<日本でもようやくスタートしたKindle Unlimited。約2年前にスタートしたアメリカでもそのメリットとデメリットが議論されているが、何より大きなメリットは減少する「読書人口」を取り戻すところにある>
アメリカでは2014年7月に始まったアマゾンのKindle Unlimited(キンドル読み放題)サービスが、今月ようやく日本でもスタートした。アマゾンがリストアップした12万冊以上の本、コミック、雑誌および120万冊以上の洋書作品が、月額980円で読み放題になるというものだ。
アメリカでは、オーディオブックも「読み放題」で読める作品があるが、日本のサービスには含まれていない。その代わりに、コミックを含む和書と洋書の両方が楽しめるメリットがある。筆者はアメリカでの公式スタートよりも前から、2年以上Kindle Unlimitedを使っている。その体験から、「毎月980円払う価値があるのだろうか?」といった疑問も含めて、メリットとデメリットを見てみたい。
【参考記事】日本版「キンドル・アンリミテッド」は、電子書籍市場の転機となるか
アメリカのKindle Unlimitedについてよく見かける批判は次のようなものだ。
利用者サイド:
1)読みたい本があまりない
2)Kindle Unlimitedにリストアップされているのは、一定の水準を満たしていない作品ばかり
3)自費出版の安い作品の場合には10冊以上読まないと元が取れない。それなら、買ったほうが安い
作家サイド:
1)読者が本を買ってくれなくなる
アメリカの場合、Kindle Unlimitedのリストには「ハリー・ポッター」シリーズなど大手出版社の作品も多く含まれている。けれども、大部分はAmazonの出版部門や自費出版の作品だ。大手出版社から出版できる基準に達していない作品もかなりの数ある。それらの多くは、0.99ドル程度なので、たしかに10冊以上読むのでなければ元は取れない。
しかし、この2年間でその様相は大きく変わってきている。
まず、アマゾンの出版部門からもベストセラー作家が誕生するようになった。「アマゾン・パブリッシング」のミステリー/スリラー専門ブランド「Thomas & Mercer」から発売された『The Wayward Pines』三部作は、アマゾンのベストセラーになっただけでなく、フォックステレビでドラマシリーズになった。著者のBlake Couchは一躍有名作家となり、大手ランダムハウスの傘下にあるCrownに移籍して発売した『Dark Matter』も話題作になっている。
逆に、大手出版社からアマゾン・パブリッシングに移籍する作家もいる。O.J.シンプソンの元妻殺害事件で主席検察官を務めたマーシャ・クラークは、検事を辞めた後にミステリー作家に転じ、大手出版社のアシェットから犯罪小説を出版した。4年間で6冊という人気シリーズだったが、クラークはその後「Thomas & Mercer」に移籍して今年新たに別のシリーズを開始している。
同じアシェットのSF・ファンタジー部門であるOrbitから人気シリーズを出していたレイチェル・アーロンは、アマゾン・パブリッシングではなく自費出版に切り替えて、Kindle Unlimitedで新シリーズを提供している。
アマゾン・パブリッシングや自費出版という形態でKindle Unlimitedに作品をリストしていても、クラークやアーロンはアマチュアではない。ちゃんと文芸エージェントがついているプロであり、作品の完成度も高い。アーロンの「Heartstrikers」の第一巻『Nice Dragons Finish Last』のオーディオブック版は、Audio Publishers Association (APA)が優秀なオーディオブック作品に与える「Audi賞」も受賞している。
文芸の分野はまだ遅れているが、SF・ファンタジー、YAファンタジー、ミステリー、スリラー、ロマンスといった分野では、「アマゾン・パブリッシングの作品」や「自費出版の作品」に対する評価も高まりつつある。
日本の洋書ファンにとっては、使いこなせば絶対にお得なサービスだ。
【参考記事】「世界最大の書店」がなくなる日
では、作家サイドのデメリットはどうだろうか? Kindle Unlimitedは、売れっ子ではない作家にとってはかえって得だという。
トップクラスの作家の場合、大手出版社はPRに力を入れるし、書店で平積みにもしてもらえる。だが、そうでない作家はなかなか読者に見つけてもらえない。Kindle Unlimitedにリストアップされると、読者の目に触れ、ランキングも上がる。ただでPRしてもらっているようなものだ。
