<インダストリアル・インターネット(いわば、大きなモノのインターネット)を推し進めるGEが採用している新手法「コ・クリエイション」とは何か。その5つの原則や、形にするための実践法を、GE のシニアUXリサーチャー、カトリーヌ・ラウ氏が語った>
2016年1月、サービスデザインをテーマとする日本最大規模のカンファレンス「Service Design Japan Conference 2016」が開催された(主催:Service Design Network日本支部)。
登壇者の1人であるGE シニアUXリサーチャー、カトリーヌ・ラウ氏の講演内容と、その後のメールでの質疑応答に基づき、GEにおけるサービスデザインの取り組みについて紹介する。
※インタビュー前編:GE流インダストリアル・インターネットで、デザインが重要な理由
◇ ◇ ◇
GEにおいてインダストリアル・インターネットを進めるにあたり、コ・クリエイションの手法を取り入れていることは前編で説明した通りだ。
今回はコ・クリエイションに関する5つの「原則」と、それぞれを形にするための「実践」、すなわち具体的なメソッドや心構えについて取り上げる。
デザインをリーダーシップのレベルに置くこと
原則の第1はデザインをリーダーシップのレベルに置くこと。デザイナーやデータ専門家など、デザインに関わる人々にリーダーシップを付与するのだ。
「デザインの手法をビジネスの核の部分に取り入れることで、戦略的な重要課題も適切かつスピーディに解決できるようになります」と、ラウ氏は語る。GEではしばしば顧客とワークショップを行うが、そこでは戦略的な機会を探ったり協働の形を考えたりする。商品の最終的な形を決めることより、大きな問題を解決するソリューションをどのように生み出すかということの方に主眼を置いているのだ。
この原則の実践にあたって重要なのは、企業言語や既存組織と対立しないようにすることだ。例えば、GEでは組織的にUX(ユーザー体験)の重要性を理解しつつあるが、それはサービスデザインという言葉では認識されていない。そこでラウ氏らデザイナーもUXという言葉を使う。サービスデザインという言葉を一方的に使ったところで、社内の混乱を招くだけだからだ。
社外に対しても同じことがいえる。コ・クリエイションの目的は戦略的なパートナーシップの元に顧客を巻き込んで新しいソリューションを作ることで、多くの人の協力や理解が欠かせない。したがって、すでにそこにあるものと「戦う」ことは得策ではないのだ。
GEにおいてUXはエンドユーザーのためのデザインであり、コ・クリエイションとはステークホルダーがデザイナーになるように働きかけることである。より多くの人がデザインに参入できるようにするため、相手の心に響く言葉を使うことが望ましい。言語を制する人が議論を制するとよく言われるが、そうではない。言語をうまく翻訳できる人こそが共通のソリューションへとステークホルダーを導くことができるのである。
【参考記事】インダストリー4.0やIoTが生み出す付加価値とは
エンジニアリング手法のようにコ・クリエイションを組織に導入する
次の原則は、エンジニアリング手法としてコ・クリエイションを組織に導入することだ。例えばGEも含めた多くの企業でアジャイル開発の手法を採用して高品質のシステムを効率よく作り出しているが、こうしたエンジニアリング的な仕事の形式の1つにコ・クリエイションを取り入れてみるのも一案だろう。
「実践するには、連合の円滑化(federated facilitation)が有効です」とラウ氏は述べる。コ・クリエイションが顧客を対象に社外だけで行われた場合、どれだけ素晴らしいアイデアが生まれたとしても実現できないかもしれない。一方、社内だけでコ・クリエイションをしても、それはそれで顧客との関係が希薄になり、機会損失を招きかねない。
GEでは社内のチーム同士でコ・クリエイションを行うこともあれば、社内のコ・クリエイションに顧客が参加することもある。内部と外部の境界をあいまいなまま維持するというのは、これまでにない手法といえる。1つの集団で凝り固まらないこと、内部と外部がなめらかにつながってバランスを保つことがコ・クリエイションを成功に導くのだ。
内部と外部がなめらかにつながって対話することがコ・クリエイションを成功に導く。(ラウ氏提供の図版を元に作成)
実行力を高めるための関係性を構築する
