日本にとってアフリカはあまりに遠い。ここ10年ほど、アフリカは確かな経済成長を遂げ、「援助から投資へ」の掛け声の下、世界はアフリカ投資ブームに湧いた。この間日本企業は、味の素やトヨタ自動車、関西ペイントなど、しっかりアフリカに根付きつつある企業も一部にはある。だが、伝統的にアフリカに強い米欧勢や、資源関連とインフラへの投資を中心に台頭する中国勢と比べ、日本勢が全体的に出遅れているとの感は否めない。
【参考記事】危険でもアフリカ目指す中国企業を待つ現実
アフリカ経済に精通する日本貿易振興機構(ジェトロ)の平野克己理事は、「アフリカでの日本企業のプレゼンスの低さは、アフリカの問題と言うより日本企業の問題」と断言した。1993年以降、日本主催で既に計5回開催されているアフリカ開発会議(TICAD)。アフリカでの初開催となる8月末の第6回TICAD(ケニア、27、28日)は、そうした流れが変わるきっかけとなるのだろうか。
高度成長支えたケータイと銀行に手が出ず
アフリカ市場を見やれば、アフリカ内外の投資家や企業が注視している成長部門と、日本企業の強みに「ずれ」があり、日本勢の「弱み」が透けて見えてくる。
国際通貨基金(IMF)アフリカ局長のアントワネット・モンショー・セイエ氏に筆者がインタビューした際、出遅れ気味でリスクに慎重な日本企業にまだアフリカでチャンスがあるかと尋ねると、「一部では製造業の発展も見受けられており、日本の投資家にもチャンスがある」と答えた。強い製造業というステレオタイプ的な日本企業像は、既に国際的な市民権を得たようだ。
【参考記事】アフリカで、アフリカ製造業の活躍が始まった
確かに日本の製造業は東南アジアに積極進出し、同地域の発展と成長に大いに貢献した歴史がある。しかし2000年代初めに始まったアフリカの高成長を支えたのは、「携帯電話と銀行」(平野理事)だった。
筆者がアフリカ投資ブームの一端を取材していた国際金融都市ロンドンでは、何といってもアフリカの銀行業への関心が高かった。何しろ銀行口座すら持っていない人が大半だ。成熟社会では手堅くはあるが、利幅が薄く、成長余地もさほどないビジネスの代表格である商業銀行業務で膨大な需要が見込めるとして、英金融大手バークレイズ元最高経営責任者(CEO)のボブ・ダイヤモンド氏は自ら立ち上げたファンドを通じ、アフリカの銀行を買いあさっていた。
翻って日本の銀行はこの間、何をしていたのか。平野理事は「不良債権問題でアジアからも手を引いていた。(アフリカに)行けるはずもない」と嘆いた。
さらに、アフリカとアジアの別なく、現代人の生活に必須なアイテムとなった携帯電話に至っては、日本勢は「ガラパゴスと言われ、(外に)一歩も出なかった」(平野氏)状態だった。
難民・テロを生み出す農業問題
アフリカの今後の発展を占う上で、農業の近代化が一つのカギと見なされている。アフリカ各国の国内総生産(GDP)と就労者の相当部分を抱えるのは依然として農業だ。例えば、ナイジェリアはアフリカ最大の経済規模と産油量を擁するが、産業別では農業が最大で、GDPの24%、労働力の70%を占める。しかし生産性の低さなどから、ナイジェリアはコメなど主要な食料を輸入に依存している。
ナイジェリアに限らず、サブサハラ(サハラ砂漠以南のアフリカ)諸国のほとんどが、食料を輸入に頼り切っている。前ナイジェリア農相として同国の農業立て直しに尽力し、アフリカ大陸きっての農政家として知られるアフリカ開発銀行(AfDB)のアキンウンミ・アデシナ総裁は6月13日の講演で、「アフリカは今日、食料輸入で350億ドルを使っているが、2025年までには1100億ドルに拡大すると予想されている」と懸念。「アフリカの食料・農産物市場は30年までに1兆ドルに達すると見込まれている。アフリカにとっての問題は、農業近代化への投資を進めてこの巨大市場に参入するか、あるいは食料の純輸入地域に陥るかのどちらかだ」と強調、危機感を募らせた。
実はアフリカの農業問題は、経済・社会のさまざまな断面に影を落としている。東南アジアと違い、アフリカで製造業がなかなか根付かない大きな理由として、人件費から住居費まで含めた全般的なコスト高が挙げられる。そしてコスト高の大きな要因となっているのが、輸入依存であるが故の相対的な食料価格高だ。
また、低い生産性により農村は貧困から抜け出せず、若年層の国外流出を招いている。アデシナ総裁は、「地方の若者は経済的機会が限られていることから、都市部に流出し、欧州に脱出するためボロボロのボートに乗り、多くが途中で死んでしまう。さらに悪いことには、テロリストのリクルートの温床となってしまう」と語る。アフリカの農業問題と、メルケル独首相をはじめとする欧州首脳が頭を悩ませる難民・テロ問題が交錯した瞬間だ。
だが、アデシナ氏の訴えに呼応する形で、日本企業がアフリカでアグリビジネスを展開できる余地はあるかというと、なかなか厳しいだろう。平野理事は、日本では企業の農業参入が制限されてきたとした上で、「日本でアグリビジネスが生まれたのはここ10年くらいのことだ。今の(グローバルレベルでの)アグリビジネスは、適地があればそこに種子や肥料など全て持ち込み、きちんとロジステックス(物流)を組んで、利益を取るビジネス」と指摘した。残念ながら欧米勢に比べ、日本企業の立ち遅れは著しいようだ。
「アフリカ道場」で胸を借りよ!