そしてKindle Unlimitedの場合には、読者が読んだページに応じて支払いがある。情報投稿サイト「The Winnower」で紹介されている例では、定価2.99ドルの作品を売った場合の印税2ドルに比べ、Unlimitedでの支払いのほうが0.68ドル高かったという。先に出てきたレイチェル・アーロンも同趣旨のブログ記事を書いている。
刊行した作品がすぐに古本屋で販売される日本の場合、読者が「本」という媒体を買っても印税が入ってこないこともある。日本の作家の場合、Kindle Unlimitedで読者が読んでくれた方がお得ということになる。
Kindle Unlimitedには、もうひとつ隠れた(けれども大きな)メリットがある。それは、「読書依存症の人を増やす」ことだ。
本の販売数が減っている原因のひとつは「時間の奪い合い」だ。かつてのライバルはテレビくらいだったが、インターネットが普及してからは、現代の人々はゲームやソーシャルメディアに時間を奪われて、読書の時間どころか寝る暇もない。
だが、「読み放題」でいくらでも本を試せるとなると、ビュッフェのような心境になりがちだ。食べ放題のビュッフェでは、お腹がいっぱいでも、あれもこれも皿に乗せてつい食べ過ぎる。キンドル読み放題でも、「面白そうだな」と思った本をどんどんKindleに入れられる(同時には10作品まで)。ちょっと読んで気に入らなければ、さっさと見捨てて別の作品を試せばいいし、これまで馴染みのないジャンル(味)にも手を出せる。
そうしているうちに、思いがけない作品や作者と出会い、そこからシリーズまるごと読み続けてしまうこともある(筆者の場合は上記のレイチェル・アーロンの作品がそうだった)。それがコミックであっても、雑誌であっても構わない。読者をインターネットやソーシャルメディアから奪うことができれば、「読書人口」のパイそのものが大きくなる。
「くだらない作品を沢山読んでも仕方がないだろう」という批判は野暮だ。選択眼は、多くの本を読むことによって身につくもの。「読みたいものを、読みたいだけ読む」、そして多くの作品の中から隠れた名作を見つける。そのゲームを楽しむ人が増えれば、出版業界そのものが活気づいてくれるのではないだろうか。
≪筆者のコラム「ベストセラーからアメリカを読む」の記事はこちら≫
渡辺由佳里(エッセイスト)
アメリカでは2014年7月に始まったアマゾンのKindle Unlimited(キンドル読み放題)サービスが、今月ようやく日本でもスタートした。アマゾンがリストアップした12万冊以上の本、コミック、雑誌および120万冊以上の洋書作品が、月額980円で読み放題になるというものだ。
アメリカでは、オーディオブックも「読み放題」で読める作品があるが、日本のサービスには含まれていない。その代わりに、コミックを含む和書と洋書の両方が楽しめるメリットがある。筆者はアメリカでの公式スタートよりも前から、2年以上Kindle Unlimitedを使っている。その体験から、「毎月980円払う価値があるのだろうか?」といった疑問も含めて、メリットとデメリットを見てみたい。
【参考記事】日本版「キンドル・アンリミテッド」は、電子書籍市場の転機となるか
アメリカのKindle Unlimitedについてよく見かける批判は次のようなものだ。
利用者サイド:
1)読みたい本があまりない
2)Kindle Unlimitedにリストアップされているのは、一定の水準を満たしていない作品ばかり
3)自費出版の安い作品の場合には10冊以上読まないと元が取れない。それなら、買ったほうが安い
作家サイド:
1)読者が本を買ってくれなくなる
アメリカの場合、Kindle Unlimitedのリストには「ハリー・ポッター」シリーズなど大手出版社の作品も多く含まれている。けれども、大部分はAmazonの出版部門や自費出版の作品だ。大手出版社から出版できる基準に達していない作品もかなりの数ある。それらの多くは、0.99ドル程度なので、たしかに10冊以上読むのでなければ元は取れない。
しかし、この2年間でその様相は大きく変わってきている。
まず、アマゾンの出版部門からもベストセラー作家が誕生するようになった。「アマゾン・パブリッシング」のミステリー/スリラー専門ブランド「Thomas & Mercer」から発売された『The Wayward Pines』三部作は、アマゾンのベストセラーになっただけでなく、フォックステレビでドラマシリーズになった。著者のBlake Couchは一躍有名作家となり、大手ランダムハウスの傘下にあるCrownに移籍して発売した『Dark Matter』も話題作になっている。
