米国で、中程度の賃金の雇用が増加している。苦境が伝えられてきた中間層にとっては、久しぶりの朗報だ。
勢いを取り戻した中程度の賃金の雇用
「潮流が変わりつつある」──米ニューヨーク連銀のダドリー総裁は、8月18日の講演でこのように述べ、2013年から15年までの期間について、中程度の賃金の雇用者の増加数が、低賃金・高賃金の雇用者の増加数を上回ったことを明らかにした(図1)。教員や建設作業員、事務補助員などの雇用者が増加したという。
ダドリー総裁が「潮流」という言葉を使ったのには理由がある。
米国では、長らく中間層が就くような雇用の伸び悩みが問題視されてきた。ニューヨーク連銀の調査によれば、2010年から13年の期間に関しては、中程度の賃金の雇用者の増加数は、低賃金・高賃金の雇用者の半分程度にとどまった。1980年から2010年の期間をみても、低賃金・高賃金の雇用者増に、中程度の賃金の雇用は全く追いついていなかった。
雇用の分極化に変化?
中程度の賃金の雇用が伸び悩む現象は、「雇用の分極化」と言われてきた。中程度の賃金の雇用の存在感が薄れ、雇用が低賃金の職種と高賃金の職種に分かれていくからだ。
【参考記事】MITメディアラボ所長 伊藤穰一が考える「AI時代の仕事の未来」
その背景には、グローバル化の進展やIT(情報技術)等の技術革新がある。
中程度の賃金の雇用は、グローバル化や技術革新の影響を受けやすい。中程度の賃金の雇用には、事務・管理補助的なオフィスワークや、反復の多い製造関連の作業、機械操作など、定型化された仕事が多い。そのため、相対的に労働コストが低い海外へのアウトソーシングや、機械などによる置き換えを進めやすい性格があるからだ。
【参考記事】AI時代到来「それでも仕事はなくならない」...んなわけねーだろ
定型化の度合いが小さい低賃金・高賃金の雇用は、そうした置き換えが難しい。対人サービスなどの低賃金の職種は、その場に応じた柔軟な対応を求められる。マネジメントなどの高賃金の職種は、抽象的な思考力や判断力が必要だ。
中間層の苦境はトランプ現象の一因
雇用の分極化は、米国における中間層の苦境と表裏一体で進んできた。米国では、富裕層と貧困層が増加する一方で、中間層が縮小してきた(図2)。米国の調査機関であるピュー・リサーチセンターによれば、所得水準が中間層に属する米国民の割合は、1971年の61%から、2015年には50%にまで低下している。
中間層の苦境は、トランプ現象を生む一因となった。トランプ支持の中核は、労働者階級(ワーキング・クラス)と呼ばれ、中間層のやや下に属する人たちだ。こうした人たちには、グローバル化や技術革新によって雇用が奪われ、貧困層に没落していくことへの恐怖がある。
中間層にも勝ち組・負け組
中程度の賃金の雇用が勢いを取り戻すことは、米国の中間層にとって朗報である。
【参考記事】【経済政策】労働者の本当の味方はクリントンかトランプか
中程度の賃金の雇用といっても、すべてが機械などで置き換えられるとは限らない。むしろ、相対的に高い技術が求められる職種は、機械に置き換えられるというよりも、機械を使う立場になり得る。たとえば、技術革新が進む医療現場では、医師の補助的な仕事を行う職種でも、最新鋭の機器を扱う技術が必要とされる局面が増えている。X線技師や採血の専門職のように、特定の技術に特化した職種も増えてきた。雇用者に占める割合をみても、中程度の賃金の雇用者の割合が低下するなかで、こうした「新世代」に属する雇用者の割合は、上昇傾向を保ってきた(図3)。
明るい話ばかりではない。製造現場やオフィスワークなど、求められる技術水準が相対的に低く、定型化された部分が多い雇用に関しては、中長期的な成長が約束されたとは言い難い。景気が勢いを失った場合には、こうした「旧世代」の雇用が強い逆風を受けかねない。
講演でダドリー総裁は、このまま中程度の賃金の雇用が増え続ければ、「これまで苦しんできた労働者やその家族にとって、多くの機会が生み出されることになる」と期待を示した。雇用の分極化は、長きにわたって続いてきた現象である。中間層が遅れを取り戻すには、相当の時間が必要だ。
安井明彦1991年富士総合研究所(現みずほ総合研究所)入社、在米日本大使館専門調査員、みずほ総合研究所ニューヨーク事務所長、同政策調査部長等を経て、2014年より現職。政策・政治を中心に、一貫して米国を担当。著書に『アメリカ選択肢なき選択』などがある。
安井明彦(みずほ総合研究所欧米調査部長)
勢いを取り戻した中程度の賃金の雇用
「潮流が変わりつつある」──米ニューヨーク連銀のダドリー総裁は、8月18日の講演でこのように述べ、2013年から15年までの期間について、中程度の賃金の雇用者の増加数が、低賃金・高賃金の雇用者の増加数を上回ったことを明らかにした(図1)。教員や建設作業員、事務補助員などの雇用者が増加したという。
ダドリー総裁が「潮流」という言葉を使ったのには理由がある。
米国では、長らく中間層が就くような雇用の伸び悩みが問題視されてきた。ニューヨーク連銀の調査によれば、2010年から13年の期間に関しては、中程度の賃金の雇用者の増加数は、低賃金・高賃金の雇用者の半分程度にとどまった。1980年から2010年の期間をみても、低賃金・高賃金の雇用者増に、中程度の賃金の雇用は全く追いついていなかった。
雇用の分極化に変化?
