための大市場を開拓した。価格政策が硬直的な大手出版社は、E-Bookでは存在感を薄れさせており、印刷本でもベストセラーのディスカウント販売に頼っている。
出版社は、待つことが状況を悪化させるという、21世紀の現実を知るべきだ。Yahoo!は、40億ドルでベライゾンに買収されたが、2014年には400億ドル、2012年には4,000億ドル相当と評価されていた。2年で10分の1。Yahoo! が何もしていなかったわけではない。手は打ったが、デスクトップからモバイルへというプラットフォームの変化のスピードについていけなかった。
後知恵でいえることは、スタートが遅かったということだ。2010年に軌道に載せていなかったプロセスを、既存の(ピークを迎えた)ビジネスのためのプロセスと共存させつつ新たに立ち上げるのは、事実上不可能だったと思う。やはりマイクロソフトから買収に応じるべきだったのだろう。
アマゾンは変化が待ってくれないことを覚悟し、モバイルへの対応を2010年以前に完了していた。Kindleもその一つだし、クラウド・プラットフォームにより、タブレット時代にも、余裕をもってキャッチアップすることができた。アップルはデバイスにおけるモバイル転換の成功で満足してしまった。
業界トップ企業は、まだ現在の変化のスピードを理解していない。それは「業界」や「会社」「事業」「組織」というものを前提として発想し、そうでないものは採用されないからだ。アマゾンと同世代のYahoo! でさえそうだった。アマゾンが違うのは、不変なもの(消費者)を出発点とし、ビジネスではなく、変化を前提とするビジネスモデルを更新していることだ。時間に追われないためには先回りするしかないのだから、メディアの評判などを聞いてるヒマはない。
※当記事は「EBook2.0 Magazine」からの転載記事です。
鎌田博樹(EBook2.0 Magazine)
キンドル・アンリミテッド(Kindle Unlimited)は、「定額制」という、ほぼデジタルに固有のビジネスモデルを導入した。単品販売では印刷本との価格比較が問題になり、在来出版社にとっての足枷として残っているが、定額制は新刊としての需要が一巡したあとのコンテンツの資源化が中心で、発想を変える必要がある。ことによると、これが日本のE-Book市場の転機となるかもしれない。
「書物の秩序」と本のエコシステム再建に期待
近年、国内の意欲的なサービスや製品もあまり見なくなったが、デジタル化が止まったわけではなく、市場はもっぱらマンガにおいて自律的に拡大している。出版の売上が年間5%以上縮小していく中で、出版社はカタログ在庫の商品を売れるチャネルに流すという当然のことをするしかない。
アマゾンへの当初の抵抗感が消えていったのは、やはりマンガを通じて、書店向けでは再商品化しても利益が出ない、事実上の死蔵在庫リストが現実におカネになることが納得されたからだ。しかし、著者・読者が喜ぶことをしたことに自信を持つべきだろう。書店は著者・読者より優先されるべき存在ではない。
キンドル・アンリミテッド(KU)が現在の出版ビジネスにおいて重要な役割を果たすとすれば、それは既刊本の動きを活性化させることだろう。出版の荒廃が進む中で、新刊→再版のサイクル、店頭在庫、古書までを含めた伝統的秩序が乱れ、長く読まれるべき本がますます入手困難になっている。デジタル化もされず、再版もされず、古書店でも取引されない、という状態はまともではない。
出版の大きな役割の一つは「過去の豊かな知的資産の維持管理」であり、それが痩せ細れば読者の知的レベルは低下し、新刊の発行への制約は大きくなる。書籍は単独ではなく、ネットワークにおいて生まれ、読書も市場もそれを背景に発展するものだが、残念ながら社会が伝統的に持っていたアナログのネットワークがデジタルに移行することなく、多くは増刷も在庫もされず、廃棄されている。
出版社は、新刊点数を増やし続け、書店のスペースを「長く読まれるべき本」から「短期の廃棄プロセスにある本」に明け渡していった。かけるお金も時間も減らしているので新刊の内容は薄くなっている。ざっとこの30年余りに進んだ出版の質的荒廃はすさまじいものだ。1970年代までの人気作家の小説をセットで読むことなどはほとんどできない。
KUは何より、長く読まれるべき絶版本を復活させるために使われるべきだと思う。それによって印刷本の需要開拓と効率的な増刷(あるいはオンデマンドでの提供)の方法も見つかるだろう。人口が減少する社会の文化は自閉的になる。1970年代までの文化遺産は「読み放題」に最もふさわしいコンテンツを提供する。それこそ若い世代に読んでほしいものでもある。E-Bookは最もコストの安いコンテンツ/商品管理の手段だ。
時間はアマゾンに味方する
出版社(をめぐる環境)は変わった。アマゾンは変わらず、機会を待っている。アマゾンには時間があり、出版社には時間がない。国内なら日本企業に地元の利があり、外資系企業は撤退も早いという"常識"も、アマゾンのビジネスモデルには通用しなかった。欧米の大出版社は、まだUnlimitedにタイトルを提供していない。しかし、KUはなお成長速度を落としていないし、中小出版社と自主出版者だけで大きな市場を形成した。
Kindleは大手出版社に依存せず、逆に自主出版のための大市場を開拓した。価格政策が硬直的な大手出版社は、E-Bookでは存在感を薄れさせており、印刷本でもベストセラーのディスカウント販売に頼っている。
出版社は、待つことが状況を悪化させるという、21世紀の現実を知るべきだ。Yahoo!は、40億ドルでベライゾンに買収されたが、2014年には400億ドル、2012年には4,000億ドル相当と評価されていた。2年で10分の1。Yahoo! が何もしていなかったわけではない。手は打ったが、デスクトップからモバイルへというプラットフォームの変化のスピードについていけなかった。
後知恵でいえることは、スタートが遅かったということだ。2010年に軌道に載せていなかったプロセスを、既存の(ピークを迎えた)ビジネスのためのプロセスと共存させつつ新たに立ち上げるのは、事実上不可能だったと思う。やはりマイクロソフトから買収に応じるべきだったのだろう。
アマゾンは変化が待ってくれないことを覚悟し、モバイルへの対応を2010年以前に完了していた。Kindleもその一つだし、クラウド・プラットフォームにより、タブレット時代にも、余裕をもってキャッチアップすることができた。アップルはデバイスにおけるモバイル転換の成功で満足してしまった。
業界トップ企業は、まだ現在の変化のスピードを理解していない。それは「業界」や「会社」「事業」「組織」というものを前提として発想し、そうでないものは採用されないからだ。アマゾンと同世代のYahoo! でさえそうだった。アマゾンが違うのは、不変なもの(消費者)を出発点とし、ビジネスではなく、変化を前提とするビジネスモデルを更新していることだ。時間に追われないためには先回りするしかないのだから、メディアの評判などを聞いてるヒマはない。
※当記事は「EBook2.0 Magazine」からの転載記事です。
鎌田博樹(EBook2.0 Magazine)