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理系人材が育たない日本の硬直した科学教育

ニューズウィーク日本版 2016年9月6日 16時0分

<日本の科学教育では、実験やグループ学習などで生徒が能動的に知識を学ぶ「アクティブ・ラーニング」の導入が遅れている。それを反映して、日本の生徒の理系職の志望率は国際比較で最低レベル>

 次期学習指導要領(20年度以降、小学校から高校で順次実施される)のキーワードは「アクティブ・ラーニング」(AL)。一方的な講義形式の授業と違い、生徒の能動的な参加が重視されている。

 従来のように知識を頭から教えるのではなく、知識の生成過程に生徒を参加させる発見学習や、知識や技術を活用してグループで問題を解決する問題解決学習などがその代表例だ。

 こうしたAL型の授業により、知識や技術も生きた血肉となって生徒の能力となるし、それらを駆使して未知の問題を解決しようという態度も育まれる。時代の要請に適った学習方法で、今後の学校教育で積極的に導入されることになった。

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 しかし世界に目を転じると、AL型の授業はすでに多くの国で取り入れられている。データがやや古いが、OECD(経済協力開発機構)の国際学力調査「PISA 2006」にて、理科の授業スタイルを国ごとにくらべてみよう。横軸に実験、縦軸に(問題解決に向けた)ディベートや討議の実施頻度をとった座標上に、57の国を配置すると<図1>のようになる。



 15歳生徒の回答による国際比較図だが、日本は左下にあり、双方とも実施頻度が際立って低い。生徒が教師の話を黙って聞く、講義形式の授業が主流とみられる。お隣の韓国も図の近くに位置しているが、受験競争が激しい社会状況とも関連しているのだろう。10年前のデータではあるが、現状はあまり変わっていないと思われる。

 右上にはイスラム圏や旧共産圏の国々、昨今の経済発展が著しいインドネシア、さらにアメリカが位置している。これらの国では国策として科学教育に重点が置かれ、理科の授業でも応用力の育成を狙ったAL形式が重視されている。



 理科の授業でALをどれほど取り入れているかは、生徒の理系職志望率と相関している。<図2>によると、ディベートや討議を頻繁に行う国ほど、理系職に就きたいという生徒の比率が高い傾向にある。



 2つの変数には共通の要因があるかもしれないが、AL型授業の効果の可能性も否定できない。日本の個人単位のデータで見ても、ディベートや討議を頻繁に行うと答えた生徒の方がそうでない生徒より理系職の志望率が高い。

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 AL型授業で、知識の生成過程(実験など)を生徒に経験させると原理的なものの考え方ができるようになる。グループの協働による問題解決学習は、学んだ知識の有効性を理解させるのに適している。AL型の授業は科学への関心を高め、理系職志望の生徒の増加にもつながるだろう。

 現代は、一方的な講義形式の授業であれば動画で足りる。既存の知識を得るだけなら、インターネットでも十分に可能だ。学校の授業では、参加型のアクティブ・ラーニングに重点を置く必要があるだろう。

 AL形式の授業を行うには高度な専門性が要求されるが、それこそ専門職としての教員の真価が問われる。そのために研修や自主研究の機会が確保されなければならない。AL重視の学習指導要領は、教員を専門職に脱皮させる良い機会でもある。教員を部活の顧問など各種の雑務から解放し、本分の授業に集中できるような環境の整備も求められている。

<資料:OECD「PISA 2006」>

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舞田敏彦(教育社会学者)

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