原則の3つ目は、実行力を高めるための関係性の構築である。コ・クリエイションがいかに多くの恵みをもたらすかを訴えても、「時間がない」「縦割りの壁がある」「やることが多すぎる」「社内のサポートが足りない」「予算がない」といった課題が立ちふさがるケースは珍しくない。
しかし、こうした課題に直面したときこそ、デザインのチャレンジの機会であることを肝に銘じておきたい。「新しいことにチャレンジする際に制約がある、その時こそデザイナーや組織のリーダーはプロジェクトの一環として課題に耳を傾け、対処するためにコ・クリエイションを進めていかなければならないのです」とラウ氏は説く。課題に正面から向き合うことで制約が解かれ、達成への新たな道が開かれる。これが真に実行力のある組織へ、そして本当のコ・クリエイションを実現できる組織になるための方策だ。
ただ、社内でデザインの重要性を訴えても上層部がなかなか理解してくれないという悩みもあるだろう。そういう場合はまず小さいところから着手していく。身近なマネジャーにコンセプトを評価してもらって味方につけるのだ。その人がきっかけとなって社内に浸透していくかもしれないし、場合によっては上層部へのプレゼンにつながるかもしれない。
すべての人が一致団結して共通のゴールに向かう状況を作り出すことが重要である。それには透明性や整合性のあるプロセスを可視化することだ。顧客、社内外のチーム、開発に協力するパートナーなど、ステークホルダーの利害が複雑に絡み合う中で、GEではまず信頼関係の構築から着手するという。容易なことではないが、目標はコ・クリエイションのプロセスが機能し、それが結果につながっていると示すことにある。これができれば、より多くの人々が方針に従ってくれるだろう。
共感がもたらす価値を社内で啓蒙し、ユーザーに共感できる土壌を作る
4つ目の原則は共感がもたらす価値を啓蒙し、デザイナーやリサーチャーに限らず誰でもエンドユーザーのニーズに共感できる土壌を作ることだ。
デザイナーやリサーチャーは共感の重要性をよく語るが、新製品の開発チームの全員がエンドユーザーのニーズを本当につかんでいるかどうかはわからない。そこでラウ氏は、デザイン経験の浅い人を積極的にコ・クリエイションに参加させるという。GEのデジタル製品が導入される現場の調査に連れ出し、リサーチのパートナーに起用するのである。
エンドユーザーの思いはどうすれば理解できるのか。フィクションではなく、リサーチに基づいたペルソナはどう作ればいいのか。リサーチに基づいていることをどのように確認すればいいのか。デザイナーにとっては馴染みのあるこうした作業を、デザインの新人にも体得してもらわなければならない。
「みんなが参加するという包摂性が大切です。これによって社内にデザインとリサーチを大切にするマインドの種がまかれます。社外に対しても、さらなる先進性を示すことになるでしょう」(ラウ氏)
ファシリテーターとして調整役を果たす
包摂性を重視する一方で、それぞれのステークホルダーが自分たちの立場に固執して意見を述べるだけでは収拾がつかなくなる恐れがある。議論を建設的なものにするために、デザイナーはファシリテーターとして中立的な役割を担うことを心がけておきたい。GEではデザインの視点でワークショップとコ・クリエイションのプロセス全体の両方を導くファシリテーションを重視している。
サービスデザインのテクニック、例えば「どうすれば私たちは○○できるか(How Might We)」という思考法や、ペルソナ、マッピングといった手法は、コ・クリエイションのワークショップの初期段階で非常に役立つ。参加者の認識や課題のレベルを同じ地平にセットできるうえ、議論の推進、タイムマネジメント、会話のペースのコントロールなどにおいても効果があるとラウ氏は指摘する。スピード感を持つことがビジネスでは重要だ。
GEでは、参加者全員が共通のペルソナとゴールを想定しつつ、特定のエンドユーザーに向けた解決策を考えるようにすることがよい結果をもたらしている。共通の目的に焦点を当て、自らの視点を相対化することにつながるのだろう。
「Service Design Japan Conference 2016」(Service Design Network日本支部主催)が、2016年1月に横浜で開催された。ラウ氏はここでプレゼンテーションを行った。本稿はその内容をベースにしている。
全てのタッチポイントをデザインの力でより良くする
最後、5つ目の原則は、あますところのない全てのタッチポイントをデザインの力でより良くすることだ。そのためには地に足の着いた施策が必要となる。
