<反安保法制、反原発のデモに積極参加するシニア世代に焦点を当てた『シニア左翼とは何か』によれば、シニア左翼には4つのタイプがある。また、彼らの大半は若いSEALDsの活動を新鮮に感じ、評価しているが、一方で評価しない人たちも2割おり「生ぬるい」「政治家とつるむな」などと考えているという>
『反安保法制・反原発運動で出現――シニア左翼とは何か』(小林哲夫著、朝日新書)は、反安保法制、反原発などに関する国会前デモに積極的に参加する60、70代のシニア世代に焦点を当てた新書。その定義や傾向にはじまり、SEALDsとの関係性、思想、行動、そして将来と、非常に緻密な取材がなされている。
私自身、かつて野田政権時の脱原発デモに参加した時点で、いちばん印象に残ったのがシニア世代の多さだった。もちろん大学生を筆頭とする若者の姿も多かったのだけれど、それでも「若い子のほうが少ないのではないか?」と感じてしまうほど彼らの存在感は際立っていたのだ。だからこそ、本書の意図するものはすぐに理解できた。
2011年の原発事故以降、このように多くのシニア世代が政府中枢機関の近くで政策撤回、政権打倒を訴えるようになった。日本でこんな光景はこれまであっただろうか。よく引き合いに出される60年安保も、シニア世代はこれほどいなかった。学生、労働者など20〜30代が多かった。 それが現在、60年安保のとき20代だった人たちが70代として国会前に現れ、それより10歳若い69年全共闘世代が60代になって集会に参加している。まさに、シニア世代が市民運動を盛り上げているのだ。 安倍政権打倒を訴えて集会、デモに参加するシニア世代。かれらを「シニア左翼」と呼ぶことにしよう。(25ページ「第1章 社会運動のニューウェーブ」より)
左翼を定義づけるには18世紀までさかのぼる必要があるが、ここでいう左翼は、平たくいえば現政権に対する改革派、現政権を厳しく批判してトップの交代を求める反体制勢力だという。もちろんそのなかには資本主義体制の堅持を主張する人、あるいは社会主義体制への移行を訴える人などもいるわけだが、ここでの左翼の基準はあくまで「反政権」「反政策」。つまり現在の日本におけるシニア左翼といえば、「安倍政権の政策に反対して政権打倒を訴える人たち」ということになる。
【参考記事】安保法案成立後の理性的な議論のために
また、65歳以上の前期高齢者が「69年全共闘世代」、75歳以上の後期高齢者が「60年安保世代」と一般に位置づけられてはいるものの、それでも「シニア」(年長の)という区分けには曖昧な部分がある。そこで著者は本書において、企業や役所が定年とする「60歳」をシニア世代の最年少としている。
そう考えればシニア左翼とは、60歳以上で反体制運動に関わっている人たちということになるが、シニア左翼になる経緯、きっかけは4つのタイプに分けられるという。
まずは若いころから左翼的な運動を経験し、60歳を超えた今日まで続けている「一貫組」。だが、これ自体がさらに3つに分けられるそうだ。1つは、革命を目指している党派に属する職業革命家、新左翼党派の「中核派」や「解放派」の現役活動家たち。次は、日本共産党や旧社会党の政治家、労働組合の専従活動家。最後は、党派や労働組合とは離れているものの、シンパとして活動を続けている人たち。表立って活動しないものの、1960年代のベトナム戦争や1990年代の湾岸戦争に反対するなど、一貫して反戦運動を行っていた人たちである。
そして2つ目のタイプは、「復活組」。かつて社会運動をしていたが就職してから政治とは一切縁を切ることに。しかし60歳を過ぎて定年となり、再び政治活動をはじめた人たちだ。復活のきっかけが原発事故だったということにも納得できるが、上野千鶴子、内田樹、高橋源一郎などもここに含まれ、学者に多いタイプだという。
次は、その時々に起こった出来事に反体制的、反権力的な意見を表明する学者、作家、評論家、ジャーナリスト、俳優、ミュージシャンなどの著名人からなる「『ご意見番』組」。メディアや集会などで積極的に発言してきた市井の人たちも含み、自民党など保守政党を支持せず、旧社会党、民主党、日本共産党を支持してきた人々。
「初参戦組」は、60歳を超えて初めて左翼的な運動、発言をした人たち。過去に学生運動、労働運動、市民運動の経験は一切なく、しかし孫の代になる10代の子たちの将来を考えると、原発再稼働は認められず、「戦争につながる」安保関連法案は許せないと考える人たちだ。
そして、すべてのタイプに共通しているのが、「残りの人生をかけて運動を行いたい」とする熱血派が多いことだとか。彼らの多くは自分たちの孫やひ孫にあたる世代のSEALDsに強く共感しており、そのことは「なぜ『SEALDs』に熱くなるのか」と題した第2章で深く掘り下げられている。だが当のSEALDsにはそうした意識は希薄で、「熱血派」であるかないかという点において、シニア左翼世代とSEALDs世代とには大きな隔たりがあるだろう。
【参考記事】SEALDs時代に「情けない思いでいっぱい」と語る全共闘元代表
ただし、そうはいってもシニア左翼世代がSEALDsの活動を新鮮に感じていることには大きな意味があるはずだ。この章で著者は、シニア世代100人にSEALDs評を聞いているが、そこにも評価の声が多い。
