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実情と乖離した日本の「共産主義礼賛」中国研究の破綻

ニューズウィーク日本版 2016年8月23日 16時10分

<習政権の弾圧はついに親中派の日本人にも及んだ。日本の中国研究の、非現実と無批判が支配する中国論は、曲がり角に差し掛かっている>

「正面からの反論よりも、無視されるのが怖い」

 これはある中国人知識人が日本の中国研究の壁にぶつかって漏らした感想だ。彼は漢民族出身で、北京にある政府系のシンクタンクの研究員だった。労働者の待遇改善を求めて、工会(組合)活動に参加したところで逮捕されそうになった。東南アジア経由で日本に入国し、事実上の亡命生活を送っていた。

 シンクタンクで培った彼の長年の実地調査の成果は、日本の中国理解に有用なものばかり。そこでいくつかの日本の大学で研究成果を披露したが、「個別事例にすぎない」と教授らに言われた。膨大な内部資料を並べて論理的に説明しても、彼らは「そんなものは見たこともない」と、真摯に耳を傾けようとはしない。

 日本人研究者から完全に冷遇され、大いに失望した彼は、「中国共産党よりも日本の中国研究者のほうが、中国の実情に向き合おうとしない」と言い残して、つい最近、第三国へと出国していった。

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 現地の実情とは乖離した研究と中国共産党政権への無批判は、日本の「中国学」の伝家の宝刀だ。日本人の中国研究者の大半は現地の農山村や労働現場に入ったこともないし、行く気すらない。中国共産党の息がかかった「日中友好団体」を通して、「日中友好人士」としてたまに北京や上海といった大都市を観光。現地で小遣いをもらい、高級中華料理に舌鼓を打ち、上等な茅台(マオタイ)酒にふける。

 帰国後は、「日中友好交流を促進する」として、現実の中国社会に関する情報を隠蔽し、客観的な中国研究の成果を敵視する。すべては自己保身のためだ。

中国政府の代弁者も弾圧

 日本の大学には、こうした「日中友好交流」を経営上必要とするところもある。少子化で学生集めに苦労しているような、魅力のない大学だ。中国でまともな学校を出ておらず、偽造書類で学歴を偽った人たちを大量に受け入れて経営難を乗り切ろうとする。こうした経営者は持続的に学生を確保したいが故に、声高に「日中友好」を叫ぶが、客観的な中国研究には無関心だ。

 研究者の自己保身と大学の経営難。こうした理由から、多くの大学に中国語や中国文化を教える教授陣がいても、彼らが黒板に描くのはどこにも存在しない「想像上の美しい中国」だけだ。



 打算的で、利益優先の中国研究をイデオロギー面で支えているのは、日本独特の左翼思想とマルクス主義的精神文化だ。19世紀末の明治維新の直後からどの国よりも多数のマルクスやレーニンの著作を翻訳した日本には、ソ連と中国以上に強い共産主義礼賛の伝統がある。共産主義の危険な思想を広げる運動家やアナーキストでさえも、「象牙の塔」に守られてきた。

 彼らの弟子たちはずっと、日本の有名大学の主要なポストを独占することができた。彼らにとって、ソ連が崩壊した後は唯一、中国だけが「憧憬の地」であり続けてきた。

「理想の共産主義国家」には労働者問題はあってはいけないし、人権弾圧の事実もあるはずはない。ましてやチベット人やウイグル人、モンゴル人が主張するような民族問題なども、「文明人と夷狄(いてき、野蛮人)」の対立という漢民族史観で中国を研究してきた日本の中国研究者は耳を貸さない。

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 こうして中国の本質を知る中国人の研究を日本は無視してきた。だが先月には「日中友好」を献身的に支えてきた日中青年交流協会の鈴木英司理事長がスパイ容疑で中国当局に拘束された。日本人だけではない。日本の大学に勤めながらも、常に北京当局を擁護する発言を繰り返し、中国政府の代弁役を演じてきた人物も昨年までに、複数名拘束される事件が発生している。

 むやみに中国を称賛せずに現実のわが国を見よ、と習政権がメッセージを送っている――そんなわけはあるまいが、純朴な日本人はまだ夢から覚醒していないところが悲しい。

[2016.8.23号掲載]
楊海英(本誌コラムニスト)

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