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リオ五輪でプロポーズが大流行 「ロマンチック」か「女性蔑視」か

ニューズウィーク日本版 2016年8月19日 18時31分

<おめでたい公開プロポーズが男女差別? 日本人にはわかりにくいイギリス人の論理を探る> (写真は、3メートル板飛び込みの表彰式で銀メダルを受け取った中国の何姿選手に、チームメイトの秦凱がプロポーズしたところ)

 リオ五輪で公開プロポーズを行うカップルが相次いでいる。テレビカメラを通じてプロポーズの様子が世界中の視聴者に流れた。「ほほえましい」、「ロマンチック」と言うポジティブな声が上がる一方で、「時と場所をわきまえるべき」と言う辛口の意見や、一部では「女性蔑視」という批判も出ている。賛否両論を英メディアの報道から追ってみた。

 五輪を利用しての公開プロポーズは聖火リレーの時に始まった。ブラジルでは「恋人たちの日」として知られる6月12日、リレーに参加した男性ロメウ・マトスさんが前走者のサミア・タリアニ・シウヴァさんにプロポーズ。マトスさんの求婚は無事、受け入れられた。マトスさんのプロポーズまでの準備に聖火リレー組織委員会やスポンサーが協力したという。

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 8月5日、大会が始まった。8日、ラグビー7人制女子の競技会場で、大会関係者の女性マジョリー・エンヤさんがブラジル人選手イザドラ・セルロさんにマイクを使ってプロポーズ。ブラジルでは同性婚が事実上合法だ。二人が嬉しそうにキスをする場面が世界中に伝わった。

 その後も続々とプロポーズを公にするカップルが続き、15日には男子20キロ競歩で6位に入賞した英選手トム・ボスワース氏がリオのコパカバーナ・ビーチでボーイフレンドのハリー・ディンリー氏の前でひざまずき、求婚している写真をツイートした。そのツイートには「答えはイエスだった!!」と書かれていた。後に、ディンリー氏は指輪の写真を入れて、「イエスだよ」とツイートした。ボスワース氏がこれをリツイートしたのは言うまでもない。英国では同性婚が法制化されている。

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 同じ日、女子馬場馬術個人自由演技で金メダルのシャーロット・デュジャディン選手が恋人の男性ディーン・ゴールディング氏に公開求婚された。カメラが観客席にいた恋人をとらえると、彼は「これで結婚してくれる?」と書いた紙をTシャツにセロハンテープで留めていたー後で聞くと既にプロポーズしていたそうだが。

 16日、陸上男子3段跳び決勝で銀メダルを獲得した米選手ウィル・クレイ氏が、メダル獲得後観客席に行き、婚約者でハードル選手のクイーン・ハリソン氏にプロポーズ。

 今後も「求婚ラッシュ」はまだまだ続きそうだ。

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中国選手同士の例に賛否両論

 いずれの場合も公開プロポーズには祝福の声が上がったが、もっとも注目を浴びた中国の選手のプロポーズが賛否を呼んだ。

 女子3メートル板飛び込みに出場し、銀メダルを得た中国の何姿選手がチームメートの男性選手秦凱氏にプロポーズされたのは14日だった。



 そのやり方が実にドラマチックだった。秦選手は男子シンクロ3メートル板飛び込みで、前の週に銅メダルを獲得している。14日、何選手が銀メダルを首にかけた直後、そばに寄ってきたのが秦選手。ダイヤモンドの指輪が入った赤いケースを手にした秦選手は、何選手を抱きしめて耳元に向けて言葉をつぶやいた。「何かが起きるぞ!」会場の聴衆は二人から目を離せない。

 秦選手は何選手から体を離し、肩膝をついた状態でプロポーズの言葉を語り出す。まるで映画の一場面だ。何選手は、秦選手と向かい合って一言一言を聞きながら涙をためてゆく。

 秦選手が最後の言葉を言い終わって、赤いケースを高く掲げると、何選手はうなずいた。聴衆から歓声が上がる。指輪を箱から取って何選手の指にはめてあげる秦選手。歓声がさらに大きくなる。思わず胸が熱くなるような感動的な光景である。

 会場内の大きな歓声に包まれる二人。「なんてロマンチック!」「おめでとう!」──この場面をテレビで見ていた多く人もそう思ったに違いない。

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 ところが、BBCが中国最大のソーシャルメディア「ウェイボー(微博)」から拾ったところによれば、「何選手が人生を変えるような、プライベートな出来事について決定をする瞬間をこのような形で公にするなんて、とんでもない大きなプレッシャーを何選手に与えたことになる」と指摘した人がいた。

「女性蔑視」?