逆に、大手出版社からアマゾン・パブリッシングに移籍する作家もいる。O.J.シンプソンの元妻殺害事件で主席検察官を務めたマーシャ・クラークは、検事を辞めた後にミステリー作家に転じ、大手出版社のアシェットから犯罪小説を出版した。4年間で6冊という人気シリーズだったが、クラークはその後「Thomas & Mercer」に移籍して今年新たに別のシリーズを開始している。
同じアシェットのSF・ファンタジー部門であるOrbitから人気シリーズを出していたレイチェル・アーロンは、アマゾン・パブリッシングではなく自費出版に切り替えて、Kindle Unlimitedで新シリーズを提供している。
アマゾン・パブリッシングや自費出版という形態でKindle Unlimitedに作品をリストしていても、クラークやアーロンはアマチュアではない。ちゃんと文芸エージェントがついているプロであり、作品の完成度も高い。アーロンの「Heartstrikers」の第一巻『Nice Dragons Finish Last』のオーディオブック版は、Audio Publishers Association (APA)が優秀なオーディオブック作品に与える「Audi賞」も受賞している。
文芸の分野はまだ遅れているが、SF・ファンタジー、YAファンタジー、ミステリー、スリラー、ロマンスといった分野では、「アマゾン・パブリッシングの作品」や「自費出版の作品」に対する評価も高まりつつある。
日本の洋書ファンにとっては、使いこなせば絶対にお得なサービスだ。
【参考記事】「世界最大の書店」がなくなる日
では、作家サイドのデメリットはどうだろうか? Kindle Unlimitedは、売れっ子ではない作家にとってはかえって得だという。
トップクラスの作家の場合、大手出版社はPRに力を入れるし、書店で平積みにもしてもらえる。だが、そうでない作家はなかなか読者に見つけてもらえない。Kindle Unlimitedにリストアップされると、読者の目に触れ、ランキングも上がる。ただでPRしてもらっているようなものだ。
そしてKindle Unlimitedの場合には、読者が読んだページに応じて支払いがある。情報投稿サイト「The Winnower」で紹介されている例では、定価2.99ドルの作品を売った場合の印税2ドルに比べ、Unlimitedでの支払いのほうが0.68ドル高かったという。先に出てきたレイチェル・アーロンも同趣旨のブログ記事を書いている。
刊行した作品がすぐに古本屋で販売される日本の場合、読者が「本」という媒体を買っても印税が入ってこないこともある。日本の作家の場合、Kindle Unlimitedで読者が読んでくれた方がお得ということになる。
Kindle Unlimitedには、もうひとつ隠れた(けれども大きな)メリットがある。それは、「読書依存症の人を増やす」ことだ。
本の販売数が減っている原因のひとつは「時間の奪い合い」だ。かつてのライバルはテレビくらいだったが、インターネットが普及してからは、現代の人々はゲームやソーシャルメディアに時間を奪われて、読書の時間どころか寝る暇もない。
だが、「読み放題」でいくらでも本を試せるとなると、ビュッフェのような心境になりがちだ。食べ放題のビュッフェでは、お腹がいっぱいでも、あれもこれも皿に乗せてつい食べ過ぎる。キンドル読み放題でも、「面白そうだな」と思った本をどんどんKindleに入れられる(同時には10作品まで)。ちょっと読んで気に入らなければ、さっさと見捨てて別の作品を試せばいいし、これまで馴染みのないジャンル(味)にも手を出せる。
そうしているうちに、思いがけない作品や作者と出会い、そこからシリーズまるごと読み続けてしまうこともある(筆者の場合は上記のレイチェル・アーロンの作品がそうだった)。それがコミックであっても、雑誌であっても構わない。読者をインターネットやソーシャルメディアから奪うことができれば、「読書人口」のパイそのものが大きくなる。
「くだらない作品を沢山読んでも仕方がないだろう」という批判は野暮だ。選択眼は、多くの本を読むことによって身につくもの。「読みたいものを、読みたいだけ読む」、そして多くの作品の中から隠れた名作を見つける。そのゲームを楽しむ人が増えれば、出版業界そのものが活気づいてくれるのではないだろうか。
≪筆者のコラム「ベストセラーからアメリカを読む」の記事はこちら≫
渡辺由佳里(エッセイスト)