「おしゃれで、かわいくていい」「一生懸命に勉強している」「礼儀正しく謙虚」「全共闘世代がなぜ敗北したか、SEALDsの登場でわかった。われわれはSEALDsを見て反省すべき」(60ページより)
SEALDsのことを「評価する理由」のなかにこのような意見を発見すると、彼らが下の世代からなにかを感じ取り、学び、受け入れていることがわかる。それは、とてもいいことだと思う。
しかしその一方、評価する理由として「むかしを思い出して血が騒いでしまう」というような人がいたりするのも事実だ。また、SEALDsを評価しない人が明らかにしている「理由」を見ると、少なからずがっかりしてしまうことも否めない。
「とにかく国会に突っ込むべき」「運動として生ぬるい」「礼儀正しすぎて若者らしい無鉄砲さがない」「『民主主義を守れ』はおかしい。戦後民主主義は欺瞞に満ちており、疑ってかからなければならない。われわれ全共闘世代はそれを否定したところに運動の源があった」「政治家とつるむのはもってのほか」「コールではなく、シュプレヒコールである。『フライヤー』ではなく『ビラ』だ。われわれは闘うぞ、を言わなければ運動が盛り上がらない」(60~61ページより)
評価しない人が2割だったということがせめてもの救いだが、少数でもこういう人がいるからだめなのだと強く感じる。「国会に突っ込め」「生ぬるい」などの発言からは彼らがいまだ「学んでいない」ことがわかるし、「『フライヤー』ではなく『ビラ』だ」など、くだらないところにこだわる視野も、情けなくなるほど狭い。
SEALDsに感化され、そこに新たな姿勢を見出そうとしている人たちがいる一方、たとえ少数とはいえ、「まだ昔のまんま」の人たちもいる。率直にいって私は、シニア左翼の動き自体には共感するところが多いし、イデオロギー的には自分もそちら側だろうと認識している。だからこそ、「昔のまんま」の人たちが、そうではない人たちの足を引っぱる可能性もあるのではないか、つまり、問題があるとすれば彼らだ――そんなことが、どうしても頭から離れなかった。
もちろんそれは、本書の完成度の高さとはまったく別の話なのだけれど。
『反安保法制・反原発運動で出現――
シニア左翼とは何か』
小林哲夫 著
朝日新書
[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に、「ライフハッカー[日本版]」「Suzie」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、多方面で活躍中。2月26日に新刊『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)を上梓。
印南敦史(作家、書評家)
『反安保法制・反原発運動で出現――シニア左翼とは何か』(小林哲夫著、朝日新書)は、反安保法制、反原発などに関する国会前デモに積極的に参加する60、70代のシニア世代に焦点を当てた新書。その定義や傾向にはじまり、SEALDsとの関係性、思想、行動、そして将来と、非常に緻密な取材がなされている。
私自身、かつて野田政権時の脱原発デモに参加した時点で、いちばん印象に残ったのがシニア世代の多さだった。もちろん大学生を筆頭とする若者の姿も多かったのだけれど、それでも「若い子のほうが少ないのではないか?」と感じてしまうほど彼らの存在感は際立っていたのだ。だからこそ、本書の意図するものはすぐに理解できた。
2011年の原発事故以降、このように多くのシニア世代が政府中枢機関の近くで政策撤回、政権打倒を訴えるようになった。日本でこんな光景はこれまであっただろうか。よく引き合いに出される60年安保も、シニア世代はこれほどいなかった。学生、労働者など20〜30代が多かった。 それが現在、60年安保のとき20代だった人たちが70代として国会前に現れ、それより10歳若い69年全共闘世代が60代になって集会に参加している。まさに、シニア世代が市民運動を盛り上げているのだ。 安倍政権打倒を訴えて集会、デモに参加するシニア世代。かれらを「シニア左翼」と呼ぶことにしよう。(25ページ「第1章 社会運動のニューウェーブ」より)
左翼を定義づけるには18世紀までさかのぼる必要があるが、ここでいう左翼は、平たくいえば現政権に対する改革派、現政権を厳しく批判してトップの交代を求める反体制勢力だという。もちろんそのなかには資本主義体制の堅持を主張する人、あるいは社会主義体制への移行を訴える人などもいるわけだが、ここでの左翼の基準はあくまで「反政権」「反政策」。つまり現在の日本におけるシニア左翼といえば、「安倍政権の政策に反対して政権打倒を訴える人たち」ということになる。
【参考記事】安保法案成立後の理性的な議論のために
また、65歳以上の前期高齢者が「69年全共闘世代」、75歳以上の後期高齢者が「60年安保世代」と一般に位置づけられてはいるものの、それでも「シニア」(年長の)という区分けには曖昧な部分がある。そこで著者は本書において、企業や役所が定年とする「60歳」をシニア世代の最年少としている。
そう考えればシニア左翼とは、60歳以上で反体制運動に関わっている人たちということになるが、シニア左翼になる経緯、きっかけは4つのタイプに分けられるという。
