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アブサヤフのテロに激怒、ドゥテルテ大統領がまた殺害容認か

ニューズウィーク日本版 2016年9月5日 16時0分

<外国人の人質を取って斬首するなどしてきたフィリピンのイスラム過激派組織アブサヤフが、ドゥテルテ大統領の地元ダバオで14人が死亡する爆破テロ。既に殺害を容認している麻薬犯罪者に加え、テロ組織やその周辺にも血の雨が降る?>

 フィリピン南部ミンダナオ島ダバオ・デル・スル州にあるフィリピン第三の都市ダバオ中心部で9月2日夜、爆弾が爆発し14人が死亡、67人が負傷する事件が起きた。国家警察は爆弾テロ事件として捜査を開始、フィリピン南部で独立武装闘争を続けるイスラム過激派組織、アブサヤフが犯行声明を出したため、現場を視察したロドリゴ・ドゥテルテ大統領はフィリピン全土に「無法状態宣言」を出して、警察、国軍の権限を強化。犯人の逮捕、同種事件の再発防止とともにアブサヤフの壊滅に徹底的に乗り出す方針を改めて固めた。

【参考記事】カナダ人を斬首したアジアの過激派アブサヤフとは

 これにより、フィリピンはドゥテルテによる麻薬犯罪者への殺害容認という強硬手段に加えて、アブサヤフのメンバー、関係者に対する「超法規的殺人」の嵐が吹き荒れるのではないかとの懸念が高まっている。

【参考記事】アジアのトランプは独裁政治へ走るか

 事件は2日午後10時ごろ、ダバオ市サンタアナのロハス通りにある金曜夜で賑わっていた夜市で迫撃砲弾を使用した即席爆弾が爆発、一般市民が多数犠牲となった。ドゥテルテは地元であるダバオ市に戻っていたが、現場とは離れた場所にいたため無事だった。

 事件を受けてドゥテルテは予定していた初の外遊となるブルネイ訪問をキャンセルして、捜査の行方を見守った。その結果、目撃者などの証言から犯人の似顔絵を作成、女性2人を含む3人を重要参考人として行方を捜している。

 3日にはアブサヤフの報道官が犯行を認める声明を発表し「国内全ての聖戦士に結束を呼びかける」としたうえで「近日中にさらなる攻撃を仕掛ける」とテロを予告、日米などが在フィリピン自国民や旅行者に注意喚起を行うなどフィリピン全土でテロへの警戒が高まっている。

反政府組織との和平路線を提案

 フィリピンの現代史は反政府組織との戦いの歴史でもあった。古くは1986年に共産党系に新人民軍が日本の大手商社マニラ支店長の誘拐・身代金要求事件が発生した。また2015年にサマール島のリゾートホテルから外国人観光客が今回テロ事件を起こしたアブサヤフに誘拐される事件が発生。人質として日本人女性が一時捕らわれる(後に自力で脱出)など日本人も決して部外者ではない現実がある。

 共産主義を信奉する新人民軍、イスラム系のモロ民族解放戦線、その分派のモロ・イスラム解放戦線、アブサヤフ、東南アジア一帯を活動地域とするアルカイーダ系組織、ジェマ・イスラミアなどがフィリピンを活動拠点としている。



 こうした問題への根本的解決を図るためにドゥテルテは大統領就任後の7月25日に行なった施政方針演説で「我々は平和を求めている。死人に対してではない、生きている人々の話だ。交渉する準備があることを強調する。それでもなお銃を撃つ。皮肉だ、悲劇だ、終わりがない」「私は残された家族の痛みをみてきた。倒れた兵士の痛みではない」と反政府各組織に停戦を呼びかけ和平交渉の開始を求めた。

 これは6月30日の大統領就任演説で示した「過去は過去として忘れよう」というドゥテルテの国家指導者としての新方針に基づく画期的な提案だった。この背景には、国内治安問題やテロ問題を「過去を水に流してとにかく和平にこぎつける」ことで国民の最大の関心であり期待でもある「麻薬問題解決」に全力投球したいとの決意があった。

 こうしたドゥテルテの思惑と期待に新人民軍は紆余曲折があったものの応じる姿勢を示し、ノルウェーのオスロで5年ぶりに再開した和平交渉の末8月26日には「無期限停戦を盛り込んだ共同声明」の発表にまで漕ぎつけた。

停戦、和平拒否のアブサヤフ

 これに対しアブサヤフは一向に停戦の呼びかけに応じる気配をみせず、8月26日にはミンダナオ地方のスルー州パティクルで国軍と大規模な交戦が勃発、アブサヤフの戦闘員19人が殺害される事態となった。今回の爆弾テロはこの時の報復ではないかとの見方もでている。

 アブサヤフは依然として外国人を含む10人以上の人質を拉致しており、フィリピン人男性やカナダ人男性の斬首殺害を繰り返しており、ドゥテルテの「堪忍袋の緒」は今回の爆弾テロで完全に切れた状態となった。

 アブサヤフ問題が単なるフィリピンの国内問題に止まらないのは、誘拐の対象が国際的だからだ。これまで誘拐の被害者にはインドネシア、マレーシアの漁民や船員、カナダ人やノルウェー人観光客などが含まれ、身代金支払い交渉などで国際的な仲介組織、仲介人が暗躍している実態もある。

 アブサヤフはマスコミ報道では中東のイスラム系テロ組織ISIS(自称「イスラム国」、別名ISIL)と関係がある組織と報じられることがあるが、フィリピン治安当局では「ISISとの関連を語っているだけで、実質的な関連はない。誘拐による身代金目当ての単なる犯罪組織」との見方も示している。とはいえ、一般市民を狙った爆弾テロや外国人誘拐を繰り返している以上「テロ組織」の範疇に属していることは間違いない。テロ組織となると国際的な共同対処が求められ、前任のベニグノ・アキノ3世政権下では米軍と共同で掃討作戦を実施したこともある。

【参考記事】フィリピン過激派組織がISISと共闘宣言



正念場を迎えるドゥテルテ

 麻薬犯罪者の殺害容認という強硬策、さらに中国との間に存在する南シナ海の領有権問題など山積する課題に加えて、ドゥテルテ政権は国内のテロ対策、過激組織との対決という難問を改めて突き付けられた形となった今回の爆弾テロ事件。自らの地盤でもある御膝下のダバオで、それも大統領が滞在中を狙った犯行だけに、ドゥテルテの面目は丸つぶれとなった。

 国軍・警察によるアブサヤフの大規模壊滅作戦が密かに準備されているようだが、地元メディア関係者によると「(アブサヤフの)メンバー、関係者などで抵抗するものに対しては殺害をためらうな」という指令が出る可能性があるという。そうなると麻薬犯罪者への「殺害容認」と同じことになり、無関係の市民や女性子供までも巻き込む「超法規的殺人が横行する無法状態」がさらに深刻化する危険性をはらんでいる。

 9月6日からラオスで始まるASEAN(東南アジア諸国連合)首脳会議では南シナ海の中国の派遣問題とともにテロ対策も協議される可能性も出てきている。本格的な外交デビューを飾るドゥテルテ大統領はバラク・オバマ米大統領や安倍晋三首相、ASEAN加盟各国との首脳会談では国際的に批判を浴びている「麻薬問題に対する強硬姿勢」への理解とともに「テロ対策」での意見交換も予想され、国際社会、地域社会をどこまで味方に出来るか、手腕を試される正念場となるだろう。

【参考記事】どう動くのか中国、南シナ海の判決受け


大塚智彦(PanAsiaNews)

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