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東京五輪まであと4年、「民泊」ルールはどうする?

ニューズウィーク日本版 2016年9月5日 17時15分

<五輪は観光業界にとって期待が大きいが、客室不足になるのは明らか。「民泊」がその穴を埋めると考えられているが、現状、その大半は旅館業法に違反した施設だと思われる。旅館業法は果たして緩和されるのか>

 地球の裏側で盛り上がったリオデジャネイロ・オリンピック。7日からはパラリンピックが行われる。次回、2020年の東京五輪に向けて日本の各方面で準備が進められているが、その経済効果は実際どのくらいあるのだろう。

 期待が大きい業界のひとつが観光業界だ。経済成長戦略の一環として、日本は「観光立国」を目指すことになった。2006年には観光立国推進基本法も制定された。2020年に4000万人、2030年に6000万人もの外国人観光客を誘致するという、史上空前の数値目標が立てられている。

 その受け入れ態勢を整えるため、都内の各地でホテルの建設が急ピッチで進められている。それでも、外国人観光客数の増加には追いつかず、客室が足りなくなることが確実視されている。そこで、個人間の部屋の貸し借りである「民泊」がその不足を補うものと期待が寄せられている。

【参考記事】「民泊」拡大が暗示するのは、銀行のない未来

持ち家であれ賃貸であれ旅館業法が壁に

 日本では相続税の節税対策としてマンションを建てる人がいるため、相続からしばらく経過した物件で空き部屋が多くなっているといわれる。東京などの都市部では、駅から近い空き物件も少なくないため、外国人向けの民泊にはうってつけといえるだろう。

◆民法 第206条(所有権の内容) 所有者は、法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利を有する。

 所有権は絶対である。持ち家であれば「法令の制限内において」自由に「収益」を上げることができる。所有する物件を、民泊に活用することも原則として自由だ。

 では、所有権はないが、家賃を払って借りている物件ではどうだろうか。たとえば長期出張などの事情でしばらく住めない部屋を、外国人に一時使用してもらえれば、家賃の支払いを節約できるし、客室不足の解消にも一役買うため、社会全体にもメリットがある。

 しかし、賃貸物件では契約書や管理規約で「転貸禁止」が盛り込まれていることが多い。なぜなら、大家(オーナー)は、他でもないあなたを信頼して部屋を貸しているからだ。

◆民法 第612条(賃借権の譲渡及び転貸の制限)1 賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ、その賃借権を譲り渡し、又は賃借物を転貸することができない。2 賃借人が前項の規定に違反して第三者に賃借物の使用又は収益をさせたときは、賃貸人は、契約の解除をすることができる。

 つまり、誰が入居するかわからない民泊は、大家と借り手との間の信頼関係を損ね、賃貸借契約違反となるのが原則である。もし、借りている部屋で民泊を行うときは、大家から必ず承諾をとるのが大前提となる。



 しかし、加えて注意すべき点がある。営業目的で不特定の様々な人を部屋に泊まらせる民泊は「旅館業」に該当するからだ。そのため、民泊は旅館業法の適用を受ける。たとえ個人的に民泊を行う場合であっても、旅館業法の「簡易宿所」にあたり、自治体の知事や市長、区長の許可が必要となる。

 さらに、

●宿泊者名簿の備え付け
●宿泊拒否の原則禁止
●浴室・トイレ・洗面所の設置
●広さ33平方メートル以上
●営業者による清掃義務
●適当な換気、採光、照明、防湿、排水設備の設置

 などの基準を守ることが義務づけられる。この旅館業法に違反すれば、逮捕されることもありうる。懲役や罰金の刑が科される場合もある。

 自分の所有物をどう使おうが自由なのが原則で、たしかに所有権は絶対なのだが、あくまでも「法令の制限内において」(民法206条)の絶対なのである。また、たとえ大家の承諾をとった上で賃貸物件を民泊に使っているとしても、旅館業法の条件を満たさなければ、結局は違反となる。つまり、持ち家であれ賃貸物件であれ、民泊は旅館業法とは無縁ではいられない。

 宿泊者の衛生の確保、身元を確認することによる治安確保、近隣トラブルの防止などを考えれば、旅館業法は確かに必要な規制である。ただ、個人が民泊を行うために乗り越えるべきハードルとしては「やりすぎ」なのかもしれない。あまり厳しい基準を設けては、客室不足の解消には繋がらない。

民泊特区がスタートしたが、なお基準は厳しい

 実際、インターネット上で個人間の民泊を仲介する「Airbnb(エアビーアンドビー)」などのサイトでは、旅館業としての許可を最初から取らない違法状態の民泊物件で、ほぼ埋め尽くされている状態だと思われる。