「デザイナーとノンデザイナーがともに快適に仕事をするには、互いのやり方を見せ合うことです」とラウ氏は言う。例えばGEでは、顧客とのコ・クリエイションのワークショップが1~5日間開かれることがあるという。デザインの挑戦についての話し合いやコ・クリエイション、ロードマップの共同制作にそれだけの時間が必要というわけだ。
プロジェクト・マネジメントの手法と同じようにデザイン分野のツールを活用することで、さまざまな要素や機能を統合したシームレスな会話が可能となる。
GEではデザインのプロセスを、「課題発見」「デザイン」「実施」「評価」の順に表している。コ・クリエイションがどこで起こるかといえば、おおむね最初の「課題発見」の段階である。しかし、実際にはもっと早い段階でも起こり得る。
「もし、コ・クリエイションが課題発見よりも前、プロジェクトがまだ立ち上がらないうちに起こったとしたらどうでしょう? セールスチームとデザインチームが協力して顧客と戦略的な連携を築くことができれば、コ・クリエイションの成果はより実りあるものとなるでしょう。それが仮にエンドユーザーのリサーチを通した課題発見の段階だとしたら、デザインに入る前にコンセプトを練って検証することもできる。エンドユーザーも含めたコ・クリエイションによって、綿密に評価・検証されたデザインが実現できるということです」(ラウ氏)
コ・クリエイションの成果を積み上げる
これら5つの原則はGEが提唱しているもので、まだ生まれたばかりの新しいものである。コ・クリエイションの手法そのものは目新しいものではないが、これを産業という文脈に取り入れること、大規模な成熟企業に適用すること、ノンデザイナーもプロセスに参加してステークホルダー間のギャップを狭めることは画期的である。
「そしてもう1つ重要なのは、コ・クリエイションを活用したデザイン手法がもたらす成果を循環させることです」とラウ氏は説く。
まずはデザインが組織の中でより多くの場所に統合される。そうすると、チームは今までなかったものをコ・クリエイトすることになる。すると、そのコ・クリエイションから新しい関係が作られ、新しいコラボレーションが生まれる。そしてこの新しい手法をより多くの人が使えるようになる。そうすると、デザインがより多くのタッチポイントを改良することになる。インパクトが増えれば、循環の最初に戻って、組織内でデザインが使われる場所がさらに広がっていくというわけだ。
5つの成果を積み重ねることで、より高度なデザインが実現する。(ラウ氏提供の図版を元に作成)
日本企業の顧客満足を追求する姿勢は強みとなる
ここで紹介した内容はGEのコ・クリエイションに向けた取り組みであり、世界的にまだ新しい手法である。ラウ氏は、日本企業に対して新鮮な視点を提供することにつながれば本望だという。
「デザインの観点から見て、日本の文化には興味深い要素があります」(ラウ氏)。ユーザーに心地よさを提供することに重きを置くビジネスのあり方は日本特有のものだろうが、慣れてしまうと素晴らしさを認識できなくなる。周りを見回して、どんなにいい経験を自分自身が持っているのか、そしてその中にどんなサービスの要素が組み込まれているかを意識して、モノづくりを始めとする種々の産業に生かしてみてはどうかというのがラウ氏の提案だ。
日本の企業が顧客満足と価値提供の担い手であるワーカーの満足を追求していけば、さまざまな分野で良質のサービスデザインを作り出すことができるだろう。「その優れたサービスデザインで世界にポジティブな変化をもたらすことができると信じています」(ラウ氏)。
WEB限定コンテンツ
(2016年1月23日に横浜で開催された「Service Design Japan Conference 2016」の内容およびメールでの質疑応答を元に構成)
text: Yoshie Kaneko
photo: Kei Katagiri
ゼネラル・エレクトリックは世界最大の機械、重工業メーカー。航空、医療、鉄道、エネルギー、家電など幅広い分野で事業を展開。設立は1892年。本社はアメリカ・コネチカット州。
http://www.ge.com/
カトリーヌ・ラウ(Katrine Rau)GE シニアUXリサーチャー。ヘルスケアやリテール、通信など、さまざまな分野のコンサルティング業務を経て現職。事業目標を特定し、サービスのイノベーションを通じてユーザー課題の解決へ向けた支援を手掛ける。GEでの業務を通じて世界最大のエネルギー事業に貢献。
※当記事はWORKSIGHTの提供記事です
