杭州で開催されているG20二日目の5日夕方に日中首脳会談が行われる。日露会談を直前の2日に行ったことが日本に有利に働きそうだ。CCTVは珍しく安倍首相の杭州到着を大きく扱った。米中会談とともに日中関係を見てみよう。
日露首脳会談が中国に与えた影響
安倍首相は9月2日、ロシアのウラジオストクでプーチン大統領と首脳会談を行った。ウクライナ問題などを通して米露の関係が好ましくない中、日露首脳会談を、このタイミングで断行した安倍首相の決意は高く評価していい。
というのも、日米に対抗する中国は、米露関係が良くないことと、ウクライナ問題によりG8からロシアを外し、先進7か国のG7だけで動こうとする日米が不快でならなかった。
G7などという、すでに実効性のないサミットより、中国が主宰するG20の方が、どれだけ世界に影響を与えうるかを見せようと、抵抗を示してきた。
だから、習近平政権はロシアとの緊密さを強調して、アメリカを牽制し、日本を抑え込もうと試みていたのである。
だというのに、その日本が、なんとプーチン大統領と「ウラジーミル」「しんぞう」などと呼び合って会談しているではないか。プーチンは、嬉しさを表に出さないように自制しているが、しかし、どこから見ても、やはり「嬉しそう」だ。自分以外の首脳に、この表情を見せるのはやめてほしいと、習近平国家主席は内心思っているにちがいない。
中国の報道では、盛んにプーチン大統領が安倍首相に「1928年(昭和3年)に昭和天皇の即位の礼で用いられた名刀」を贈ったということばかり大きく扱っている。この刀は、終戦後、アメリカやオランダに流出したものを、その後ロシアが入手したのだという。
安倍首相に同行した世耕弘成・ロシア経済分野協力担当大臣が「首相がこの刀を職場で使わないようにしてほしい」と言ったことなどを書き立て、暗に「軍国主義国家・日本」を示唆するようなニュアンスがにじみでている。
しかし、どんなに抵抗してみたところで、安倍首相がプーチン大統領と親密にしていることを否定はできない。ウラジオストクにおける日ロ首脳会談を定例化していくようだし、またプーチン大統領が今年12月に安倍首相の故郷である山口を訪れ、日露首脳会談を行うことも約束したのを知ってしまった。
さて、こうなると、日本を「のけ者にする」という戦略を立てることはできにくくなる。
その中国の「困惑」がにじみ出ていたのが、安倍首長の杭州到着の場面である。
いつもは日本のことをできるだけ矮小化して報道するか無視する中央テレビCCTVが、なんと、安倍首相が日本政府の専用機で杭州に到着した瞬間を、他の国の首相と同等、あるいは心なしか長めに報道したのである。
4日午前、最初に着いたのはイギリスのメイ首相で、中英関係は黄金時代にあると解説し、次にドイツのメルケル首相の到着を紹介。2017年の議長国として重要だと開設した。
三番目に紹介されたのが安倍首相の到着だ。
政府専用機についている日の丸も映しながら、安倍首相の到着を次のように紹介した。
――日本経済はいま、大変な状況にある。だから安倍首相にとっても、このG20は非常に重要なのだ。8月に日本で開かれた日中韓外相会談においても、安倍首相がわざわざ王毅外相に会い、G20への出席を約束し、かつG20の成功を祈っていると、王毅外相に告げている。
こんな具合で、花束を受け取る安倍首脳の笑顔もしっかり映し、かなりの時間をかけて報道したのである。
これはすなわち、これまでのような非礼な面談をするのは、できるだけ避けるという表れでもあろうと見受けられた。
また一方では、今般のG20のテーマは、あくまでも「経済だ」とする中国の主張を全面に押し出したい中国の思惑もあることがうかがわれる。
オバマ大統領がやや押され気味だった米中会談
3日午後、杭州に到着したオバマ大統領は、その夜、習近平国家主席と米中首脳会談に臨んだが、全体を通してオバマ大統領がやや押され気味というムードを感じた。
本来なら南シナ海問題に関して、ハーグの仲裁裁判所の判決を重視せよと習主席ににじり寄るはずだったオバマ大統領は、のっけからパリ協定批准で先手を取った中国側の線上に乗せられ、潘基文(バン・キムン)国連事務総長同席のもと、批准書を潘基文に渡す儀式に出席した。
オバマ大統領は時差のために眠いのか、浮かない笑みを浮かべながら3人で握手。
夜に行われた米中首脳会談では、やはり時差から抜け出してないような浮かない顔で、習主席が勢いよく畳みかけてくる「一つの中国」「台湾独立を認めない」「南シナ海問題は中国の主権の問題で、関係国以外の他の国が口出しすべきではない」「人権問題を口実に寧性干渉をすべきではない」「中国は朝鮮半島にTHAAD(高高度防衛ミサイル)を配備することには絶対に反対だ」......などを聞いていた。
その後、オバマ大統領がどのように反論したのかは、中国メディアでは伝えていない。