 BBCニュースのフェイスブックのページには、このプロポーズについてたくさんのコメントが寄せられた。内容は多岐にわたったものの、複数の人が指摘したのがメディア報道は「性差別的だ」と言う点だった。

 つまり、プロポーズのくだりを大きく扱うことで、何選手が銀メダルを取ったというスポーツの功績部分が軽く扱われてしまった、というのである。プロフェッショナルな選手としての部分ではなく、女性と言う部分に焦点が当てられたことで何選手は矮小化された存在になった、と。

 ロンドンに住む英女性作家サニー・シン氏がツイートで語ったところによれば、公開の場での男性選手による女性選手へのプロポーズは男性中心主義の典型ではないか、という。BBCの取材に対し、シン氏はさらにこう説明する。

「男性中心主義の動きだと思う。ロマンチックというものではない。相手をコントロールしようという動きだ。『あなたは五輪のメダルを獲得したかもしれないけど、あるいは会社ではCEOだったり、宇宙船を作ったかもしれないけど、一番重要なのは君が私の妻であるということなんだよ』と言いたいのではないか」。



 シン氏は秦選手がメダル授賞式の後という時を選んだことにも批判的だ。「あんな場所で、プロポーズを拒絶するのはすごく勇気がいる。女性は誰にでも親切に、ノーと言わないようにしつけられてきたので、なおさらだ」。不当だ、つまりは女性蔑視だというわけである。

 一方、ガーディアン紙の取材に答えた、チャリティー団体「リレート」のガープリー・シン氏は別の見方をする。「相手をコントロールしようという感じではなかったと思う。普通、男女のカップルでは男性側が女性にプロポーズするものだし、今回の件が男性中心主義だったとは言えない。重要なのは当人同士が納得のいく形だったかどうかだ」。

 ソーシャルメディアの普及によって、プライベートな事柄を公にしシェアすることが日常的になった。これが五輪に限らず公開プロポーズの流行の背景にある、と同氏は続ける。

少数意見が大事な理由は

 17日午後、筆者がBBCのフェイスブックのページで「中国人選手のプロポーズはロマンチックだったか、あるいは男性側のコントロールを表していたか」という見出しがついた記事のコメントを見てみると、コメント総数は2900個に上っていた。

 とても全部は見切れないが、数十のコメントを眺めていると、「ロマンチックだった」という人もいれば、「どちらにも該当する」と言う人もいた。どちらかというと、プロポーズを肯定的にとらえている人が多い印象を持った。

 それでも、何人かに一人の割合で「あれほどプレッシャーのかかる場所でやらないほうがよかったのではないか」と言う慎重派もいた。

 筆者が見た限りでは「男性中心主義の表れ」として性差別の観点からとらえている人は少なかった。

 また、五輪プロポーズラッシュには男性同士、あるいは女性同士のカップルも含まれている現在、性差別という観点のみから公開プロポーズ問題を語ることの意味は、今後、薄まりそうだ。

 ただ、たとえ少数意見ではあっても、「女性蔑視に見える」、「男性中心主義の表れだ」、「スポーツの功績を軽んじさせる」、「イエスと言わせるように圧力が働くからフェアではない」という見方を持つ人がいることを知ることは重要だと筆者は思う。

 というのも、国内では史上二人目の女性宰相が誕生している英国だが、大企業の経営幹部の中に女性が占める割合は男性に追いついておらず、いわゆる「ガラスの天井」はまだ存在しているからだ。制度上は男女平等であり、日本と比較すれば「女性はこうあるべき(あるいは男性はこうあるべき)」という伝統的考え方が崩れているものの、「見えない・意識しにくい性差別・偏見」は存在する。



 多くの人には認識されなくても実は性差別である場合、これをどうやって取り除いて差別のない社会を作っていくのか?これが女性あるいは性的少数者の大きな課題だ。

 中国人男性選手の女性選手への公開プロポーズが「メダル獲得をするほどの業績を成し遂げた何選手」を「俺の」女というくくりに矮小化する動きとして、英国では受け止める人がいる。これが現実だ。

 日本からすると、男性選手の女性選手への公開プロポーズが「女性蔑視」という見方にまで何故エスカレートしてしまうのかと不思議に思われるかもしれないが、ガラスの天井や性差別への感度が高い(高すぎる)から、とも言えよう。

 そして、例え極端すぎる、あるいは敏感すぎる反応だとしても、こうした指摘を一つずつ見てゆくことで、多くの人が意識しない性差別を取り除いていくことができるのではないか。だからこそ、BBCもこの話題を取り上げたのではないかと筆者は思う。

[執筆者]
小林恭子(在英ジャーナリスト)
英国、欧州のメディア状況、社会・経済・政治事情を各種媒体に寄稿中。新刊『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス(新書)』(共著、洋泉社)

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

小林恭子(在英ジャーナリスト)

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