WORKSIGHT
2016年1月、サービスデザインをテーマとする日本最大規模のカンファレンス「Service Design Japan Conference 2016」が開催された(主催:Service Design Network日本支部)。
登壇者の1人であるGE シニアUXリサーチャー、カトリーヌ・ラウ氏の講演内容と、その後のメールでの質疑応答に基づき、GEにおけるサービスデザインの取り組みについて紹介する。
※インタビュー前編:GE流インダストリアル・インターネットで、デザインが重要な理由
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GEにおいてインダストリアル・インターネットを進めるにあたり、コ・クリエイションの手法を取り入れていることは前編で説明した通りだ。
今回はコ・クリエイションに関する5つの「原則」と、それぞれを形にするための「実践」、すなわち具体的なメソッドや心構えについて取り上げる。
デザインをリーダーシップのレベルに置くこと
原則の第1はデザインをリーダーシップのレベルに置くこと。デザイナーやデータ専門家など、デザインに関わる人々にリーダーシップを付与するのだ。
「デザインの手法をビジネスの核の部分に取り入れることで、戦略的な重要課題も適切かつスピーディに解決できるようになります」と、ラウ氏は語る。GEではしばしば顧客とワークショップを行うが、そこでは戦略的な機会を探ったり協働の形を考えたりする。商品の最終的な形を決めることより、大きな問題を解決するソリューションをどのように生み出すかということの方に主眼を置いているのだ。
この原則の実践にあたって重要なのは、企業言語や既存組織と対立しないようにすることだ。例えば、GEでは組織的にUX(ユーザー体験)の重要性を理解しつつあるが、それはサービスデザインという言葉では認識されていない。そこでラウ氏らデザイナーもUXという言葉を使う。サービスデザインという言葉を一方的に使ったところで、社内の混乱を招くだけだからだ。
社外に対しても同じことがいえる。コ・クリエイションの目的は戦略的なパートナーシップの元に顧客を巻き込んで新しいソリューションを作ることで、多くの人の協力や理解が欠かせない。したがって、すでにそこにあるものと「戦う」ことは得策ではないのだ。
GEにおいてUXはエンドユーザーのためのデザインであり、コ・クリエイションとはステークホルダーがデザイナーになるように働きかけることである。より多くの人がデザインに参入できるようにするため、相手の心に響く言葉を使うことが望ましい。言語を制する人が議論を制するとよく言われるが、そうではない。言語をうまく翻訳できる人こそが共通のソリューションへとステークホルダーを導くことができるのである。
【参考記事】インダストリー4.0やIoTが生み出す付加価値とは
エンジニアリング手法のようにコ・クリエイションを組織に導入する
次の原則は、エンジニアリング手法としてコ・クリエイションを組織に導入することだ。例えばGEも含めた多くの企業でアジャイル開発の手法を採用して高品質のシステムを効率よく作り出しているが、こうしたエンジニアリング的な仕事の形式の1つにコ・クリエイションを取り入れてみるのも一案だろう。
「実践するには、連合の円滑化(federated facilitation)が有効です」とラウ氏は述べる。コ・クリエイションが顧客を対象に社外だけで行われた場合、どれだけ素晴らしいアイデアが生まれたとしても実現できないかもしれない。一方、社内だけでコ・クリエイションをしても、それはそれで顧客との関係が希薄になり、機会損失を招きかねない。
GEでは社内のチーム同士でコ・クリエイションを行うこともあれば、社内のコ・クリエイションに顧客が参加することもある。内部と外部の境界をあいまいなまま維持するというのは、これまでにない手法といえる。1つの集団で凝り固まらないこと、内部と外部がなめらかにつながってバランスを保つことがコ・クリエイションを成功に導くのだ。
内部と外部がなめらかにつながって対話することがコ・クリエイションを成功に導く。(ラウ氏提供の図版を元に作成)
実行力を高めるための関係性を構築する
原則の3つ目は、実行力を高めるための関係性の構築である。コ・クリエイションがいかに多くの恵みをもたらすかを訴えても、「時間がない」「縦割りの壁がある」「やることが多すぎる」「社内のサポートが足りない」「予算がない」といった課題が立ちふさがるケースは珍しくない。
