<IOCは「たばこのない五輪」を掲げているが、日本には罰則付きのルールがなく、受動喫煙防止の法制化が遅れている。五輪開催に向け対処が迫られるが、果たして......>
国際オリンピック委員会(IOC)は、「たばこのない五輪」をスローガンに掲げている。4年後に五輪の開催を控えた東京だが、街の小さな飲食店などでは、たばこを吸う人と吸わない人が同じ空間で食事していることが少なくない。
WHO(国際保健機構)が策定した国際ルールである「たばこ規制枠組条約」には、世界178カ国が加盟しており、日本もそのひとつである。多くの加盟国がこの条約を守り、規制のひとつである罰則付きの受動喫煙防止法を制定済みだが、主要国の中で日本だけが、このルール作りを先送りしている。
受動喫煙とは、火のついたたばこの先から絶えず出てくる副流煙を、非喫煙者が吸うこと。喫煙者と同等の健康リスクを負いかねないことが問題となっており、国立がん研究センターを中心とする研究班が8月31日、受動喫煙の肺がんリスクは受動喫煙がない人の約1.3倍になると発表したばかりだ。受動喫煙の問題についてどのように対処するのか、東京はこれ以上、態度を曖昧にすることはできないだろう。
IOCは、1988年(冬季カルガリー・夏季ソウル大会)以降、五輪会場の全面禁煙化を進めることに加え、たばこ業者が五輪スポンサーに付くことを拒否し続けてきた。さらに、会場の中だけでなく、開催都市の施設全体を禁煙化することも推し進めている。2004年(夏季アテネ大会)以降は全ての大会で、開催国の法律や州法、開催都市の条例において、罰則付きの受動喫煙防止ルールが定められている。
2020年の東京も、その「受動喫煙防止ルール」のリレーのバトンを引き継ぐのかどうか、IOCから遠回しの「外圧」をかけられている。東京としては、国際的な空気を読まざるをえないように思える。
地方レベルでは罰則付き受動喫煙防止条例がある
日本は国家レベルで、2003年に制定された健康増進法の25条が、役所や体育館、学校や病院、劇場や飲食店など、多数の人が利用する施設の管理者に、全面禁煙か完全分煙などの形で、利用者の受動喫煙を防止するよう定めている。また、2015年の改正で追加された労働安全衛生法 68条の2では、人を雇っている会社の経営者に向けて、職場での受動喫煙の防止を定めている。
ただし、いずれも「努力義務」にとどまっており、違反しても罰則はない。
地方レベルでは、神奈川県と兵庫県では、すでに罰則付きの受動喫煙防止条例を定めている。仮に2020年に行われるのが「横浜オリンピック」や「神戸オリンピック」だったら、IOCも納得だったはずである。
ただし、「受動喫煙防止」のルールができたことをきっかけに、店舗としては難しい経営判断を迫られることも忘れてはならない。分煙施設をつくるとしても、小規模経営の店にとっては投資の負担が大きい。かといって全面禁煙にすれば一部の常連客が去って行く。実際に両県内で閉店に追い込まれた店は相当数にのぼるという。
2014年、当時の東京都知事だった舛添要一氏は「飲食店でたばこが吸える先進国は日本だけだ」「都議会の協力を得て、条例を通せばできる」と、テレビ番組で受動喫煙防止への意欲について発言した。都知事は小池百合子氏に代わったが、選挙演説の段階で、「受動喫煙対策を推進する」と何度も訴えていたため、方針は変わらないとみられる。
では、条例をつくる権限を持つ都議会はどうか。東京都の有識者検討会(受動喫煙対策検討会)は2015年春、受動喫煙防止条例の制定について「国の動向を踏まえ、2018年までに検討する」と発表し、最終的な判断を先送りしている。もっとも、他の開催都市は五輪直前の時期に滑り込みで罰則付き喫煙規制を制定している例も多い。
世界に比べて、たばこ規制が進みすぎている面もある
その一方、実は日本は世界に比べて、たばこ規制が進みすぎている面もある。「路上喫煙防止条例」である。