ロイター電によれば、オバマ大統領は国連海洋法条約を順守する重要性を強調したとのこと。またホワイトハウスが会談後に公表した声明によると、オバマ大統領は 「同盟国の安全保障への米国の揺るぎない関与」を強調したうえで、国際法、航行・上空飛行の自由などの原則を維持するため、米国が域内のすべての国と取り 組む方針をあらためて示したようだが、中国側報道は完全に無視。
まるで勝ち誇ったかのような習主席の顔と、任期わずかを残したオバマ大統領に憐憫の情を注ぐような「慈悲深い頬笑み」をクローズアップした。
G20で南シナ海問題などに関してアメリカを中心とした中国包囲網ができあがるのを何としても避けたかった中国は、まず第一の難関を、オバマ大統領を用いて乗り越えた感がある。
頑張りどころの安倍首相
さて、このコラムをアップしてからまもなく、日中首脳会談が行われるだろうから、あまり予測的なことは書けないが、しかし、こういった流れから考えると、ここは安倍首相の頑張りどころであると思う。
少なくとも、尖閣諸島周辺で領海侵入をくりかえしている中国公船の問題に関しては自制するように求めることと、偶発的な衝突を避けるために制定したはずの連絡メカニズムを実働化させるのを要求することは不可欠だろう。
なんと言っても日本の海上保安庁が中国漁船の乗組員の命を助けているのだ。ここで習近平が「でかい態度」を取ったら、世界の笑い者になるし、中国のネットユーザーがまた騒ぎ出す。
いずれにしても、中国はいま、日本を重視せざるを得ないところに追い込まれている。
イノベーションを中心とした経済問題を重点に置くことをスローガンに、まもなくG20 が開幕する。
5日午後の日中首脳会談が待たれる。
[執筆者]遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』『完全解読 中国外交戦略の狙い』『中国人が選んだワースト中国人番付 やはり紅い中国は腐敗で滅ぶ』『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』など著書多数。近著に『毛沢東 日本軍と共謀した男』(新潮新書)
※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。
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遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)
日露首脳会談が中国に与えた影響
安倍首相は9月2日、ロシアのウラジオストクでプーチン大統領と首脳会談を行った。ウクライナ問題などを通して米露の関係が好ましくない中、日露首脳会談を、このタイミングで断行した安倍首相の決意は高く評価していい。
というのも、日米に対抗する中国は、米露関係が良くないことと、ウクライナ問題によりG8からロシアを外し、先進7か国のG7だけで動こうとする日米が不快でならなかった。
G7などという、すでに実効性のないサミットより、中国が主宰するG20の方が、どれだけ世界に影響を与えうるかを見せようと、抵抗を示してきた。
だから、習近平政権はロシアとの緊密さを強調して、アメリカを牽制し、日本を抑え込もうと試みていたのである。
だというのに、その日本が、なんとプーチン大統領と「ウラジーミル」「しんぞう」などと呼び合って会談しているではないか。プーチンは、嬉しさを表に出さないように自制しているが、しかし、どこから見ても、やはり「嬉しそう」だ。自分以外の首脳に、この表情を見せるのはやめてほしいと、習近平国家主席は内心思っているにちがいない。
中国の報道では、盛んにプーチン大統領が安倍首相に「1928年(昭和3年)に昭和天皇の即位の礼で用いられた名刀」を贈ったということばかり大きく扱っている。この刀は、終戦後、アメリカやオランダに流出したものを、その後ロシアが入手したのだという。
安倍首相に同行した世耕弘成・ロシア経済分野協力担当大臣が「首相がこの刀を職場で使わないようにしてほしい」と言ったことなどを書き立て、暗に「軍国主義国家・日本」を示唆するようなニュアンスがにじみでている。
しかし、どんなに抵抗してみたところで、安倍首相がプーチン大統領と親密にしていることを否定はできない。ウラジオストクにおける日ロ首脳会談を定例化していくようだし、またプーチン大統領が今年12月に安倍首相の故郷である山口を訪れ、日露首脳会談を行うことも約束したのを知ってしまった。
さて、こうなると、日本を「のけ者にする」という戦略を立てることはできにくくなる。
その中国の「困惑」がにじみ出ていたのが、安倍首長の杭州到着の場面である。
いつもは日本のことをできるだけ矮小化して報道するか無視する中央テレビCCTVが、なんと、安倍首相が日本政府の専用機で杭州に到着した瞬間を、他の国の首相と同等、あるいは心なしか長めに報道したのである。
