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ヨーロッパで政争の具にされる国民投票

ニューズウィーク日本版 2016年8月30日 18時20分

<EU加盟各国で外交交渉を有利に進める切り札として「悪用」される一方で、国民の政治に対する関心を高める効果もある>(イギリスのEU離脱は国民投票の思わぬリスクだった)

 イギリスのEU離脱(ブレグジット)では、何はさておき「国民投票で決定された」ことが最も注目すべきポイントではないか。ヨーロッパでは既に国民投票ラッシュが起きていた。

 すぐに思い浮かぶだけでも、昨夏のギリシャの国民投票、一昨年のスコットランドの独立をめぐる住民投票。それほど大きく取り上げられていないが、デンマーク、オランダ、アイルランドでも国民投票が実施された。

 なぜ今、直接民主主義が息を吹き返しているのか。そして、その健全な発展はどうすれば保証できるのか。

 10年ほど前まで国民投票はめったに行われず、行われる場合もほぼ国内政策の是非を問う投票に限られていた。国際的な問題はもっぱら外交官と外相が扱うのが常識で、一般市民の知識レベルでは外交上の判断は無理だと考えられていた。

 ところが今やEU各国の政府は外交政策であっても、ためらいなく国民に判断を委ねる。EU域内では00年以降、国際的な問題に関する国民投票が40回以上行われた。比較のために言えば、90年代には10回、80年代にはわずか3回だった。

【参考記事】国民投票とポピュリスト政党、イタリアの危険過ぎるアンサンブル

 何が変わったのか。単純に言えば、EU各国の政府は国民投票が外交交渉の切り札になることに味を占めたのだ。

 これはEUが誕生してから起きた現象だ。それまで外交問題で国民投票が行われるのは、憲法に規定がある場合や議会が二分されて調整がつかない場合に限られていた。

一石三鳥の優れもの?

 変化が起きたのは92年。デンマークで実施された国民投票がきっかけだ。この投票でEU創設を定めたマーストリヒト条約の批准が否決され、デンマーク政府は棚ぼた式に交渉を有利に運べるカードを手に入れた。

 すべての調印国がこの条約を批准しなければ、EUは発足しない。そこでデンマークは第2回投票で再び否決される可能性をちらつかせ、他の国々から大幅な譲歩を引き出した。単一通貨や共通の安全保障政策で適用除外を認めさせるなど、望む条件をすべて勝ち取ったのだ。

 これを見て、他の国々も同じ手を使い始めた。93年にEU加盟に向けた交渉を始めたオーストリア、フィンランド、ノルウェー、スウェーデンはいずれもマーストリヒト条約批准をめぐる国民投票を実施。その結果、ノルウェーは非加盟のままEUと緊密な経済関係を保ち、スウェーデンは単一通貨の適用を除外され、フィンランドとオーストリアは外交・安全保障で中立政策を取ることを認められた。



 とはいえ、交渉の切り札になるというだけでは今の国民投票ブームは説明がつかない。根底にはもっと大きな変化がある。ヨーロッパにおける統治の形が変わりつつあることだ。

 グローバル化の時代には、国内政策であっても自国の都合だけでは決められない。EU加盟国はとりわけそうだ。環境、金融、貿易、安全保障など多くの政策が自国の首都ではなくブリュッセルで、EU官僚と各国政治家の協議を通じて策定される。

 政治家は自国の議会と国民に対して責任を果たさねばならないが、EU官僚の主張に押されて、各国の要求はなかなか通らない。当然、各国の国民の不満が高まる。それを沈静化させるために政治家は国民投票の実施を約束して、民意重視の姿勢をアピールしようとする。

 おまけに、イギリスの場合は誤算だったが、国民投票を実施したために足をすくわれるリスクは小さいと、政府はみている。ブレグジット以前に各国で実施されたEU関連の国民投票では、政府が推進する政策が支持される確率は73%だった。そう考えれば、国民投票は政権の正統性を主張でき、交渉で優位に立て、厄介な決定を国民に押し付けて責任を回避できる一石三鳥のツールになる。

【参考記事】ブレグジットで泣くのはEUだ 欧州「離婚」の高すぎる代償

 そのため政治家は盛んにこの手を使うわけだが、利用の意図が透けて見えるケースもある。ハンガリーのオルバン・ビクトル首相は今年2月、EUの難民受け入れ枠に関する国民投票を実施すると発表した。そのときは難民の受け入れには「人々の支持」が必要だと理想主義的な演説を行い、他の国々にも実施を呼び掛けた。

 それまでかたくなに妥協を拒んでいたドイツのアンゲラ・メルケル首相は、国民投票をちらつかせるハンガリーに譲歩し、難民の流入を抑制するためトルコと協定を結んだ。目的を達したと見るや、ハンガリー政府は人々の支持などどうでもいいとばかりに国民投票に言及しなくなった。しかしブレグジットを受けて、ハンガリーはEUで発言力を増すために、今秋にも国民投票を実施すると言いだした。ご都合主義もいいところだ。

有権者にも努力が必要

 こうした形で直接民主主義を利用してもいいのか。国民投票の悪用は政治不信や無関心を招く恐れがありそうだ。

 興味深いことに、多くの場合、世論調査では逆の結果が出ている。いい例がスコットランドの独立をめぐる住民投票だ。ある調査では、投票実施前の13年には政治に「非常に」関心がある人は32%だったが、投票実施後の14年には40%に上った。



 政治家は目先の利益のため、ご都合主義的に国民投票を利用する。驚くには当たらない。政治とはそういうものだ。にもかかわらず、国民投票には政治への関心が高まるという副効果があるらしい。言うまでもなく、これは望ましい効果だ。

 国民投票ではデマゴーグが幅を利かせ、愚かな大衆が限られた情報やでっち上げの情報を基に不合理な判断をすると批判されてきた。だが、こうした見方にほとんど根拠はない。多くの場合、ポピュリズム政党が国民投票を呼び掛けるのは事実だが、有権者がポピュリズムの政策を支持することはめったにない。スイスでは10回行われた国民投票のうち9回で、有権者はより寛大な移民政策を選択した。

 しかし、国民投票の利用が茶番劇と化したケースもある。例えば、昨年ギリシャのツィプラス政権が債権団から譲歩を引き出そうと、土壇場で実施した国民投票だ。投票実施の決定から投票日まで1週間足らず。国民は「緊縮財政にノー」の結果を出したが、債権団はまったく相手にしなかった。結果的にギリシャはより厳しい緊縮政策を受け入れる羽目になった。

 国民投票を本来の目的である民意を問う投票にするには、有権者が熟慮の上で判断を下せるような条件を整える必要がある。時間をかけて、さまざまな場で議論を重ね、メリットとデメリットをよく理解した上で、選択できるようにすることだ。直接民主主義も含め民主主義はただの多数決ではない。さまざまな立場から意見を出し合い、議論を深めるプロセスが不可欠だ。

 今後ヨーロッパでは、熟慮を要する国民投票が相次いで実施されるだろう。専門家には分かりやすい正確な情報提供が求められる。有権者もそれを理解する努力が求められることを忘れてはならない。

From Foreign Policy Magazine

[2016.7.19号掲載]
マット・クボートルップ(英コベントリー大学政治学教授)

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