まずは若いころから左翼的な運動を経験し、60歳を超えた今日まで続けている「一貫組」。だが、これ自体がさらに3つに分けられるそうだ。1つは、革命を目指している党派に属する職業革命家、新左翼党派の「中核派」や「解放派」の現役活動家たち。次は、日本共産党や旧社会党の政治家、労働組合の専従活動家。最後は、党派や労働組合とは離れているものの、シンパとして活動を続けている人たち。表立って活動しないものの、1960年代のベトナム戦争や1990年代の湾岸戦争に反対するなど、一貫して反戦運動を行っていた人たちである。
そして2つ目のタイプは、「復活組」。かつて社会運動をしていたが就職してから政治とは一切縁を切ることに。しかし60歳を過ぎて定年となり、再び政治活動をはじめた人たちだ。復活のきっかけが原発事故だったということにも納得できるが、上野千鶴子、内田樹、高橋源一郎などもここに含まれ、学者に多いタイプだという。
次は、その時々に起こった出来事に反体制的、反権力的な意見を表明する学者、作家、評論家、ジャーナリスト、俳優、ミュージシャンなどの著名人からなる「『ご意見番』組」。メディアや集会などで積極的に発言してきた市井の人たちも含み、自民党など保守政党を支持せず、旧社会党、民主党、日本共産党を支持してきた人々。
「初参戦組」は、60歳を超えて初めて左翼的な運動、発言をした人たち。過去に学生運動、労働運動、市民運動の経験は一切なく、しかし孫の代になる10代の子たちの将来を考えると、原発再稼働は認められず、「戦争につながる」安保関連法案は許せないと考える人たちだ。
そして、すべてのタイプに共通しているのが、「残りの人生をかけて運動を行いたい」とする熱血派が多いことだとか。彼らの多くは自分たちの孫やひ孫にあたる世代のSEALDsに強く共感しており、そのことは「なぜ『SEALDs』に熱くなるのか」と題した第2章で深く掘り下げられている。だが当のSEALDsにはそうした意識は希薄で、「熱血派」であるかないかという点において、シニア左翼世代とSEALDs世代とには大きな隔たりがあるだろう。
【参考記事】SEALDs時代に「情けない思いでいっぱい」と語る全共闘元代表
ただし、そうはいってもシニア左翼世代がSEALDsの活動を新鮮に感じていることには大きな意味があるはずだ。この章で著者は、シニア世代100人にSEALDs評を聞いているが、そこにも評価の声が多い。
「おしゃれで、かわいくていい」「一生懸命に勉強している」「礼儀正しく謙虚」「全共闘世代がなぜ敗北したか、SEALDsの登場でわかった。われわれはSEALDsを見て反省すべき」(60ページより)
SEALDsのことを「評価する理由」のなかにこのような意見を発見すると、彼らが下の世代からなにかを感じ取り、学び、受け入れていることがわかる。それは、とてもいいことだと思う。
しかしその一方、評価する理由として「むかしを思い出して血が騒いでしまう」というような人がいたりするのも事実だ。また、SEALDsを評価しない人が明らかにしている「理由」を見ると、少なからずがっかりしてしまうことも否めない。
「とにかく国会に突っ込むべき」「運動として生ぬるい」「礼儀正しすぎて若者らしい無鉄砲さがない」「『民主主義を守れ』はおかしい。戦後民主主義は欺瞞に満ちており、疑ってかからなければならない。われわれ全共闘世代はそれを否定したところに運動の源があった」「政治家とつるむのはもってのほか」「コールではなく、シュプレヒコールである。『フライヤー』ではなく『ビラ』だ。われわれは闘うぞ、を言わなければ運動が盛り上がらない」(60~61ページより)
評価しない人が2割だったということがせめてもの救いだが、少数でもこういう人がいるからだめなのだと強く感じる。「国会に突っ込め」「生ぬるい」などの発言からは彼らがいまだ「学んでいない」ことがわかるし、「『フライヤー』ではなく『ビラ』だ」など、くだらないところにこだわる視野も、情けなくなるほど狭い。
SEALDsに感化され、そこに新たな姿勢を見出そうとしている人たちがいる一方、たとえ少数とはいえ、「まだ昔のまんま」の人たちもいる。率直にいって私は、シニア左翼の動き自体には共感するところが多いし、イデオロギー的には自分もそちら側だろうと認識している。だからこそ、「昔のまんま」の人たちが、そうではない人たちの足を引っぱる可能性もあるのではないか、つまり、問題があるとすれば彼らだ――そんなことが、どうしても頭から離れなかった。
もちろんそれは、本書の完成度の高さとはまったく別の話なのだけれど。
『反安保法制・反原発運動で出現――
シニア左翼とは何か』
小林哲夫 著
朝日新書
[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に、「ライフハッカー[日本版]」「Suzie」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、多方面で活躍中。2月26日に新刊『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)を上梓。
印南敦史(作家、書評家)