中程度の賃金の雇用が伸び悩む現象は、「雇用の分極化」と言われてきた。中程度の賃金の雇用の存在感が薄れ、雇用が低賃金の職種と高賃金の職種に分かれていくからだ。
【参考記事】MITメディアラボ所長 伊藤穰一が考える「AI時代の仕事の未来」
その背景には、グローバル化の進展やIT(情報技術)等の技術革新がある。
中程度の賃金の雇用は、グローバル化や技術革新の影響を受けやすい。中程度の賃金の雇用には、事務・管理補助的なオフィスワークや、反復の多い製造関連の作業、機械操作など、定型化された仕事が多い。そのため、相対的に労働コストが低い海外へのアウトソーシングや、機械などによる置き換えを進めやすい性格があるからだ。
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定型化の度合いが小さい低賃金・高賃金の雇用は、そうした置き換えが難しい。対人サービスなどの低賃金の職種は、その場に応じた柔軟な対応を求められる。マネジメントなどの高賃金の職種は、抽象的な思考力や判断力が必要だ。
中間層の苦境はトランプ現象の一因
雇用の分極化は、米国における中間層の苦境と表裏一体で進んできた。米国では、富裕層と貧困層が増加する一方で、中間層が縮小してきた(図2)。米国の調査機関であるピュー・リサーチセンターによれば、所得水準が中間層に属する米国民の割合は、1971年の61%から、2015年には50%にまで低下している。
中間層の苦境は、トランプ現象を生む一因となった。トランプ支持の中核は、労働者階級(ワーキング・クラス)と呼ばれ、中間層のやや下に属する人たちだ。こうした人たちには、グローバル化や技術革新によって雇用が奪われ、貧困層に没落していくことへの恐怖がある。
中間層にも勝ち組・負け組
中程度の賃金の雇用が勢いを取り戻すことは、米国の中間層にとって朗報である。
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中程度の賃金の雇用といっても、すべてが機械などで置き換えられるとは限らない。むしろ、相対的に高い技術が求められる職種は、機械に置き換えられるというよりも、機械を使う立場になり得る。たとえば、技術革新が進む医療現場では、医師の補助的な仕事を行う職種でも、最新鋭の機器を扱う技術が必要とされる局面が増えている。X線技師や採血の専門職のように、特定の技術に特化した職種も増えてきた。雇用者に占める割合をみても、中程度の賃金の雇用者の割合が低下するなかで、こうした「新世代」に属する雇用者の割合は、上昇傾向を保ってきた(図3)。
明るい話ばかりではない。製造現場やオフィスワークなど、求められる技術水準が相対的に低く、定型化された部分が多い雇用に関しては、中長期的な成長が約束されたとは言い難い。景気が勢いを失った場合には、こうした「旧世代」の雇用が強い逆風を受けかねない。
講演でダドリー総裁は、このまま中程度の賃金の雇用が増え続ければ、「これまで苦しんできた労働者やその家族にとって、多くの機会が生み出されることになる」と期待を示した。雇用の分極化は、長きにわたって続いてきた現象である。中間層が遅れを取り戻すには、相当の時間が必要だ。
安井明彦1991年富士総合研究所(現みずほ総合研究所)入社、在米日本大使館専門調査員、みずほ総合研究所ニューヨーク事務所長、同政策調査部長等を経て、2014年より現職。政策・政治を中心に、一貫して米国を担当。著書に『アメリカ選択肢なき選択』などがある。
安井明彦(みずほ総合研究所欧米調査部長)