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極右を選対トップに据えたトランプの巻き返し戦略

ニューズウィーク日本版 2016年8月18日 18時8分

<トランプの土壇場の選対人事を見てわかるのは、トランプは大統領選に向けてより穏健により大統領らしくなるのではなく、ますます過激になろうと望んでいることだ>

「私は私だ。変わる気はない」──16日にウィスコンシン州で地元テレビ局の取材を受けた米共和党の大統領候補ドナルド・トランプは、こう居直った。

 大統領選本選が近付けば、トランプも中道寄りに軌道修正して過激な発言を控えるだろう――共和党主流派のかすかな望みは、17日にトランプ陣営から予想外の人事が発表されて吹き飛んだ。トランプが選対本部の新たな責任者に指名したのは保守系ニュースサイト「ブレイトバート・ニュース」のスティーブ・バノン会長。知る人ぞ知る極右のポピュリストだ。

 バノンはしばしば陰謀論を振りかざし、ワシントンの既成政治を激しく攻撃してきた。トランプびいきでもある。記者がトランプに関する記事を書くと自ら「検閲」し、不都合な箇所は削除するという。また今年3月、同サイトの女性記者(後に辞職)がトランプ陣営の当時の選対本部長コーリー・ルワンドウスキを暴行容疑で訴えたときは、バノンは自社の記者を守るよりルワンドウスキの肩を持った。

助言にキレたトランプ

 トランプ陣営は今回のトップ刷新を「選挙戦の立て直し」と呼ぶのを避けているが、最近の支持率低迷を受けて仕切り直しを狙ったのは明らかだ。バノン起用の一方で降格されたポール・マナフォート選対本部長は、職にはとどまるもののバノンCEOに仕えることになる。

【参考記事】トランプの選挙戦もこれで終わる?「オバマはISISの創設者」

 共和党のベテラン選挙参謀であるマナフォートが降格された意味は大きい。昨日は、ウクライナの親ロシア派と強固な結びつきを持つマナフォートがウクライナの前政権から巨額の資金を受け取ったという疑惑も報道されたが、降格の直接の原因は他にありそうだ。ワシントン・ポストがその辺りの事情を次のように伝えている。
ポール・マナフォートはここ数カ月、トランプの主張を本選に向けてより穏健なものにすることに取り組んだきた。その努力は、トランプの衝撃的な人事で終止符を打った。

 マナフォート降ろしの意味するところは明らかだ。トランプは同じ考えを共有する仲間たちと、自分のやり方で大統領選を戦い抜くと決めたのだ。側近によれば、トランプはマナフォートを尊敬してはいるものの、自分をよく知らない人間に「型にはめられ」「コントロールされる」ことに苛立ちを募らせていた。集会やメディアを通じて、有権者の熱狂を盛り上げることに注力したがっていたという。

【参考記事】トランプには「吐き気がする」──オランド仏大統領



「トランプはトランプらしく!」――バノンの起用は、マナフォートの前任者ルワンドウスキが推し進めていた戦略への回帰を意味する。ポール・ライアン下院議長やミッチ・マコネル上院院内総務ら共和党主流派はこの戦略を嫌っている。イラクで戦士した米兵の遺族であるカーン夫妻を侮辱するなどトランプの暴走に頭を抱えている共和党主流派にとって、バノン起用は「悔い改める気なし」というトランプの挑戦状だ(共和党全国委員会はトランプ陣営への資金援助の差し止めを検討していると伝わる。もしそうなれば、トランプも考えを改めるかもしれないが)。

【参考記事】戦死したイスラム系米兵の両親が、トランプに突きつけた「アメリカの本質」

 バノンがどんな人間か政界ではよく知られている。海軍の将校でゴールドマン・サックスで投資銀行業務を行った経験があり、人気コメディー『となりのサインフェルド』に出資して財を成したとされる。ブルームバーグ・ビジネスウィーク誌は昨秋、バノンを特集で紹介した。そのタイトルは、「この男はアメリカで最も危険な政界の仕掛人」。

 バノンはブレイトバートで政界エリートを叩いてきただけではない。フロリダ州のNPO「政府説明責任研究所」の共同設立者として反クリントン・キャンペーンを展開してきた。この研究所が世に問うたのが『クリントン・キャッシュ』だ。クリントン夫妻がクリントン財団という慈善団体を通じて外国政府や企業から巨額のカネを集めたカラクリを暴いた調査報告書には杜撰な記述もあるが、資料としての価値はある。この報告書は昨年出版され、映画化されて幅広い層に衝撃を与えている。

 ありのままの「正攻法」で攻めるという決意でバノンを雇い入れたトランプは、昨日までのトランプより手強くなるのだろうか。



ジョシュ・ブアヒーズ

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