<元プロレスラーのハルク・ホーガンは、友人の妻とセックス中の動画を隠し撮りしてネットに流したゴシップサイト、ゴーカーを訴え、多額の損害賠償を命じられたサイトは先週、閉鎖した。だがこれが、ホーガンのセックス隠し撮りよりもう少しマシな内容だったらどうなのか? 陪審員がそれを決めるので大丈夫なのか?> (写真は、破産したゴーカー・メディアの創業者ニック・デントン)
セレブのセックス動画にニュース価値があるかどうかは別として、そもそもニュース価値の有無で言論を自由を制限するのはどうなのか。ましてニュース価値を決めるのが、一般の陪審員で大丈夫なのか。
今年3月、フロリダ州の陪審は、被告でゴシップサイトの「ゴーカー」に対して、元プロレスラーの原告ハルク・ホーガンに総額1億4000万ドルの賠償金を支払うよう命じた。ゴーカーは、ホーガンが親友の妻とセックスしているところを隠し撮りして動画の一部をインターネット上に公開、ホーガンがプライバシー侵害で訴えていた。
多額の賠償金支払いを背負った出版元のゴーカーメディアは経営難に陥った。5月に賠償金の減額を求めたが退けられ、6月には連邦破産法11条の適用を申請し事実上経営破たん。米テレビ局ユニビジョンへの身売りが決まった。そして8月22日、サイトを閉鎖した。
セレブや政治家の私生活をネタに13年以上続いた低俗なゴシップサイトに対し、その終焉を惜しむ声はほとんどない。
【参考記事】欧米社会がこだわる「言論の自由」の本質
それどころかホーガンの勝訴に触発されて、ドナルド・トランプの妻であるメラニア・トランプも同様の訴訟を起こす構えだ。複数のメディアが自分について「不愉快で有害で、虚偽の」報道をしたというのが理由だ。
危なっかしい「言論の自由」
メディア業界が合衆国憲法修正第一条に定められた「言論の自由」の解釈に重大な影響を与えると懸念を募らせる一方、いかに修正第一条でもあらゆる言論が保護されるわけではないとゴーカーの消滅を喜ぶ声もある。いわゆる「混雑した劇場で偽って火事と叫ぶ」ような「明確にして差し迫った危険」がある場合、言論の自由は保護されないという考え方だ。
【参考記事】公開状「習近平は下野せよ」嫌疑で拘束か?――中国のコラムニスト
この有名な句の語源になった判例が、「シェンク対アメリカ合衆国事件」だ。被告のチャールズ・シェンクは第一次世界大戦中、徴兵制度や戦争そのものに反対するパンフレットを配布し、スパイ活動法違反の罪で起訴された。判決で最高裁判所の判事オリバー・ウェンデル・ホルムズは、シェンクの行為には戦時下にある国家に対する「明確にして差し迫った危険」があるため、言論の自由が制限され得るという判断基準を初めて示した。
ゴーカーがネットに流したホーガンの動画はこの基準にあてはまらないが、代わりに持ち出されたのが「ニュース価値の有無」という新たな判断基準。ニュース価値があるかないかによって言論の自由が制限されるのを既成事実化する危険をはらんでいる。
つまり、ジャーナリストによる報道が「ニュース価値」という一線を超えて「センセーショナリズム」だと判断された時点で、憲法による言論の自由が保障されなくなる気配があるのだ。
判決1つで報道機関が閉鎖に
言論の自由を支持するからといって、人々が必ずしも扇情的で誹謗中傷に溢れた報道を望んでいるわけではない。
もし特定の個人に対して直接的な損害を与える内容の記事が掲載されれば、被害者は名誉棄損やプライバシー侵害、肖像の不正使用などの権利侵害を訴えることができる。ただし、著名人や政治家といった「公人」が名誉棄損を訴える場合には、原告が被告側の悪意を証明しなければならず、一般の人々と比べて大きな証明責任を負うことになる。
ホーガンは、名誉棄損法の延長線上にあるプライバシー侵害を理由に訴訟を起こした。プライバシー侵害であれば、原告側が被告の悪意を証明することは必ずしも求められないが、もし立証できれば懲罰的賠償と精神的苦痛に対する損害賠償支払いの根拠となる。事実、総額1億4000万ドルの賠償金のうち、2500万ドルが懲罰的賠償、6000万ドルが精神的苦痛に対する損害賠償に充てられた。
【参考記事】「表現の自由」の美名に隠れた憎悪も糾弾せよ
アメリカの長い判例の歴史をたどれば、飛びぬけて高額というわけではないが、たった一つの判決で報道機関が破たんに追い込まれるとすれば、メディアに対する不当な規制に悪用されかねない。支払いを命じられたゴーカーは、陪審員の「情熱と偏見」の結果だと訴えた。
陪審員が「ニュース価値がない」と決定した表現には憲法上の言論の自由が保障されず、会社が潰れるほど高額の損害賠償を命じられるとしたら、それは言論に対する国家ぐるみの懲罰行為になる。
理性的な頭があれば、ホーガンに対する損害賠償が行き過ぎかどうか考えることができる。だが、原告のプライバシーとニュース価値のバランスを陪審員に決めさせるとなると、困ったことになるのではないか。
著名人や政治家にも、悪意があり嘘つきの被告から正当な賠償を受け取る権利はある。だが修正第一条には、自由を保障される言論を「陪審員がニュース価値があると認めたもの」に限ったりはしていない。
This article first appeared on the Foundation for Economic Education site.