しかし日本勢にとって、全く手も足も出ない状況というわけではない。平野理事は過去10年のアフリカの成長ストーリーでは、「(アフリカの地元)企業がプレーヤーとして大きくなり、ビジネス基盤を作ってきた」と分析。こうした地場企業と日本企業が組む有効性を説いた。
例えばナイジェリアでは、セメントや製糖などを手掛ける複合企業ダンゴテ・グループの存在感が大きい。米誌フォーブスによると、グループを率いるアリコ・ダンゴテ氏はアフリカ一の富豪とされる。そのナイジェリアの携帯電話サービス市場で、大きなシェアを占めるのは南アフリカの通信大手MTNグループだ。MTNを一例に、アフリカ企業は国境を越えて事業活動を活発化させている。
既に日本企業と地元企業の提携は始まっている。三菱商事は昨年、ナイジェリアで創業した農産物商社オラム・インターナショナル(在シンガポール)に20%出資。アフリカを含めたグローバル・アグリビジネスの橋頭堡(きょうとうほ)を築いた。
日本から地理的、心理的な距離感があるだけではなく、アフリカ諸国のカントリーリスクは先進国と比べてはるかに大きい。しかし平野理事は、アフリカを含めた「世界全体で稼ぐという発想をしない限り、グローバル企業にはなれない」と強調。日本企業に対し、「アフリカビジネスで自分たちの力を強くする、いわば『アフリカ道場』と捉えればいい」と述べ、巻き返しを促した。
[執筆者]高岡秀一郎(たかおか・しゅういちろう) 時事通信社外経部記者1998年東京大学教養学部教養学科地域文化研究分科(ドイツ)卒、時事通信社入社。2006年9月~10年11月までフランクフルト特派員、12年4月~16年5月までロンドン特派員を経て現職。
※当記事は時事通信社発行の電子書籍「e-World Premium」からの転載記事です。
高岡秀一郎(時事通信社外経部記者)※時事通信社発行の電子書籍「e-World Premium」より転載
【参考記事】危険でもアフリカ目指す中国企業を待つ現実
アフリカ経済に精通する日本貿易振興機構(ジェトロ)の平野克己理事は、「アフリカでの日本企業のプレゼンスの低さは、アフリカの問題と言うより日本企業の問題」と断言した。1993年以降、日本主催で既に計5回開催されているアフリカ開発会議(TICAD)。アフリカでの初開催となる8月末の第6回TICAD(ケニア、27、28日)は、そうした流れが変わるきっかけとなるのだろうか。
高度成長支えたケータイと銀行に手が出ず
アフリカ市場を見やれば、アフリカ内外の投資家や企業が注視している成長部門と、日本企業の強みに「ずれ」があり、日本勢の「弱み」が透けて見えてくる。
国際通貨基金(IMF)アフリカ局長のアントワネット・モンショー・セイエ氏に筆者がインタビューした際、出遅れ気味でリスクに慎重な日本企業にまだアフリカでチャンスがあるかと尋ねると、「一部では製造業の発展も見受けられており、日本の投資家にもチャンスがある」と答えた。強い製造業というステレオタイプ的な日本企業像は、既に国際的な市民権を得たようだ。
【参考記事】アフリカで、アフリカ製造業の活躍が始まった
確かに日本の製造業は東南アジアに積極進出し、同地域の発展と成長に大いに貢献した歴史がある。しかし2000年代初めに始まったアフリカの高成長を支えたのは、「携帯電話と銀行」(平野理事)だった。
筆者がアフリカ投資ブームの一端を取材していた国際金融都市ロンドンでは、何といってもアフリカの銀行業への関心が高かった。何しろ銀行口座すら持っていない人が大半だ。成熟社会では手堅くはあるが、利幅が薄く、成長余地もさほどないビジネスの代表格である商業銀行業務で膨大な需要が見込めるとして、英金融大手バークレイズ元最高経営責任者(CEO)のボブ・ダイヤモンド氏は自ら立ち上げたファンドを通じ、アフリカの銀行を買いあさっていた。
翻って日本の銀行はこの間、何をしていたのか。平野理事は「不良債権問題でアジアからも手を引いていた。(アフリカに)行けるはずもない」と嘆いた。
さらに、アフリカとアジアの別なく、現代人の生活に必須なアイテムとなった携帯電話に至っては、日本勢は「ガラパゴスと言われ、(外に)一歩も出なかった」(平野氏)状態だった。
難民・テロを生み出す農業問題