しかし、こうした課題に直面したときこそ、デザインのチャレンジの機会であることを肝に銘じておきたい。「新しいことにチャレンジする際に制約がある、その時こそデザイナーや組織のリーダーはプロジェクトの一環として課題に耳を傾け、対処するためにコ・クリエイションを進めていかなければならないのです」とラウ氏は説く。課題に正面から向き合うことで制約が解かれ、達成への新たな道が開かれる。これが真に実行力のある組織へ、そして本当のコ・クリエイションを実現できる組織になるための方策だ。
ただ、社内でデザインの重要性を訴えても上層部がなかなか理解してくれないという悩みもあるだろう。そういう場合はまず小さいところから着手していく。身近なマネジャーにコンセプトを評価してもらって味方につけるのだ。その人がきっかけとなって社内に浸透していくかもしれないし、場合によっては上層部へのプレゼンにつながるかもしれない。
すべての人が一致団結して共通のゴールに向かう状況を作り出すことが重要である。それには透明性や整合性のあるプロセスを可視化することだ。顧客、社内外のチーム、開発に協力するパートナーなど、ステークホルダーの利害が複雑に絡み合う中で、GEではまず信頼関係の構築から着手するという。容易なことではないが、目標はコ・クリエイションのプロセスが機能し、それが結果につながっていると示すことにある。これができれば、より多くの人々が方針に従ってくれるだろう。
共感がもたらす価値を社内で啓蒙し、ユーザーに共感できる土壌を作る
4つ目の原則は共感がもたらす価値を啓蒙し、デザイナーやリサーチャーに限らず誰でもエンドユーザーのニーズに共感できる土壌を作ることだ。
デザイナーやリサーチャーは共感の重要性をよく語るが、新製品の開発チームの全員がエンドユーザーのニーズを本当につかんでいるかどうかはわからない。そこでラウ氏は、デザイン経験の浅い人を積極的にコ・クリエイションに参加させるという。GEのデジタル製品が導入される現場の調査に連れ出し、リサーチのパートナーに起用するのである。
エンドユーザーの思いはどうすれば理解できるのか。フィクションではなく、リサーチに基づいたペルソナはどう作ればいいのか。リサーチに基づいていることをどのように確認すればいいのか。デザイナーにとっては馴染みのあるこうした作業を、デザインの新人にも体得してもらわなければならない。
「みんなが参加するという包摂性が大切です。これによって社内にデザインとリサーチを大切にするマインドの種がまかれます。社外に対しても、さらなる先進性を示すことになるでしょう」(ラウ氏)
ファシリテーターとして調整役を果たす
包摂性を重視する一方で、それぞれのステークホルダーが自分たちの立場に固執して意見を述べるだけでは収拾がつかなくなる恐れがある。議論を建設的なものにするために、デザイナーはファシリテーターとして中立的な役割を担うことを心がけておきたい。GEではデザインの視点でワークショップとコ・クリエイションのプロセス全体の両方を導くファシリテーションを重視している。
サービスデザインのテクニック、例えば「どうすれば私たちは○○できるか(How Might We)」という思考法や、ペルソナ、マッピングといった手法は、コ・クリエイションのワークショップの初期段階で非常に役立つ。参加者の認識や課題のレベルを同じ地平にセットできるうえ、議論の推進、タイムマネジメント、会話のペースのコントロールなどにおいても効果があるとラウ氏は指摘する。スピード感を持つことがビジネスでは重要だ。
GEでは、参加者全員が共通のペルソナとゴールを想定しつつ、特定のエンドユーザーに向けた解決策を考えるようにすることがよい結果をもたらしている。共通の目的に焦点を当て、自らの視点を相対化することにつながるのだろう。
「Service Design Japan Conference 2016」(Service Design Network日本支部主催)が、2016年1月に横浜で開催された。ラウ氏はここでプレゼンテーションを行った。本稿はその内容をベースにしている。
全てのタッチポイントをデザインの力でより良くする
最後、5つ目の原則は、あますところのない全てのタッチポイントをデザインの力でより良くすることだ。そのためには地に足の着いた施策が必要となる。