罰則付きの路上喫煙禁止条例は、2002年から東京都千代田区で始まり、他の地方でも主要駅の周辺などで同様のルールが急速に広がっている。
諸外国では、屋外での喫煙を罰則付きで禁じている例はほとんどない。結果として、日本では「屋内で吸いやすく、屋外で吸いにくい」という不思議な逆転現象が起きている。
「路上の喫煙については厳しく対処しているので、受動喫煙防止のルールは見逃してください」と言いたくなるところだが、その交渉は、IOCを相手にしてもおそらく応じてもらえないだろう。路上喫煙禁止は、同じたばこ規制といっても「吸い殻のポイ捨て防止」「歩きたばこの危険回避」などが目的であり、受動喫煙防止とは趣旨や方向性が異なるからだ。
愛煙家にとっては受難の時代であるが、近ごろでは電子たばこも普及しつつある。副流煙がなくなるわけではないものの、大幅にカットされる新形態のたばことして注目を集めている。また、業務用の空気清浄機も、性能が年々向上している。
完全禁煙や完全分煙のルールづくりが進まないのなら、いっそのこと、日本の卓越したテクノロジーの力で、受動喫煙の健康リスクを極限まで取り除き、愛煙家と嫌煙家が共存できる空間づくりを提案してみてはどうだろうか。IOCが驚く受動喫煙防止の「奇策」としてはありえそうである。
【参考記事】東京五輪まであと4年、「民泊」ルールはどうする?
[筆者]
長嶺超輝(ながみね・まさき)
ライター。法律や裁判などについてわかりやすく書くことを得意とする。1975年、長崎生まれ。3歳から熊本で育つ。九州大学法学部卒業後、弁護士を目指すも、司法試験に7年連続で不合格を喫した。2007年に刊行し、30万部超のベストセラーとなった『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)の他、著書11冊。最新刊に『東京ガールズ選挙(エレクション)――こじらせ系女子高生が生徒会長を目指したら』(ユーキャン・自由国民社)。ブログ「Theみねラル!」
長嶺超輝(ライター)
国際オリンピック委員会(IOC)は、「たばこのない五輪」をスローガンに掲げている。4年後に五輪の開催を控えた東京だが、街の小さな飲食店などでは、たばこを吸う人と吸わない人が同じ空間で食事していることが少なくない。
WHO(国際保健機構)が策定した国際ルールである「たばこ規制枠組条約」には、世界178カ国が加盟しており、日本もそのひとつである。多くの加盟国がこの条約を守り、規制のひとつである罰則付きの受動喫煙防止法を制定済みだが、主要国の中で日本だけが、このルール作りを先送りしている。
受動喫煙とは、火のついたたばこの先から絶えず出てくる副流煙を、非喫煙者が吸うこと。喫煙者と同等の健康リスクを負いかねないことが問題となっており、国立がん研究センターを中心とする研究班が8月31日、受動喫煙の肺がんリスクは受動喫煙がない人の約1.3倍になると発表したばかりだ。受動喫煙の問題についてどのように対処するのか、東京はこれ以上、態度を曖昧にすることはできないだろう。
IOCは、1988年(冬季カルガリー・夏季ソウル大会)以降、五輪会場の全面禁煙化を進めることに加え、たばこ業者が五輪スポンサーに付くことを拒否し続けてきた。さらに、会場の中だけでなく、開催都市の施設全体を禁煙化することも推し進めている。2004年(夏季アテネ大会)以降は全ての大会で、開催国の法律や州法、開催都市の条例において、罰則付きの受動喫煙防止ルールが定められている。
2020年の東京も、その「受動喫煙防止ルール」のリレーのバトンを引き継ぐのかどうか、IOCから遠回しの「外圧」をかけられている。東京としては、国際的な空気を読まざるをえないように思える。
地方レベルでは罰則付き受動喫煙防止条例がある