アフリカの今後の発展を占う上で、農業の近代化が一つのカギと見なされている。アフリカ各国の国内総生産(GDP)と就労者の相当部分を抱えるのは依然として農業だ。例えば、ナイジェリアはアフリカ最大の経済規模と産油量を擁するが、産業別では農業が最大で、GDPの24%、労働力の70%を占める。しかし生産性の低さなどから、ナイジェリアはコメなど主要な食料を輸入に依存している。
ナイジェリアに限らず、サブサハラ(サハラ砂漠以南のアフリカ)諸国のほとんどが、食料を輸入に頼り切っている。前ナイジェリア農相として同国の農業立て直しに尽力し、アフリカ大陸きっての農政家として知られるアフリカ開発銀行(AfDB)のアキンウンミ・アデシナ総裁は6月13日の講演で、「アフリカは今日、食料輸入で350億ドルを使っているが、2025年までには1100億ドルに拡大すると予想されている」と懸念。「アフリカの食料・農産物市場は30年までに1兆ドルに達すると見込まれている。アフリカにとっての問題は、農業近代化への投資を進めてこの巨大市場に参入するか、あるいは食料の純輸入地域に陥るかのどちらかだ」と強調、危機感を募らせた。
実はアフリカの農業問題は、経済・社会のさまざまな断面に影を落としている。東南アジアと違い、アフリカで製造業がなかなか根付かない大きな理由として、人件費から住居費まで含めた全般的なコスト高が挙げられる。そしてコスト高の大きな要因となっているのが、輸入依存であるが故の相対的な食料価格高だ。
また、低い生産性により農村は貧困から抜け出せず、若年層の国外流出を招いている。アデシナ総裁は、「地方の若者は経済的機会が限られていることから、都市部に流出し、欧州に脱出するためボロボロのボートに乗り、多くが途中で死んでしまう。さらに悪いことには、テロリストのリクルートの温床となってしまう」と語る。アフリカの農業問題と、メルケル独首相をはじめとする欧州首脳が頭を悩ませる難民・テロ問題が交錯した瞬間だ。
だが、アデシナ氏の訴えに呼応する形で、日本企業がアフリカでアグリビジネスを展開できる余地はあるかというと、なかなか厳しいだろう。平野理事は、日本では企業の農業参入が制限されてきたとした上で、「日本でアグリビジネスが生まれたのはここ10年くらいのことだ。今の(グローバルレベルでの)アグリビジネスは、適地があればそこに種子や肥料など全て持ち込み、きちんとロジステックス(物流)を組んで、利益を取るビジネス」と指摘した。残念ながら欧米勢に比べ、日本企業の立ち遅れは著しいようだ。
「アフリカ道場」で胸を借りよ!
しかし日本勢にとって、全く手も足も出ない状況というわけではない。平野理事は過去10年のアフリカの成長ストーリーでは、「(アフリカの地元)企業がプレーヤーとして大きくなり、ビジネス基盤を作ってきた」と分析。こうした地場企業と日本企業が組む有効性を説いた。
例えばナイジェリアでは、セメントや製糖などを手掛ける複合企業ダンゴテ・グループの存在感が大きい。米誌フォーブスによると、グループを率いるアリコ・ダンゴテ氏はアフリカ一の富豪とされる。そのナイジェリアの携帯電話サービス市場で、大きなシェアを占めるのは南アフリカの通信大手MTNグループだ。MTNを一例に、アフリカ企業は国境を越えて事業活動を活発化させている。
既に日本企業と地元企業の提携は始まっている。三菱商事は昨年、ナイジェリアで創業した農産物商社オラム・インターナショナル(在シンガポール)に20%出資。アフリカを含めたグローバル・アグリビジネスの橋頭堡(きょうとうほ)を築いた。
日本から地理的、心理的な距離感があるだけではなく、アフリカ諸国のカントリーリスクは先進国と比べてはるかに大きい。しかし平野理事は、アフリカを含めた「世界全体で稼ぐという発想をしない限り、グローバル企業にはなれない」と強調。日本企業に対し、「アフリカビジネスで自分たちの力を強くする、いわば『アフリカ道場』と捉えればいい」と述べ、巻き返しを促した。
[執筆者]高岡秀一郎(たかおか・しゅういちろう) 時事通信社外経部記者1998年東京大学教養学部教養学科地域文化研究分科(ドイツ)卒、時事通信社入社。2006年9月~10年11月までフランクフルト特派員、12年4月~16年5月までロンドン特派員を経て現職。
※当記事は時事通信社発行の電子書籍「e-World Premium」からの転載記事です。
高岡秀一郎(時事通信社外経部記者)※時事通信社発行の電子書籍「e-World Premium」より転載