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Airbnbが家を建てた――日本の地域再生のために

ニューズウィーク日本版 2016年8月11日 6時12分

<シェアリングエコノミーの代表格Airbnbの新規事業は「家づくり」。同社自身がホストになってホテル業に進出するわけではないというが、ではなぜ日本の、著名な観光地でもない奈良県吉野町で、自ら建設した物件を貸し出す計画なのか。共同創業者のジョー・ゲビアに聞いた> (東京・お台場のHOUSE VISION 2016 TOKYO EXHIBITIONで展示されている「吉野杉の家」)

 空室や空き家の貸し手と借り手をマッチングさせる「Airbnb(エアビーアンドビー)」。2008年にアメリカ・サンフランシスコで創業し、現在日本を含む191か国で展開、250万の物件を仲介している。

 シェアリングエコノミーの代名詞として語られることも多いサービスだが、このほど新規プロジェクトとして「家づくり」に着手した。しかも、日本で。

 カリフォルニアのテクノロジー企業が手がける家とはどんなものなのか。東京・お台場の青海駅前で開催中(8月28日まで)の「HOUSE VISION 2016 TOKYO EXHIBITION」で実物が展示されていると聞き、見学してきた。

 入退室管理には生体認証が施され、出先から室内の状況をスマホで管理可能。音声認識機能を備えた人工知能アシスタントが日常生活を事細かにサポートしてくれる――そんな近未来思考の家をなんとなくイメージしていた。もっとも、そんな誰でも思いつきそうなベタな家を今更作る必要はないだろう。会場で姿を現したのは、そんなありがちな妄想とは真逆の木造住宅だった。

 その名は「吉野杉の家」。木の産地として名高い奈良県吉野町の杉材を100%使用した2階建ての家だ。1階部分を地域のコミュニティスペースとして活用しつつ、2階部分を旅行者向けのシェアルームとして貸し出すことを想定している。吉野杉の家は、建築家・長谷川豪とのコラボレーションによって設計・建築された。

Airbnbの共同創業者ジョー・ゲビア

「既存の住居をシェアする仕組みがAirbnb。では、最初からシェアする前提で家を作るとどうなるのか、それがテーマだった」と、Airbnbの共同創業者ジョー・ゲビアは本誌のインタビューに語った。「家づくりに参画するのは今回が初めての試み。これをモデルケースにして、他の国でも展開を考えている」

 住居シェアサービスの枠を超え、Airbnb自らがホストとして住宅をユーザーに提供していくということなのだろうか。Airbnbでは、連日80万以上のユーザーが部屋を借りている。その規模があれば、確かにホテル業態へ進出してもビジネスとして成立するかもしれない。だが、ゲビアは明確にそれを否定する。

「ホテル業をする気はない。今回のプロジェクトは、社内に設立した専門デザインスタジオSamara(サマラ)事業の一環。これまでの8年間で培ってきたノウハウをより実験的に応用し、Airbnb のコミュニティを中心に人と人の結びつきや商業、社会を変えていくためのサービスを生み出す試みだ」

【参考記事】「民泊」拡大が暗示するのは、銀行のない未来



課題先進国の日本で始める意味

「吉野杉の家」は、単なる展示会用のモデルハウスとして建造されたわけではない。「HOUSE VISION 2016 TOKYO EXHIBITION」の終了後は、吉野杉のお膝元、奈良県吉野町にトラック7台で移送し、使用可能な物件として再び組み上げられる。すでに土地も用意されており、今秋以降、実際にAirbnbの物件として貸し出される予定だ。

 それでも疑問は残る。新規事業の第1弾となる場所がなぜ、日本の、それも観光地として著名な東京や京都ではなく、奈良の吉野町なのか。

「少子高齢化が避けられない課題先進国の日本で始めることに意味がある。今後日本の人口は年間80万人のペースで減少していく。一番影響が大きいのは過疎に悩む地方の町だ。一方で、地域を再興していくにはその柱となるコミュニティが必要となる。そうした課題にAirbnbとして何ができるか。そう考えた時に出合ったのがこの町だった。林業や醸造業など、観光客を惹きつける地場の産業が残る。手仕事に秀でた職人もいる。春に満開となる吉野桜など、自然にも恵まれている。観光資源が眠り潜在的なニーズは間違いなくあるが、それを生かし発信する場がない。吉野杉の家を、そうした課題解決型のモデルケースにしたい」

 吉野杉の家は、吉野町の林業従事者が伐採した吉野杉を用い、吉野町の大工の手で建てられた。建造に際しては、建材としての吉野杉の特性を知る地元の人々が代々受け継いできた知識を活用している。ゲストをもてなす家のホスト役は、地域のコミュニティが担う。1階部分の大きく開け放たれた窓と縁側は、来訪者と地域の人々の活発な交流の場としても機能させる狙いがあるという。

「吉野町だけでも数百軒の空き家がある。一から家を建てるだけではなく、吉野杉の家で提案するモデルを参考に、空き家の再生など地域を活性化できればと考えている。他の日本の地方もそうだし、同様の問題を抱える韓国や中国、欧州でも布衍できる試みだと思う」

 もちろん、理想と現実は違う。実際に観光客が訪れるのか、地域コミュニティはスムーズに機能するのか、正味の経済効果はいかほどか――稼働して初めて見えてくる課題も多いだろう。だが、潜在的な企業価値の評価額が300億ドルに達し、飛ぶ鳥を落とす勢いで成長するAirbnbが過疎問題に挑むことに意味がある。成否も含めたその行方を、しばらく注視していきたい。



安藤智彦(本誌記者)

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