4日午前、最初に着いたのはイギリスのメイ首相で、中英関係は黄金時代にあると解説し、次にドイツのメルケル首相の到着を紹介。2017年の議長国として重要だと開設した。
三番目に紹介されたのが安倍首相の到着だ。
政府専用機についている日の丸も映しながら、安倍首相の到着を次のように紹介した。
――日本経済はいま、大変な状況にある。だから安倍首相にとっても、このG20は非常に重要なのだ。8月に日本で開かれた日中韓外相会談においても、安倍首相がわざわざ王毅外相に会い、G20への出席を約束し、かつG20の成功を祈っていると、王毅外相に告げている。
こんな具合で、花束を受け取る安倍首脳の笑顔もしっかり映し、かなりの時間をかけて報道したのである。
これはすなわち、これまでのような非礼な面談をするのは、できるだけ避けるという表れでもあろうと見受けられた。
また一方では、今般のG20のテーマは、あくまでも「経済だ」とする中国の主張を全面に押し出したい中国の思惑もあることがうかがわれる。
オバマ大統領がやや押され気味だった米中会談
3日午後、杭州に到着したオバマ大統領は、その夜、習近平国家主席と米中首脳会談に臨んだが、全体を通してオバマ大統領がやや押され気味というムードを感じた。
本来なら南シナ海問題に関して、ハーグの仲裁裁判所の判決を重視せよと習主席ににじり寄るはずだったオバマ大統領は、のっけからパリ協定批准で先手を取った中国側の線上に乗せられ、潘基文(バン・キムン)国連事務総長同席のもと、批准書を潘基文に渡す儀式に出席した。
オバマ大統領は時差のために眠いのか、浮かない笑みを浮かべながら3人で握手。
夜に行われた米中首脳会談では、やはり時差から抜け出してないような浮かない顔で、習主席が勢いよく畳みかけてくる「一つの中国」「台湾独立を認めない」「南シナ海問題は中国の主権の問題で、関係国以外の他の国が口出しすべきではない」「人権問題を口実に寧性干渉をすべきではない」「中国は朝鮮半島にTHAAD(高高度防衛ミサイル)を配備することには絶対に反対だ」......などを聞いていた。
その後、オバマ大統領がどのように反論したのかは、中国メディアでは伝えていない。
ロイター電によれば、オバマ大統領は国連海洋法条約を順守する重要性を強調したとのこと。またホワイトハウスが会談後に公表した声明によると、オバマ大統領は 「同盟国の安全保障への米国の揺るぎない関与」を強調したうえで、国際法、航行・上空飛行の自由などの原則を維持するため、米国が域内のすべての国と取り 組む方針をあらためて示したようだが、中国側報道は完全に無視。
まるで勝ち誇ったかのような習主席の顔と、任期わずかを残したオバマ大統領に憐憫の情を注ぐような「慈悲深い頬笑み」をクローズアップした。
G20で南シナ海問題などに関してアメリカを中心とした中国包囲網ができあがるのを何としても避けたかった中国は、まず第一の難関を、オバマ大統領を用いて乗り越えた感がある。
頑張りどころの安倍首相
さて、このコラムをアップしてからまもなく、日中首脳会談が行われるだろうから、あまり予測的なことは書けないが、しかし、こういった流れから考えると、ここは安倍首相の頑張りどころであると思う。
少なくとも、尖閣諸島周辺で領海侵入をくりかえしている中国公船の問題に関しては自制するように求めることと、偶発的な衝突を避けるために制定したはずの連絡メカニズムを実働化させるのを要求することは不可欠だろう。
なんと言っても日本の海上保安庁が中国漁船の乗組員の命を助けているのだ。ここで習近平が「でかい態度」を取ったら、世界の笑い者になるし、中国のネットユーザーがまた騒ぎ出す。
いずれにしても、中国はいま、日本を重視せざるを得ないところに追い込まれている。
イノベーションを中心とした経済問題を重点に置くことをスローガンに、まもなくG20 が開幕する。
5日午後の日中首脳会談が待たれる。
[執筆者]遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』『完全解読 中国外交戦略の狙い』『中国人が選んだワースト中国人番付 やはり紅い中国は腐敗で滅ぶ』『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』など著書多数。近著に『毛沢東 日本軍と共謀した男』(新潮新書)
※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。
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遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)