「デザイナーとノンデザイナーがともに快適に仕事をするには、互いのやり方を見せ合うことです」とラウ氏は言う。例えばGEでは、顧客とのコ・クリエイションのワークショップが1~5日間開かれることがあるという。デザインの挑戦についての話し合いやコ・クリエイション、ロードマップの共同制作にそれだけの時間が必要というわけだ。
プロジェクト・マネジメントの手法と同じようにデザイン分野のツールを活用することで、さまざまな要素や機能を統合したシームレスな会話が可能となる。
GEではデザインのプロセスを、「課題発見」「デザイン」「実施」「評価」の順に表している。コ・クリエイションがどこで起こるかといえば、おおむね最初の「課題発見」の段階である。しかし、実際にはもっと早い段階でも起こり得る。
「もし、コ・クリエイションが課題発見よりも前、プロジェクトがまだ立ち上がらないうちに起こったとしたらどうでしょう? セールスチームとデザインチームが協力して顧客と戦略的な連携を築くことができれば、コ・クリエイションの成果はより実りあるものとなるでしょう。それが仮にエンドユーザーのリサーチを通した課題発見の段階だとしたら、デザインに入る前にコンセプトを練って検証することもできる。エンドユーザーも含めたコ・クリエイションによって、綿密に評価・検証されたデザインが実現できるということです」(ラウ氏)
コ・クリエイションの成果を積み上げる
これら5つの原則はGEが提唱しているもので、まだ生まれたばかりの新しいものである。コ・クリエイションの手法そのものは目新しいものではないが、これを産業という文脈に取り入れること、大規模な成熟企業に適用すること、ノンデザイナーもプロセスに参加してステークホルダー間のギャップを狭めることは画期的である。
「そしてもう1つ重要なのは、コ・クリエイションを活用したデザイン手法がもたらす成果を循環させることです」とラウ氏は説く。
まずはデザインが組織の中でより多くの場所に統合される。そうすると、チームは今までなかったものをコ・クリエイトすることになる。すると、そのコ・クリエイションから新しい関係が作られ、新しいコラボレーションが生まれる。そしてこの新しい手法をより多くの人が使えるようになる。そうすると、デザインがより多くのタッチポイントを改良することになる。インパクトが増えれば、循環の最初に戻って、組織内でデザインが使われる場所がさらに広がっていくというわけだ。
5つの成果を積み重ねることで、より高度なデザインが実現する。(ラウ氏提供の図版を元に作成)
日本企業の顧客満足を追求する姿勢は強みとなる
ここで紹介した内容はGEのコ・クリエイションに向けた取り組みであり、世界的にまだ新しい手法である。ラウ氏は、日本企業に対して新鮮な視点を提供することにつながれば本望だという。
「デザインの観点から見て、日本の文化には興味深い要素があります」(ラウ氏)。ユーザーに心地よさを提供することに重きを置くビジネスのあり方は日本特有のものだろうが、慣れてしまうと素晴らしさを認識できなくなる。周りを見回して、どんなにいい経験を自分自身が持っているのか、そしてその中にどんなサービスの要素が組み込まれているかを意識して、モノづくりを始めとする種々の産業に生かしてみてはどうかというのがラウ氏の提案だ。
日本の企業が顧客満足と価値提供の担い手であるワーカーの満足を追求していけば、さまざまな分野で良質のサービスデザインを作り出すことができるだろう。「その優れたサービスデザインで世界にポジティブな変化をもたらすことができると信じています」(ラウ氏)。
WEB限定コンテンツ
(2016年1月23日に横浜で開催された「Service Design Japan Conference 2016」の内容およびメールでの質疑応答を元に構成)
text: Yoshie Kaneko
photo: Kei Katagiri
ゼネラル・エレクトリックは世界最大の機械、重工業メーカー。航空、医療、鉄道、エネルギー、家電など幅広い分野で事業を展開。設立は1892年。本社はアメリカ・コネチカット州。
http://www.ge.com/
カトリーヌ・ラウ(Katrine Rau)GE シニアUXリサーチャー。ヘルスケアやリテール、通信など、さまざまな分野のコンサルティング業務を経て現職。事業目標を特定し、サービスのイノベーションを通じてユーザー課題の解決へ向けた支援を手掛ける。GEでの業務を通じて世界最大のエネルギー事業に貢献。
※当記事はWORKSIGHTの提供記事です
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