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トルコ軍の対ISIS越境攻撃はアメリカにプラス

ニューズウィーク日本版 2016年8月25日 19時10分

<トルコはアメリカが支援するシリアのクルド人武装勢力を敵対視しているが、それでも今回、トルコ軍が地上侵攻しISISの拠点を制圧してくれたことは、アメリカにとってもこの地域にとっても願ってもない収穫だ>  (写真は、かつてISISの支配下にあったトルコとシリアの国境地帯)

 アメリカの同盟国の軍隊がISIS(自称イスラム国、別名ISIL)掃討のため、ついにシリア領内に侵攻した。トルコ軍主導の地上部隊は24日早朝、ISISが2年半支配していたシリア北部のジャラブルスに侵攻、ほとんど反撃を受けずに制圧した。地上作戦の決行で、ISIS掃討戦はアメリカに有利な形勢になるとみられる。

 トルコがISIS掃討のためシリアに越境攻撃をかけたのは初めてだ。トルコ軍の戦車部隊と特殊部隊の支援を受けたシリアの反政府武装組織が国境地帯に残ったISISの最後の拠点ジャラブラスへ向けて大規模な軍事作戦を決行。米軍主導の有志連合も空爆で作戦を支援した。空からの援護は、米政府がトルコの介入を事前に了承していたことを示す。戦闘は数時間で終わり、トルコ軍は大したダメージも受けずに勝利を宣言した。この後は国境沿いに西に向かい、ISISの残党を一掃するとみられる。

結婚式でのテロが引き金に

 今回の作戦で、アメリカとトルコはシリア情勢の打開に向けて新たな協力体制を組んだ。だが、シリアへの直接介入に踏み切ったトルコの動機はアメリカの思惑とは必ずしも一致しない。そればかりか、ISIS掃討のためアメリカが支援してきたシリアのクルド人組織「民主連合党(PYD)」はトルコの敵だ。ISISと戦うPYDはアメリカにとっては味方でも、トルコではテロ組織とみなされている。それでも全体的には、アメリカにとっては歓迎すべき展開だ。ISIS掃討にとっても、アメリカとトルコの同盟関係にとっても、プラスになるだろう。

【参考記事】アメリカがトルコのクルド人空爆を容認

 ジャラブルス制圧作戦に参加した諸勢力にはそれぞれの思惑があった。トルコがISISを叩きたかったのは間違いない。ISISは国境地帯のトルコの町を砲撃したり、トルコ各地でテロを起こしたりしてきた。先週末にも南部の町ガジアンテップの結婚式会場でISISの犯行とみられる自爆テロが起き、54人の死者が出たばかりだ。だがそれ以上にトルコは、シリア北部で支配地域を拡大してきたアラブ系反政府勢力なども含めたPYD主導の軍事同盟シリア民主軍(SDF)に待ったをかけようとした。SDFは国境地帯に点在するクルド人地域を結び、クルド人国家を建設しようとしている。トルコのビナリ・ユルドゥルム首相は24日、国境地帯におけるクルド人国家建設の動きは断じて受け入れられないと語った。



 それにしてもなぜトルコは今になって介入を決めたのか。SDFは何カ月も前から支配地域を拡大していた。SDFを支援しているアメリカが、トルコとの国境に近づき過ぎないよう牽制してくれることを期待したのかもしれない。だが、SDFはユーフラテス川を渡って8月12日にシリア北部のマンビジを制圧、さらに西進を続けて、トルコ国境に近いエフリンを落としそうな形勢だった。トルコにとっては想定外で、慌てて越境攻撃に踏み切ったようだ。

アメリカはアサドよりISISを倒して欲しい

 いずれにせよ今回の動きは、これまでと打って変わってトルコが対ISIS掃討作戦に積極的に打って出る姿勢を示したもので、今後のトルコとアメリカの関係強化に役立つ。従来アメリカは、トルコが支援するシリアの反政府武装勢力との共闘には後ろ向きだった。シリアの独裁者バシャル・アサド大統領との戦争に巻き込まれかねないからだ。トルコ政府がテロ組織と見なすPYDをわざわざテロ組織の指定から除外し、対ISIS掃討で支援してきたのもそのためだ。

【参考記事】

 アメリカに必要なのは、ISISを打ち負かし、クルド人に懐疑的なアラブ系住民をなだめ、単なる武装組織としてではなく戦略的パートナーとして組むことができる同盟相手だ。だがトルコがアサド政権とPYDの掃討だけを目的に軍事作戦を展開する限り、アメリカの思惑は何一つ実現しない。もしトルコ政府が、ISIS掃討で中心的な役割を果たすことこそが、トルコ南部のクルド人独立勢力の動きを牽制しつつ、シリア北部のアラブ系住民の支持を得ることにつながるなら悪い話ではない、と考えたとしたら話は大きく変わってくる。

【参考記事】

 ジャラブルスでのISIS掃討作戦は、トルコ政府の戦略の変化やPYDの過度な勢力拡大、ISIS掃討のため仲間を増やしたいアメリカの思惑など、いくつかの要素が絡み合い実現した。トルコはジャラブルスに軍の一部を駐留させる可能性もあるが、おそらくシリアの反政府武装勢力に任せるだろう。ISISの反撃に耐えられれば、ジャラブルスはトルコが支援する反ISIS緩衝地帯の拡大に向けた出発点となる。トルコと反政府武装勢力との間の協力関係は強固になり、アメリカも支援できる。

 勢力図の変化は、シリア北部での戦いに重大な影響を及ぼす。短期的にはトルコとPYDの緊張が高まるかもしれず、アメリカはISIS掃討を念頭に、両者の関係を取り持つ必要に迫られるだろう。もっともアメリカは、トルコが敵対視するPYDではなく、NATOの同盟国であるトルコを支持するしかないのだが。



 ISISとの戦いでトルコとの同盟関係を確立できれば、米政府はクルド人勢力に対してより大きな影響力を行使できる。トルコを訪問したジョー・バイデン米副大統領は24日、PYDなどのクルド人勢力に向けて、ジャラブルスの東側に流れるユーフラテス川以西から撤退するよう呼びかけた。そこはまさに、トルコ軍の支援を受ける反政府武装勢力が勢力下に入れたがっている地域だ。米軍の軍事支援が必要なクルド人勢力は、アメリカの命令に従わざるをえないだろう。彼らの勢力拡張が抑制されれば、少なくともアメリカがシリア内戦への関与を続ける限り、トルコ政府とクルド人勢力との間の緊張は緩和される可能性がある。

【参考記事】トルコにあるアメリカの核爆弾はもはや安全ではない

 ジャラブルスの掃討作戦は、米・トルコ間の協力関係の強化につながり、シリア北部におけるアラブ系住民とクルド人の力関係を上手く調和させ、ISISとの戦いで一層優位に立つ布石となり得る。両国が親密な協力関係を保てば、シリアとトルコの国境沿いの地域の安定化にも資する。

 ただ、さらに南側では、いずれ反政府武装勢力がPYDや政府軍と戦いを繰り広げる危険性が高いため、事態はまだまだ複雑だ。シリア内戦で自国の思惑に沿う勢力を支援するトルコやアメリカ、ロシア、イランなどの国々は、対立の激化を回避するために全力を尽くさねばならない。だが現状で、トルコが対ISIS掃討作戦に本腰を入れ始めたことは、アメリカにとっては願ってもない収穫だ。

From Foreign Policy Magazine


ファイスル・イタニ

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