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サウジ副皇太子の新世代外交に、日本はどう対応するべきか - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2016年9月6日 18時10分

<脱石油経済を推進するサウジアラビアの新世代指導者ムハンマド副皇太子の来日が話題となった。原油価格下落に伴う中東の情勢変化に日本はどう向き合うべきか、転換を迫られている>(写真は先月、北京の空港で歓迎を受けるムハンマド副皇太子)

 中国訪問の後に8月31日から数日間来日した、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン副皇太子は、安倍首相との会談や天皇陛下との会見など元首級の扱いで遇されただけでなく、31歳の若さやアニメが好きだという「親日」イメージもあって話題を呼びました。

 ところでこの副皇太子は、象徴元首制度における「プリンス」ではありません。王族が専制支配する王国の事実上のナンバー2(形式上はナンバー3)であり、国防大臣や経済開発評議会議長を兼務する実力者です。もっと言えば、サウジの初代国王イブン・サウドの孫の世代(第三世代)として初めて政治の表舞台に登場した新世代であり、改革の旗手です。では、一体この人はどんな政治を進めているのでしょうか?

 まずサウジの「脱石油」です。2008年以降のエネルギー価格低迷が、この国の経済と財政を直撃しています。原油の輸出に依存した経済では国を支えられないため、国有のアラビア石油の大部分を上場させて資金を調達しながら公務員のリストラを進め、同時並行で「脱石油経済」つまり製造業や知的先端産業へのシフトといった大きな改革を進めています。その牽引役がムハンマド氏だということがまず重要です。

【参考記事】大胆で危険なサウジの経済改革

 ムハンマド氏は国防相を兼任しています。そして、その軍事外交「デビュー」とされているのが、アラビア半島におけるシーア派勢力の拡大を抑えるために、イエメンの「フーシ派」に対して空爆など軍事作戦を行った判断です。さらにシーア派との宗派対立的な姿勢からイランとの断交にいたるなど、強硬姿勢は明確です。

 一方で、アメリカとの関係には微妙な変化が出てきています。まず、原油安を招いたのは、アメリカの特にオバマ政権のエネルギー政策の責任だという考えがあり、またイラク戦争の結果として、シーア派がイラクを主導するようになったことへの反発もあるでしょう。さらにアメリカはEUと共にイランとの「核合意」も進めています。そんな中で、ブッシュ(父)以来の「アメリカ=サウジ同盟」の見直しが始まっているという見方が可能でしょう。

 そのアメリカ自体が、サンダースやトランプなどの「不介入主義」が国内世論で拡大していて、もはや「化学兵器が使われる人道危機」と「ISIS掃討作戦」以外には、ほとんど中東情勢には関心を失っているように見えます。アメリカが「中東離れ」を起こしているのですから、サウジに「アメリカ離れ」が起きるのも当然というわけです。

 そのような「アメリカ離れ」の兆候を見せつつ、特にこのムハンマド副皇太子は「外交関係の多角化」を推進しています。ロシアとの接近は、ロシアがシーア派の「イラン、アサド、ヒズボラ」と近い関係がある中では制約があるものの、原油価格の「適正化」というスローガンでの共闘を進める兆候があります。



 また、中国との関係も重視している点を見ておかなければなりません。実は、このムハンマド副皇太子は、来日の直前まで中国で実務的なトップ外交を展開し、日本での日程が終わったら再び中国に戻って杭州でのG20に参加しています。

 つまり、中国には「日本より先に行って会談をする」という姿勢を見せていたのです。それは、「中国を日本より優先する」というメッセージなのか、「メンツを重んじる中国を手玉に取るためにやっている」のかは分かりませんが、重視しているのは間違いないでしょう。

 日本の中東外交は、大きな環境変化に直面していると考える必要があります。

 過去の日本は、まず「エネルギー確保」の観点から、革命後のイランも含めた中東産油国には「全方位外交」を繰り広げるという姿勢を取ってきました。これは、時にはイランと激しく対立したアメリカから「睨まれる」といった事態にもなりましたが、それでも日本は「全方位」を貫いていたのです。

 その後の日本は、ブッシュ(子)時代のイラク戦争とアフガン戦争を間接的に支援する姿勢を取り、その延長でサウジやクエート、UAEなどの湾岸諸国との関係を強くしています。また、アメリカの「反テロ戦争」や「反ISIS戦争」にも公式的に賛同してきました。

 ですが、現在のアメリカは戦争の疲れと、欧州でのテロや難民の騒動に「巻き込まれたくない」という孤立主義、これに加えてオバマが「中東の原油に依存しない体質」を実現してしまったために、「中東離れ」を起こしてしまっているのです。

【参考記事】「石油需要ピーク」が来たら?

 日本は今、あらためて中東との関係をどうしていくのか、中長期的な戦略を立てなくてはならないと思います。何となく困ったときにも原油が買えるように全方位という時代でもないし、日米同盟の延長としてサウジとの良好な関係が自然に想定される時代でもないのです。

 そもそも、日本のエネルギー調達は、国際市場の市場価格で調達しているだけです。ですから2国間関係に依存することはありません。そんな中、残念ながら産油国であるサウジは原油の高値を望み、輸入国である日本は安値を望むわけで、その点では利害は相反します。

 ですが、高値でも安値でもない、ある適正水準における「安定」ということは、例えば日本の利益にも、サウジの利益にもなるでしょう。そうした点を一緒に模索していくことで、この2国間関係を良好に維持することは、可能だし重要であると思います。そのためにも、スンニ派の盟主としてシーア派勢力との武力を伴う衝突を進めることには、反対の立場を明確にするべきでしょう。

 そして、サウジが進める「脱石油」の「経済革命」については、日本は良きライバルとして競って行くべきだと思います。例えばITにしても、あるいは金融にしても、後発のサウジに負けるようでは、日本経済の将来はない――そのぐらいの心構えで競っていくべきではないでしょうか。

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