ロバート・コールマン
セレブのセックス動画にニュース価値があるかどうかは別として、そもそもニュース価値の有無で言論を自由を制限するのはどうなのか。ましてニュース価値を決めるのが、一般の陪審員で大丈夫なのか。
今年3月、フロリダ州の陪審は、被告でゴシップサイトの「ゴーカー」に対して、元プロレスラーの原告ハルク・ホーガンに総額1億4000万ドルの賠償金を支払うよう命じた。ゴーカーは、ホーガンが親友の妻とセックスしているところを隠し撮りして動画の一部をインターネット上に公開、ホーガンがプライバシー侵害で訴えていた。
多額の賠償金支払いを背負った出版元のゴーカーメディアは経営難に陥った。5月に賠償金の減額を求めたが退けられ、6月には連邦破産法11条の適用を申請し事実上経営破たん。米テレビ局ユニビジョンへの身売りが決まった。そして8月22日、サイトを閉鎖した。
セレブや政治家の私生活をネタに13年以上続いた低俗なゴシップサイトに対し、その終焉を惜しむ声はほとんどない。
【参考記事】欧米社会がこだわる「言論の自由」の本質
それどころかホーガンの勝訴に触発されて、ドナルド・トランプの妻であるメラニア・トランプも同様の訴訟を起こす構えだ。複数のメディアが自分について「不愉快で有害で、虚偽の」報道をしたというのが理由だ。
危なっかしい「言論の自由」
メディア業界が合衆国憲法修正第一条に定められた「言論の自由」の解釈に重大な影響を与えると懸念を募らせる一方、いかに修正第一条でもあらゆる言論が保護されるわけではないとゴーカーの消滅を喜ぶ声もある。いわゆる「混雑した劇場で偽って火事と叫ぶ」ような「明確にして差し迫った危険」がある場合、言論の自由は保護されないという考え方だ。
【参考記事】公開状「習近平は下野せよ」嫌疑で拘束か?――中国のコラムニスト
この有名な句の語源になった判例が、「シェンク対アメリカ合衆国事件」だ。被告のチャールズ・シェンクは第一次世界大戦中、徴兵制度や戦争そのものに反対するパンフレットを配布し、スパイ活動法違反の罪で起訴された。判決で最高裁判所の判事オリバー・ウェンデル・ホルムズは、シェンクの行為には戦時下にある国家に対する「明確にして差し迫った危険」があるため、言論の自由が制限され得るという判断基準を初めて示した。
ゴーカーがネットに流したホーガンの動画はこの基準にあてはまらないが、代わりに持ち出されたのが「ニュース価値の有無」という新たな判断基準。ニュース価値があるかないかによって言論の自由が制限されるのを既成事実化する危険をはらんでいる。
つまり、ジャーナリストによる報道が「ニュース価値」という一線を超えて「センセーショナリズム」だと判断された時点で、憲法による言論の自由が保障されなくなる気配があるのだ。
判決1つで報道機関が閉鎖に
言論の自由を支持するからといって、人々が必ずしも扇情的で誹謗中傷に溢れた報道を望んでいるわけではない。
もし特定の個人に対して直接的な損害を与える内容の記事が掲載されれば、被害者は名誉棄損やプライバシー侵害、肖像の不正使用などの権利侵害を訴えることができる。ただし、著名人や政治家といった「公人」が名誉棄損を訴える場合には、原告が被告側の悪意を証明しなければならず、一般の人々と比べて大きな証明責任を負うことになる。
ホーガンは、名誉棄損法の延長線上にあるプライバシー侵害を理由に訴訟を起こした。プライバシー侵害であれば、原告側が被告の悪意を証明することは必ずしも求められないが、もし立証できれば懲罰的賠償と精神的苦痛に対する損害賠償支払いの根拠となる。事実、総額1億4000万ドルの賠償金のうち、2500万ドルが懲罰的賠償、6000万ドルが精神的苦痛に対する損害賠償に充てられた。
【参考記事】「表現の自由」の美名に隠れた憎悪も糾弾せよ
アメリカの長い判例の歴史をたどれば、飛びぬけて高額というわけではないが、たった一つの判決で報道機関が破たんに追い込まれるとすれば、メディアに対する不当な規制に悪用されかねない。支払いを命じられたゴーカーは、陪審員の「情熱と偏見」の結果だと訴えた。
陪審員が「ニュース価値がない」と決定した表現には憲法上の言論の自由が保障されず、会社が潰れるほど高額の損害賠償を命じられるとしたら、それは言論に対する国家ぐるみの懲罰行為になる。
理性的な頭があれば、ホーガンに対する損害賠償が行き過ぎかどうか考えることができる。だが、原告のプライバシーとニュース価値のバランスを陪審員に決めさせるとなると、困ったことになるのではないか。
著名人や政治家にも、悪意があり嘘つきの被告から正当な賠償を受け取る権利はある。だが修正第一条には、自由を保障される言論を「陪審員がニュース価値があると認めたもの」に限ったりはしていない。
This article first appeared on the Foundation for Economic Education site.
ロバート・コールマン