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ブレグジットで泣くのはEUだ 欧州「離婚」の高すぎる代償

ニューズウィーク日本版 2016年8月24日 15時30分

<経済でも外交でもイギリス頼みなのがEUの現状。結局EU離脱で得をするのはイギリスなのだから、EUは離脱を早まることなく共存の道を探るべきだ>(写真はEU離脱に反対するイギリスの人たちのデモ)

 ブレグジット(イギリスのEU離脱)をめぐるイギリスやEUやグローバル市場の大騒ぎは、かなり的外れだ。優秀な経済評論家や市場アナリストの中にも認識不足が見受けられるが、実はブレグジットは「二者択一」ではない。

 私のみるところ(この段階では推測の域を出ないが)、結局はイギリスが得をするだろう。実際、EU本部ではひた隠しにされている恥ずべき秘密がある。それは、イギリスとEUの「離婚」に際してはイギリスが有利、というものだ。

 従ってイギリスの新政権は、離脱交渉については王道を行く、つまり長期戦に持ち込むのが得策だ。内圧や外圧に屈して離脱を早まってはならない。あくまでもマイペースを貫き、慎重かつ毅然と行動する必要がある。

【参考記事】ブレグジット後も、イギリスは核で大国の地位を守る

 EU離脱を支持した6月の国民投票の結果は、政治的・道徳的な拘束力はあっても、それ自体には法的拘束力はない。リスボン条約(EUの基本条約)50条によれば、離脱手続きは加盟国が欧州理事会に離脱の意思を通告することで始まる。離脱通告は当事国の議会の正式決定もしくは憲法上の要件に従ったものでなければならない。

 そのためには、50条発動の是非を議会に諮る前に、EUとの交渉の土台となる本格的な戦略案を練るだけでなく、世界的な貿易・投資交渉のベテランを雇わなければならない。かつてのイギリスの交渉チームは、加盟国となってEUに骨抜きにされて久しい。

 世界第5位の経済国イギリスが、離脱交渉でEUよりも優位に立つ証拠をいくつか挙げてみよう。

 まず、イギリスには現在EU市民300万人が暮らしている。彼らが帰国すれば、EUの財政的・社会的負担は多大なものになるはずだ。現在の難民危機による政治的緊迫がさらに悪化するのは言うまでもない。

 教育についてはヨーロッパの大学ランキング上位10校中7校がイギリスの大学だ。他のEU加盟国でもとりわけ若い世代と、優秀な人材を引き寄せたい企業は当然この点を認識している。

 外交面ではイギリスは長年、国際外交の場でEUの権威ある意見の代弁者として世界的に絶大な信頼を集めてきた。そのイギリスが抜けた穴を埋められる国が果たしてあるかどうか。



 法的な面では、多くの国際金融契約が長年、イギリス系の英米法に基づいており、英語で表記されている。これらの制度や慣行が大幅にフランスやドイツなどヨーロッパ大陸系の大陸法に移行することになれば、弁護士は仕事が増えて大喜びだろうが、企業は相当な負担を強いられるだろう。

信頼不足はむしろユーロ

 最後に、イギリスは今後も世界の主要な金融センターであり続けるはずだ。世界の1日のデリバティブ(金融派生商品)取引高は9兆4000万ドル、その43%がロンドンで行われている。しかも英ポンド建てではない。実はイギリスではドイツとフランス(経済規模はそれぞれ世界第4位と第6位)を合わせた額の4倍に上るユーロ建て取引が行われている。

【参考記事】英議会、2度目の国民投票について9月に議論

 最近の報道によれば、オランダのアムステルダムやドイツのフランクフルトなど、EU加盟国の一部は、早くもロンドンからの企業の誘致に乗り出しているらしい。その戦術が裏目に出る可能性も十分ある。

 EUの経済成長にとって「金の卵を産むガチョウ」のロンドンがつぶれれば、後悔するのはEUだ。むしろギリシャやスペイン、ポルトガルを考えれば、EU全体の大規模な構造改革が実現しない限り、ユーロが機関投資家の信頼を得られるかどうか怪しいものだ。

 イギリスは今もこれからもヨーロッパの一部だ。距離にしてほんの30数キロ。これが地理的な現実だ。従って双方が引き続き共存の道を探らなければならないだろう。

 離婚しても家計は1つで、というのは虫がよ過ぎる。

[2016.8.23号掲載]
ハリー・ブロードマン(本誌コラムニスト)

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