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TPP推進派はもうオバマだけ

ニューズウィーク日本版 2016年8月25日 15時30分

<米民主・共和両党の大統領候補であるヒラリーとトランプも、盟友も重鎮もTPPには反対。果たしてオバマの在任中に議会の承認は得られるか>(写真は7月の民主党全国大会。ヒラリーは候補指名を得るためにTPP反対に傾いた)

 こんなはずではなかった。1年前には、TPP(環太平洋経済連携協定)の批准は簡単と思われていた。協定が発効すれば、世界経済の40%を占める巨大な自由貿易圏が誕生する。バラク・オバマ米大統領はこれを自らの経済政策のレガシー(遺産)と見なし、アジア重視の戦略を支える柱と位置付けている。

 長年の盟友ナンシー・ペロシ元下院議長を含め、民主党内には反対派が多いが、オバマは1年前に議会共和党の指導部と組んで、大統領に強い交渉権限を与える貿易促進権限法を成立させた。10月には署名式も済み、あとは自由貿易支持の共和党が多数を占める議会に批准してもらうだけ......のはずだった。

【参考記事】民主党大会でTPPに暗雲、ヒラリーが迷い込んだ袋小路

 それがどうだ。今は共和党の大統領候補ドナルド・トランプも民主党候補のヒラリー・クリントンも、TPPに反対している。両者ともTPPを悪者に仕立て上げ、いわゆるリーマン・ショック後の景気停滞で職を失い、その後の回復からも取り残されている中産階級や労働者階級からの支持を集めようとしている。

 トランプは自由貿易を信奉する党主流派を切り捨て、これまで米政府が署名してきた他の貿易協定にまで矛先を向けている。国務長官時代にTPPを支持してきたクリントンは、予備選でバーニー・サンダース上院議員に対抗するため、やむなく左旋回を強いられた。

 TPPに好意的だった議会の支持も減っている。共和党重鎮のミッチ・マコネル上院院内総務(タバコ葉の産地であるケンタッキー州選出)は、協定の最終文書にたばこ規制が盛り込まれたことで支持を取り下げた。ポール・ライアン下院議長もオバマに、法案を議会に提出しないよう求めている。

 最後の望みは11月の大統領選後に始まるレームダック(死に体)議会での短期決戦だが、これも民主党のハリー・リード上院院内総務から、勝ち目は薄いと警告されている。

 オバマも、自身の選挙戦ではNAFTA(北米自由貿易協定)などに反対していたが、大統領就任後は一貫して自由貿易を推進してきた。しかし今は保護主義と孤立主義の海で孤独に漂流している。

脱退は信頼性を傷つける

 今月初めオバマはTPP早期発効を望むシンガポールのリー・シェンロン首相との会談で、大統領選前の議会承認が難しいことを認めた上で「現職大統領は私で、私はTPPを支持している」と強調し、「大統領選が終わればTPPも政争の具ではなくなり、その内容に注目が集まるはず」だと語った。



 また「TPPには労働者の虐待や児童労働、野生生物の密輸、乱獲、森林破壊などの対策も盛り込まれている。TPP以上に労働者や環境に優しい通商協定はない」と論じ、批准に向けた「努力を続ける、支持は増えている」と強調した。

 これに対し、リーは(外国の首脳としては珍しく)オバマを諭すような口調で語り掛け、12カ国で5年間、内々で交渉を重ねてきたTPPをここで捨てたら、アメリカの信用はひどく傷つくだろうと忠告した。

「交渉の席に着いた貴国の同盟国や友好国は、それぞれに国内の政治的かつ微妙な反対論を押し切り、しかるべき政治的な犠牲を払い、ようやく協定をまとめ上げた。なのに土壇場で、もう結婚式場で待っているのに花嫁が来ないという事態になれば、たいそう失望する人がいるだろう」。リーはそう述べている。

【参考記事】TPPは上位1%のためにある

 かねてからオバマは、TPPのような広域的貿易協定を先に作らないと、中国にアジア域内のルール作りを許してしまうと主張してきた。それはピーターソン国際経済研究所のゲーリー・ハフバウアーがTPP破棄に伴う最大の危険と指摘する問題点と一致する。

「大きな穴が開いたのを見て、中国は大胆に主導権を握るべく、自国の市場を開放するような提案を持ち出してくるだろう」とハフバウアーは言う。現に中国は、TPPに対抗する東アジア地域包括的経済連携協定(RCEP)を提案している。

 大統領選後の短期間で風向きが変わり、年内にTPPが議会で承認される可能性はまだある。世論の動向はどうか。今年3月段階のピュー・リサーチセンターによる調査で、これまでの貿易協定がアメリカにとって良かったと思う人は51%、悪かったと思う人は39%だった。

 議会はどうか。大統領に優先交渉権を与える法案を採決した昨年6月段階で、下院は賛成218、反対208。上院は賛成60、反対38だった。

 この票差は維持できているだろうか。上院の雲行きは怪しいが、下院のライアン議長は今もTPPに前向きだ。共和党は自由市場の原則を守るという「党の魂のために闘う」と述べ、TPPのような貿易協定の重要性を強調した。「わが党が守るのは市場であって、産業界ではない。そういう党の魂のために、私は闘っている」とライアンは力説した。



 ちなみにハフバウアーは、オバマ在任中のTPP批准の確率を10%と推定し、その筋書きは3通りあるという。

 まずは、トランプが11月の本選挙で大敗した場合。トランプの勢いに押されてTPP反対に回っていた共和党下院議員のうち、40人ほどが支持に回帰すると見込まれるので、下院の承認は得やすくなる。

 第2のシナリオでは、勝利を決めたクリントンが議会に法案の可決を要請する。ただし法案に署名するのは、自分が大統領に就任してからという条件付きだ。そうすれば、夫のビルが93年の大統領就任後にNAFTAを修正したように、TPPにも彼女の色を加えられる。

 第3のシナリオでは、上下両院の指導部がついに理性を取り戻し、これ以上に有利な協定はなさそうだし、TPPをほごにすればアメリカは世界中で信用を失うということに気付く。

 ただし、どの筋書きも可能性は高くないという。そうであれば、アメリカがTPPを批准する日は、(来るとしても)遠い。

From Foreign Policy Magazine

[2016.8.30号掲載]
デービッド・フランシス

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