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「酒の安売り許さん!」の酒税法改正は支離滅裂

ニューズウィーク日本版 2016年8月8日 12時5分

<先ほど成立した酒税法等の改正により、罰則が設けられ、酒の安売りが規制されるようになる。だが、それで本当に街の酒屋を守れるのか? 酒をめぐる商売は既得権益が生じやすいが、自由化の歴史に逆行する今回の法改正は無意味だ>

 冷えたビールが美味しい季節になった。台所でちょっとしたツマミをつくり、缶ビールや発泡酒で、気軽に家飲みを楽しむ方も多いだろう。
 
 去る5月27日、「酒税法」と「酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律」の改正案が可決、成立した。施行は1年後である。

 どのような改正かといえば、安すぎる値段で酒を売っている、けしからんディスカウントストアやスーパーを規制するという、なかなか大胆で図太い内容である。財務大臣が改善命令を出しても従わなければ、罰則(50万円以下の罰金刑/酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律98条1号)を科すなどして、酒の安売りを根絶する。それにより、街の酒屋を守るのだという。

 資本力にモノをいわせる薄利多売を法律で強制的に禁止して構わないのなら、「うちでもやってほしい」と手を挙げたい業界は、たくさんありそうだ。

 私がお世話になっている出版業界・書店業界では、書籍や雑誌など、複製された著作物の安売りが原則として禁じられている。しかし、大規模な古書店チェーンやネット古書店の台頭により、いや、たいていの情報がインターネットで無料で読める時代となったことによって、情報の価格破壊が一気に進んだ。定価販売を義務づけられる新刊書店は、割を食っている。

 では、情報の安売りを法的に禁止すれば、街の書店は復活するのだろうか。そう単純な話ではないだろう。社会の一部だけが得をする利己的な規制は、社会全体にひずみを生じさせる。それぞれの書店が自主的に変化を起こし、魅力を増していくことが、長い目で見れば将来の業界発展に繋がると信じる人は多い。

 カフェや雑貨店など別業態の併設や、品揃えの専門家など、安さや便利さ以外の価値を発信することが求められている。書店の数が減り続ける一方で、新たに個人書店を始めようと挑戦する若者も全国にいる。

酒の商売に圧力と反発の歴史あり

 酒をめぐる商売は、既得権益が生じやすい土壌がある。ちょっとぐらい高くても買う大人がたくさんいる嗜好品だからだろう。歴史を振り返っても、江戸時代から「酒株」という権利を持っている業者のみが、酒を造ることを許されていた。

 大正時代(1921年)には、私設市場でビールが安く売られていたことに対し、酒の小売商から猛反発が起きたし、1934年には、名古屋でビールを廉売していた業者13社に対して、酒の卸売りをしていた共販会社がペナルティとして5日間の送荷停止処分を課した。今よりもビールの仕入れルートが独占的に管理されていた時代だったからこそ、効き目があったペナルティだろう。



 酒類の価格規制が全面的に撤廃されて自由価格となったのは、1964年のことだった。だが自由競争の時代に突入しても、安売り業者へ圧力をかける姿勢は昔と変わらない。1969年には、横浜生活協同組合が福島県の酒造メーカーと手を組んで酒の安売りを行ったところ、神奈川県の小売酒販組合連合会が「これ以上続けるなら、福島産の酒は売らない」と宣言したこともある。安い酒の提供に協力した蔵元に対しては、税務署が嫌がらせを行ったり、金融公庫が融資を止めたりもした。

 しかし、社会の雰囲気は徐々に変化し始めていた。1980年、酒販組合の働きかけで、酒について「特売」「特価」などの表示が規制されようとしていたが、消費者団体の反対に押される形で、結局は「特売」表示はOKとなった。

 1980年代後半、酒類小売り免許が実質自由化され、スーパーやコンビニでの販売が一気に広まった。1990年には売り場面積で一般酒販店87.7%・スーパー0.9%だったのが、2011年には一般酒販店34.7%・スーパー12.5%となっている(国税庁調べ)。

 ここでいう「一般酒販店」が、いわゆる街の酒屋だといえる。確かに売り場面積で、全体としての割合が他の業態に押されている。

 今回のような一連の法改正は、全国に散在する中小の酒屋を束ねる「酒販組合」が求めたともいわれる。かつては地元の名士のような人物にしか酒類販売の許可が出されなかったこともあり、酒屋は伝統的に自民党の票田とされてきた。よって、酒販組合の後押しで当選した国会議員に、何らかの要望を送るのも可能なのだろう。

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独禁法以上の規制を科す根拠は?

 改正の理由として、衆議院のホームページには「酒税の保全及び酒類の取引の円滑な運行を図るため」と記されている。ただ、この理由は奇妙である。酒税は酒造メーカーから徴収するのであって、小売店が酒をいくらで売ろうと関係ないからだ。

 そもそも「不当廉売」の規制なら、すでに独占禁止法によって行われている。

◆独占禁止法 第2条9 この法律において「不公正な取引方法」とは、次の各号のいずれかに該当する行為をいう。 三 正当な理由がないのに、商品又は役務をその供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給することであつて、他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあるもの

◆独占禁止法 第19条 事業者は、不公正な取引方法を用いてはならない。

 もっとも、独占禁止法にいう「不公正な取引方法」を行う業者に対して、通常は公正取引委員会からの警告や注意を行う程度である。酒の廉売だけ、警告を飛び越えて罰金刑まで科さなければならない根拠はどこにあるのか。



 ディスカウントストアが酒の安売りをやめれば、街の酒屋に客が戻ってくると本気で信じているのだろうか。あまりにもナイーヴすぎる牧歌的な発想に思える。コンビニで定価の酒が売れている事実を、直視できないのだろうか。

 このたびの酒税法改正は、なぜか支離滅裂なのである。居酒屋で酔っぱらいながら法案を書いたわけでもあるまい。安売り規制の効果については、肝心の一般酒販店の側からも疑問の声が上がっているという。そのまっとうな感覚に、ホッと安心させられる。

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「巨大資本による、酒の安売り憎し!」とばかりに、酒販組合から政界へ懸命にアプローチを続けてきた。その間に、社会を取り巻く状況は大きく変化していた。そういうことではないだろうか。日本人の収入が全般的に減っているのだから、物の値段も下がらなければ釣り合うはずがない。

 他の業界と同じように、きっと酒販業界にも「酒を売る」だけでなく、「酒の付加価値を売る」べき時代が到来しているのだろう。これからは、酒の楽しみ方や、交流の場の提供、あるいはアルコール依存症や飲酒運転の予防や改善など、酒をたしなむ「人」にフォーカスした取り組みを実行していかなければならないと、すでに現場の一部は気づき始めている。

[筆者]
長嶺超輝(ながみね・まさき)
ライター。法律や裁判などについてわかりやすく書くことを得意とする。1975年、長崎生まれ。3歳から熊本で育つ。九州大学法学部卒業後、弁護士を目指すも、司法試験に7年連続で不合格を喫した。2007年に刊行し、30万部超のベストセラーとなった『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)の他、著書11冊。最新刊に『東京ガールズ選挙(エレクション)――こじらせ系女子高生が生徒会長を目指したら』(ユーキャン・自由国民社)。ブログ「Theみねラル!」


長嶺超輝(ライター)

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