「Airbnb」などは、あくまで個人同士のやりとりを仲介する立場であって、「合法な民泊のために必要な許認可は、各自でとってください。そのために必要な情報は自分で探してください。あとは自己責任でよろしく」というスタンスを貫く。

【参考記事】Airbnbが家を建てた――日本の地域再生のために

 近年、国は旅館業法の「簡易宿所」の条件を緩和し、宿泊者数が10人に満たなければ、部屋の広さは「3.3×人数」平方メートル以上でOKとした。たしかに、居室の面積についての要件はかなり緩やかになった(風呂トイレ付きの33平方メートルに10人泊まれば、ほぼ雑魚寝の状態だろうけども)が、他の厳しい基準は残っているので「焼け石に水」のような感はぬぐえない。

 そこで、国家戦略特別区域法13条が「外国人滞在施設経営事業」の特区を定め、東京都内などの一定範囲内で行われる民泊を、旅館業法の例外とするよう規定している。

 とはいえ、この民泊特区の基準もなお厳しい。「6泊7日以上」「25平方メートル以上」「それぞれの居室に台所・バス・トイレ」といった、旅館業法とは別の制約が課されているからだ。つまり、一戸建てやマンションの1室のみを民泊に提供することが、事実上できなくなっている。



 こうした民泊特区のルールを受けて、今年1月、羽田空港のお膝元である大田区で独自に制定された「国家戦略特別区域外国人滞在施設経営事業に関する条例」(大田区民泊条例)がスタートした。

 この条例は「6泊7日」という宿泊期間の条件は維持した上で、大田区側が民泊施設に対し、質問や立ち入り検査を実施できる権限を確保したものである(ただし、拒否しても罰則がない模様)。さらに、周辺住民に向けて事業計画を説明する義務も民泊業者に課した。

 そもそも、6泊以上という基準も実態に合わず、民泊普及の妨げになるとの指摘もある。「Airbnb」によれば、同サイトの訪日外国人利用者の平均宿泊数は約3.8泊だという。

本音では民泊を違法状態のままにしておきたい?

 たしかに、既存のホテルや旅館が客を奪われないよう、民泊は長期宿泊者のみを対象としておくことで、棲み分けを講じたい事情は理解できる。

 だが、ホテルの新規建設が五輪開催までに間に合いそうもないから民泊を促進するのなら、むしろ宿泊業と民泊との「協同」をこそ目指すべきようにも思える。今後、外国人観光客がどれほど増加するかを見込みながら、基準を緩和する方向性も検討していかなければ、受け入れ態勢は整わない。

 その一方で、新宿区や目黒区では、すでに民泊のルールに関する条例化が断念されている実態もある。台東区では、部屋の広さにかかわらず「フロントの設置」を義務づけ、民泊に対する事実上の規制強化を行った。

 たくさんの人が日本に来てくれるのは嬉しい。日本の良さを知ってほしい。五輪特需の恩恵にもあずかりたい。だが、外国人が地元に押し寄せることに対しては警戒している。そのような建前と本音に引き裂かれた感覚が見え隠れする。それぞれの自治体は、誰がどこに滞在しているか把握しきれず、何に悪用されるかわからない民泊なんて、下手に認めたくないのである。この切なる願いは当然のもので、大変理解できる。

 その点、民泊を違法状態のままにしておけば、トラブルを起こした業者、なんとなく怪しい業者だけをピンポイントで摘発し、それ以外を見て見ぬふりして、しばらく様子をうかがうなどの「柔軟な運用」も可能となる。

 民泊を公式に認めなければ、仮に何らかのトラブルが起きても、自分たちの責任ではないと切り捨てることができる。だから、民泊に対して、しっかりした基準など設けたくない。それが国や自治体の本音なのかもしれない。

 2020年に向けて、外国人観光客の受け入れ態勢は、少なくとも表向きには整っていない。このまま進めば、東京オリンピック・パラリンピックの開催には「違法状態の民泊」が不可欠といっても過言ではないだろう。

【参考記事】東京五輪まであと4年、「受動喫煙防止」ルールはどうする?

[筆者]
長嶺超輝(ながみね・まさき)
ライター。法律や裁判などについてわかりやすく書くことを得意とする。1975年、長崎生まれ。3歳から熊本で育つ。九州大学法学部卒業後、弁護士を目指すも、司法試験に7年連続で不合格を喫した。2007年に刊行し、30万部超のベストセラーとなった『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)の他、著書11冊。最新刊に『東京ガールズ選挙(エレクション)――こじらせ系女子高生が生徒会長を目指したら』(ユーキャン・自由国民社)。ブログ「Theみねラル!」


長嶺超輝(ライター)

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