日本は国家レベルで、2003年に制定された健康増進法の25条が、役所や体育館、学校や病院、劇場や飲食店など、多数の人が利用する施設の管理者に、全面禁煙か完全分煙などの形で、利用者の受動喫煙を防止するよう定めている。また、2015年の改正で追加された労働安全衛生法 68条の2では、人を雇っている会社の経営者に向けて、職場での受動喫煙の防止を定めている。
ただし、いずれも「努力義務」にとどまっており、違反しても罰則はない。
地方レベルでは、神奈川県と兵庫県では、すでに罰則付きの受動喫煙防止条例を定めている。仮に2020年に行われるのが「横浜オリンピック」や「神戸オリンピック」だったら、IOCも納得だったはずである。
ただし、「受動喫煙防止」のルールができたことをきっかけに、店舗としては難しい経営判断を迫られることも忘れてはならない。分煙施設をつくるとしても、小規模経営の店にとっては投資の負担が大きい。かといって全面禁煙にすれば一部の常連客が去って行く。実際に両県内で閉店に追い込まれた店は相当数にのぼるという。
2014年、当時の東京都知事だった舛添要一氏は「飲食店でたばこが吸える先進国は日本だけだ」「都議会の協力を得て、条例を通せばできる」と、テレビ番組で受動喫煙防止への意欲について発言した。都知事は小池百合子氏に代わったが、選挙演説の段階で、「受動喫煙対策を推進する」と何度も訴えていたため、方針は変わらないとみられる。
では、条例をつくる権限を持つ都議会はどうか。東京都の有識者検討会(受動喫煙対策検討会)は2015年春、受動喫煙防止条例の制定について「国の動向を踏まえ、2018年までに検討する」と発表し、最終的な判断を先送りしている。もっとも、他の開催都市は五輪直前の時期に滑り込みで罰則付き喫煙規制を制定している例も多い。
世界に比べて、たばこ規制が進みすぎている面もある
その一方、実は日本は世界に比べて、たばこ規制が進みすぎている面もある。「路上喫煙防止条例」である。
罰則付きの路上喫煙禁止条例は、2002年から東京都千代田区で始まり、他の地方でも主要駅の周辺などで同様のルールが急速に広がっている。
諸外国では、屋外での喫煙を罰則付きで禁じている例はほとんどない。結果として、日本では「屋内で吸いやすく、屋外で吸いにくい」という不思議な逆転現象が起きている。
「路上の喫煙については厳しく対処しているので、受動喫煙防止のルールは見逃してください」と言いたくなるところだが、その交渉は、IOCを相手にしてもおそらく応じてもらえないだろう。路上喫煙禁止は、同じたばこ規制といっても「吸い殻のポイ捨て防止」「歩きたばこの危険回避」などが目的であり、受動喫煙防止とは趣旨や方向性が異なるからだ。
愛煙家にとっては受難の時代であるが、近ごろでは電子たばこも普及しつつある。副流煙がなくなるわけではないものの、大幅にカットされる新形態のたばことして注目を集めている。また、業務用の空気清浄機も、性能が年々向上している。
完全禁煙や完全分煙のルールづくりが進まないのなら、いっそのこと、日本の卓越したテクノロジーの力で、受動喫煙の健康リスクを極限まで取り除き、愛煙家と嫌煙家が共存できる空間づくりを提案してみてはどうだろうか。IOCが驚く受動喫煙防止の「奇策」としてはありえそうである。
【参考記事】東京五輪まであと4年、「民泊」ルールはどうする?
[筆者]
長嶺超輝(ながみね・まさき)
ライター。法律や裁判などについてわかりやすく書くことを得意とする。1975年、長崎生まれ。3歳から熊本で育つ。九州大学法学部卒業後、弁護士を目指すも、司法試験に7年連続で不合格を喫した。2007年に刊行し、30万部超のベストセラーとなった『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)の他、著書11冊。最新刊に『東京ガールズ選挙(エレクション)――こじらせ系女子高生が生徒会長を目指したら』(ユーキャン・自由国民社)。ブログ「Theみねラル!」
長嶺超輝(ライター)